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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕とリルさん
124/141

第三部エピローグ

 王鬼ミコト。

 そう名乗った女性を見て、リルの背筋に冷たい汗が流れる。

 超巨大武器の種類になるほどの薙刀を、軽々と扱いながら隙のない構えを維持できる目の前の女の戦力を、リルは肌で感じてる。


 これは真っ正面から戦っても勝てない。

 せめて不意打ちでなければ。


 リルは左足を後ろへ一歩、下げる。逃げる準備だ。

 ローケィは倒した。ビカはセェロが抑えてる。

 ノーリとゼロたちがまだここにいる。

 戦力としては問題ないはず。

 しかし、


(問題はこのミコトという女から逃げられるかどうか)


 という問題だ。対峙してわかるが、ミコトはこちらへ意識を集中させている。

 リルが下がっただけでは動かなかったが、逃走の気配を少しでも見せれば追撃してくる可能性が高い。

 背中を見せたくない。怖い。

 恐怖心がリルの全身を支配しようとしていた。


「ミコトぉ! ようやく来たのかよぉ!!」

「後方で兵士の管理をしていたから遅くなった。随分と目的達成に時間がかかってると思って来てみたら、ローケィは殺されてるしお前はそいつ程度に抑えられてる。情けない、三鬼一魔の将の名をギィブ様に返しとけ」

「んなこっちゃ言ったって、こいつ手強ぇよぉ。見た目以上に強ぇからよぉ」

「知るか。お前はリュウファになりかけた男だろう。根性見せろ」

「ちぇ」


 ミコトとビカが軽口を叩き合う。一見隙だらけに見えるものの、ミコトの意識がこちらから一切離れない。

 困った、これではこの場を離れることができない。どうすれば。


『(里長、最悪だ。ミコトが出張ってきた)』

『(……小生の失策がここまで重なるとは。小生も老いたものだ、こいつが出張る可能性を考えず、ビカを抑えるだけにしていた。小生の責任だ)』

『(里長……)』

『(この里はもうダメだ。しかし、ヴァルヴァの血は残さねばならん)』


 セェロとノーリたちが何かを話し合っている。この場をどうにかするための案でも出してるのだろうか?

 リルはそれに希望を賭けて、一瞬の動きも見逃さない心意気で足に力を込める。

 チャンスがあれば、それを必ずものにしてみせる。リルは生き残ってみせるぞ。

 リルがそうしていると、ゼロがリルの肩を叩いた。

 振り返ると、ゼロは泣きそうな顔でリルを指さす。

 なんだ? と思ったら今度はゼロ自身を指さしてから、今度はシュリがいた方向を指さす。

 ……ついてこいってこと?


「ついてこいと?」


 リルが聞くと、ゼロは振り返ってからレイ、シファル、シューニャの方に顔を向ける。


『(里長の決定だ。俺たちだけでも生き残る。いいな?)』

『(……)』

『((了解))』


 レイも、シファルも、シューニャも。全員が納得してない顔をしてる。だけど頷いていた。涙を滲ませながら、渋々と。

 その姿を見てリルは一瞬で理解した。


 こいつら、ここで逃げるつもりだ、と。


 先ほどの動きはそういうこと。リルについてこいと、一緒に逃げるぞ、と。

 セェロとノーリがいて、尚逃げることを指示されるほどの相手。

 それが王鬼、ミコトというわけか。


「別れの挨拶は済んだか?『(暗号代わりの他言語を使っていても、私には筒抜けだ。諦めろ、誰一人として逃がさない)』」


 突然ミコトがヴァルヴァの民の言葉を話したことで、リルたちは全員驚いた。

 言語、発音、呼吸の入れ方。全部が完璧なそれ。

 セェロが苦虫噛み潰したような顔をして舌打ちをする。


『(そうか。さては里の中に裏切り者がいたな? そうでなければ、ヴァルヴァの言葉を理解できるはずがない。シュリは例外だったが、グランエンドのミコト……お前が使えるようになるには、それを指導する者がいたってことだな?)』

「案外、ヴァルヴァの里長もたいしたことはないな。『(この程度のことで動揺するとはな。里の中に不穏分子がいたのに放置していたのは失敗だったぞ。実に好意的に襲撃を協力してくれた。戦力も申し分ない、これからグランエンドのために役立ってくれることだろうさ)』」

『(……そうか、ヨンか)』


 セェロとミコトの話に、ノーリが割り込む。その顔はものすごく痛々しげで、辛そうなものだった。

 ノーリの言葉にゼロたちが全員驚いてるようだった。内容は全くわからないけど、どうやら衝撃的な内容だったらしい。


『(親父殿!!! ヨンは俺たちの仲間だ、裏切るなんてことはしない!!)』

『(……ゼロ。お前はレイとシファルとシューニャを従え、この里から脱出しろ。ヴァルヴァの血は絶やしてはならぬ。そしてヨンに伝えてくれ)』


 ノーリはゼロに、泣きそうな顔で言った。


『(お前の爺さんは確かに儂が殺した。後ろから、首を狙って手裏剣を狙い投げた。それが里長からの指示であり、儂は命令を忠実にこなしたとな)』

『(親父殿ぉ……!)』


 ゼロは泣き出してしまった。レイも、シファルも、シューニャも。全員がだ。

 内容は相変わらずわからない。彼らが何を話しているのかは、わからない。

 涙の理由は、わからないんだ。

 だがすぐに涙を拭い、泣き顔を隠す。真顔になった彼らは、すぐに行動を開始した。


『(ついてこい。俺の家にある残りの武装と財産、それと隠し武器と隠し財産を回収。……ヴァルヴァの報復のため、生き延びるぞ)』


 ゼロの言葉にレイたちは頷き、走り出した。

 それを見てリルも慌てて走り出す。ついてこいと言われてたのに置いて行かれたら、ミコトに殺される!


「ビカ、その子供たちを追撃しろ。子供の家から物資と金を持って逃げるつもりだ。

 ここでヴァルヴァの血を消す、行け」

「え? ミコトは一人で」

「問題ない」


 後ろを振り返った瞬間、リルは目を疑った。

 なんと、すでにリルはミコトの攻撃間合いの中にいる。

 一足飛びでミコトはリルとの距離を詰めていたんだ。

 おかしい、リルとミコトの間合いはすでに弓矢で狙うような中距離、それを一足飛びの一瞬で飛んでくるか!

 しかもミコトの両腕が、余すことなく細い腕の中に存在している全ての筋肉がしなやかに隆起する。


 来るっ!


 斬撃が来るとわかった瞬間、リルは前のめりに飛び込むようにして回避した。

 無我夢中の行動、生き延びるために恥も気位も捨てた回避行動だ。


 頭と背中のすぐ上を、強烈な突風が過ぎ去る。


 突風のせいでリルの体は横に投げ出され、地面を転がる。

 すぐに受け身を取って立ち上がり、首だけ後ろを向く。そこにはミコトが大薙刀を振りきり、すぐに次の構えを取っていた所だった。

 バカな、武器が空を切っただけの風が、リルを吹き飛ばすほどと!?

 そんな斬撃を生身で受けたら……と思うとゾッとした。挽き肉になっていたぞ!


「躱したか、じゃあ次」


 ミコトが次の斬撃を繰り出そうと足に力を込めていた。

 ヤバい、来る! リルは片手を地面に突き、魔工を発動させようとする。少しでも斬撃を逸らすために、地面から壁を隆起させようとしたんだ。


 その瞬間、横やりからセェロが飛び出す。

 ミコトの横っ腹に跳び蹴りをたたき込み、セェロはミコトの攻撃を中断させた。


「うっとうしい!」


 ミコトの狙いがセェロとへと代わり、再び大薙刀の攻撃が繰り出されようとしていた。

 絶死の領域。

 ミコトの大薙刀の間合いの中にいるセェロ。

 大薙刀が振るわれれば、一瞬でセェロは死ぬ。


 だが、ミコトはセェロに向けてではなく、あらぬ方向に大薙刀を振るう。

 斬撃によって撃ち落とされたのはノーリが投げた投擲武器の数々……!


『(里長)』

『(ああ。蹴り込んでもこいつには全く損傷を与えられてない。極限まで鍛え上げられた筋肉……ではないな。これは生まれつきの体質だろう。怪力と頑丈な体を最初から持って生まれたって奴だ)』

『(攻略方法は?)』

『(昔、この手合いと戦ったことがある。こういう奴は、人よりも空腹になって動けなくなる時間が早い。持久戦なら勝てる)』

「無駄だぞ。『(私はここに来る前に腹一杯食べてきた。少なくとも、半日は持つ。それまで、お前たちが私と戦えるか?)』」

『(半日なら余裕じゃ)』

『(むしろ殺せる)』


 三人で何か軽口で警戒し合うセェロ、ノーリ、ミコトの三人。

 全員が臨戦態勢で、一拍後には殺し合いが始まるだろう。


 ここしかない。


 リルはすぐに壁を作ろうと魔力を込める。少しでも時間を稼ぐために、だ。

 しかしローケィの自爆を防ぐために、魔力はすでに枯渇している。今のリルでは満足な壁が作れない。

 ならもう、やることは決まってる。


 走るだけだ。


 リルはすぐに立ち上がり、走り始める。あの四人の背中はすでに遠く、どうやら先ほど指さした、シュリが世話になっていた家に向かってるのはわかった。

 ……そういえばテグはどうした、あいつならこんな兵士たち、すぐに倒してシュリを連れてくるはず!?

 不安がリルの胸を襲う。すぐに迎えとリルの背中を押す。


「コドモ、ムスコ、ムスメ、タノム」


 ふと、静かな声が後ろから聞こえた。ノーリの声に似ている。

 気にしてる余裕はないけど、その言葉がリルを冷静にさせた。

 逸る足を落ち着け、最速でシュリの元に向かう。






 レイとゼロ、シファルとシューニャたちの後ろを追いかける。

 里の中では金属音が響き、打撃音が響き、戦闘音が響き……。

 家にヒビが、地面にヒビが、木にヒビが入り、もはや里は壊滅寸前だ。

 ここに来るまでに生きている人は少なく、いずれも戦い続けてリルの目の前で死ぬ。

 リルたちに襲いかかってくる兵士はいたが、そこを生き残りのヴァルヴァの民がさせない。すぐに襲いかかり、兵士を無力化し……数の暴力で死んでいく。

 ようやく家に辿り着いたリルたちが見たのは、


「テグ!」


 テグともう一人、確かヨンと名乗る青年だった。

 二人とも切り傷と打ち身で体のあちこちが傷だらけ。血を流して立っている。


「おー、ようやく来たっスか」


 なのに、傷だらけでもテグは余裕そうな顔でこちらに手を振る。

 こっちを見て、ゼロたちを見て一瞬驚いた顔をした。


「ありゃ? そんなに大人数でどうしたっスか?」

「説明は後。どうしてヨンと戦ってる?」

「そりゃ、こいつが裏切り者っスから。外の奴らを手引きしたの」


 ……なんと? ヨンが、裏切り者? 外の……グランエンドの手引きをして、この惨劇を生んだと言うのか!?

 リルは拳を力一杯握る。拳が青白くなり、痛みも感覚もわからなくなるほどに。

 怒るのは当然だ、憤りのは当然だ!

 里の中の惨状、悲劇を見ていたリルにとってこいつのしたことは許せることじゃない!!

 ヨンを睨むリルだったが、隣からゼロが泣きそうな顔をして前に出た。

 足取りが不安定で今にも崩れ落ちそうな、弱々しさが見て取れる。


『(ヨン……嘘、だろ? 嘘、だよな? まさか、里長や親父殿の言ってたとおり、お前が裏切ったわけじゃないだろ?)』

『(嘘って、言って。お願い)』

『(黙ってないで言えよ、ヨン!)』

『(あちしたちでも、これは黙ってらんねー!)』


 ゼロたちが声を上げ、ヨンへ何かを呼びかけている。責めているようで、確かめたいようで、信じたいようで。複雑な思いがそこにあった。

 だけどヨンは、薄く微笑んで言う。


「『(ああ、そうだよ。俺が裏切った。俺のご先祖様を、爺さんを殺したノーリと俺たち一族を迫害していたこの里全てを滅ぼすためにな)』……こっちの言葉も使えるように、外の奴らに教わったんだ。『(これでわかっただろ?)』」


 ミコト以外に、ヴァルヴァの言葉とリルたちの言葉を操る人間。

 そうなるともう状況証拠としては有力になってしまう。鴉以外にリルたちの言葉を操る人間がいて、明らかにこちらに敵意を持っている……。

 いや、裏切り者なのは間違いないけど、敵意が、感じられない?


『(どうして……)』


 呆然とする声を出したのはレイだった。涙を流し、ヨンを見つめている。


『(レイのことも……全部嘘だったの?)』

『(……っ)』


 レイとヨンの間に辛そうな空気が流れた。この二人、どういう関係なのかわからないが仲が良かったってこと?


「そうですよヨン! あなたは、レイ様と許嫁の約束をしていたんでしょう! あなたの過去は……辛いけど! レイ様を裏切るこの結果に、本当に心から納得してるんですか!? 本当に恨みだけで、それ以外は全部どうでもいいんですか?!」


 ビックリした。このレイという少女、ヨンと恋仲だったのか。しかも結婚目前。

 目をまん丸にしてリルは立ち尽くしていた。レイは涙を流したまま、ヨンは黙ったまま。

 シファルとシューニャは手にナイフを持ち、いつでも戦闘に入れる準備を整えている。


 ゼロはその中で、表情が死んだ。


 感情は無くなり、目には光がない。淡々と手に手裏剣を持つ。


『(もういい。何も言うな)』


 ゼロは投擲の構えを取る。


『(事実がそうなら、俺は裏切り者を処するだけだ)』

『(ゼロ、お前)』

『(それとヨン。お前に親父殿から伝言だ。)』


 ヨンが何かを言う前に、ゼロは冷たい目をしていた。

 ゾッとするほどの、先ほどまでとは全く違う、敵を見るような目。

 鋭い視線がヨンへと向けられていた。

 ヨンはその顔に一瞬だけ、戸惑いを見せている。

 が、ゼロは続けた。


『(お前の爺さんは確かに儂が殺した。後ろから、首を狙って手裏剣を狙い投げた。それが里長からの指示であり、儂は命令を忠実にこなした。だってよ)』


 ゼロが何を言ったのかわからない。リルにはヴァルヴァの言葉のみで、その中身を理解することができない。

 でも、その言葉を聞いたシュリがギョッとした顔をしたことから、中身はろくでもない事だってのは容易に想像できる。

 当事者であるヨンは、それこそ呆けた顔をしていた。何を言われたのか、理解してない顔。

 遠くで戦場の音が小さくなりつつある。戦闘が終わり、戦争が終わり、勝者と敗者が決まる、終わりの時間。

 ――この悲劇の終わりに、ヨンは最後にゼロの言葉を、聞いてしまった。


 だからこそ、ヨンは怒りを露わにする。

 まるで戦場で見たことのある、親族の仇を打たんとするもの特有の、激情。


「やはりか!! 『(やはりかぁ!!!)』 あああああああ!!! ぜってぇに『(てめぇらを皆殺しにしてやる!!!)』」


 ヴァルヴァの言葉とリルたちの言葉がごちゃまぜになり、最後には何を言ってるのかわからなくなるほど叫び続けるヨン。

 中身の全てをリルは聞き取れない。ゼロたちも理解できてない。

 この中でただ一人、どちらの言葉も理解できるシュリだけが、ヨンの怒りに当てられて体を震わせていた。それだけの狂気と怒気に飲み込まれた、壊れた人の姿。

 シュリにしか理解できないヨンの嵐が、こちらへと向く。


「殺す『(全員死ね)』」


 ヨンはそのままゼロに向かって飛び出した。

 片手の剣が閃き、ゼロの首を狙う。一瞬閃光、瞬きの如き速さ。

 しかしゼロは首を逸らすだけでそれを躱してしまう。表情に変化は一切ない、余裕のままだ。


『(バカかお前は)』


 ゼロは何かを呟く。


『(何年、お前と幼馴染みをやってると思うんだ。お前の剣筋なんぞ、とうの昔に見切ってるんだよ)』


 そのままゼロは片手に持った手裏剣を、器用に手首を返すだけで投げつける。至近距離からの投擲武器の攻撃、こういう方法もあるのか。


『(バカだな)』


 だが、


『(お前と幼馴染みなんだ。お前のクセなんて見切ってる)』


 怒りの表情から一転、ヨンは微笑えみながら手裏剣を片手で受け止める。掴んだ指から血が流れるが、致命傷にはほど遠い。

 互いに互いのクセ、戦術を知ってるが故の一瞬の膠着。

 そこにシファルとシューニャが飛び込む。音もなく、一瞬で挟み撃ちをする形!


『(残念だよヨン)』

『(あちしたち、友達だと思ってたのにな)』


 二人とも腰だめにナイフを構え、ヨンの脇腹目掛けて突っ込む。

 一瞬の暇もない同時攻撃。


『(俺はお前らと友達だと思ったことは、一度もない)』


 ヨンはそれに対して、目の前のゼロに前蹴りを放つ。

 ゼロは鳩尾に放たれた蹴りを両腕を交差することで防御する。だが後方へ吹き飛ばされ、距離が空いてしまった。

 そのままゼロを蹴った勢いを利用して、シファルとシューニャの左右同時攻撃から跳んで逃れる。双子が舌打ちをしてヨンの姿を追おうとする。


『(そう)』


 だが、ヨンの真後ろにはレイが立っていた。


『(レイは、ヨンが好きだったよ)』


 ほんの僅か、瞬きほどの時間もないがヨンの動きが、僅かに鈍った。

 レイはヨンの首を後ろから喉仏の辺りを右手で掴む。

 引き寄せながら体勢が崩れるヨンの軸足を狩るレイ。


 その目には、涙がポロポロと溢れていた。


『(ごめんね、ヨンの苦しみを一緒に背負ってあげられなかった)』


 レイのたった一言。

 一言を聞いたヨンの顔から、まるで仮面が剥がれたかのように泣き顔が浮かび、涙を溢れさせた。


 ずん。


 宙へ投げ出されたヨンの体。

 体重、落下の勢い、腕力、地面の固さ。

 それら全てを利用し、レイはヨンの喉を押さえたまま地面へと叩きつけた。


『(ごほっ、お、っ!?)』


 明らかに喉が潰れたような鈍い音、そして声が出せてない掠れた悲鳴。

 口の端から血の泡を吹き出させ、ヨンは体を痙攣させた。

 びくり、びくりと手と足が大きく跳ね上がり、ヨンは苦しんでいる。

 勝負は決した。リルの目から見ても明らかだ。

 苦しみながら涙を流すヨンの頬に、レイの涙が落ちては濡らす。


『(お、おぉ、おおお……)』

『(ヨン、ヨン、ごめんね、ヨン、ごめんね、ごめんなさい……)』


 ヨンとレイ、二人の間にどれだけの愛があったのか。どれだけの絆があったのか。

 リルには計り知れないし、わからないものだけど……。

 少なくとも、暗殺一族ヴァルヴァの民として裏切り者を、かつての友人を無感情で殺そうとしたゼロとシファルとシューニャの三人が普通であるならば。

 レイの姿のそれは、ヴァルヴァの掟に縛られながらも愛する人を手に掛けねばならないという悲哀、悲恋そのものに見えた。


 リルは、シュリを見る。


 シュリはレイとヨンの姿を、決着を呆然と見ていた。

 リルはシュリへの思いを、シュリを失ったと思ったときに自覚。

 失ったものは戻らない、この摂理に従って現実を受け入れ、各地を放浪して傷を誤魔化し生きてきた。

 でも、なんの奇跡か戻ってきた。取り戻した。今、そこにある

 シュリがいる。

 だからこそ、もう取り戻せない状況に陥り、ヴァルヴァとしての使命を果たしながらも涙するレイの姿が、かつてのリルに重なって同情してしまう。


「っ!! 油断はダメっス!!」


 間隙。

 テグは素早く矢を放つ。気づいたときには矢は宙空、ヨンの頭へ一直線。

 だが、ヨンは動いた。

 素早くレイの手と体を撥ね除け飛び上がり、テグの矢を回避。

 全員が動けない中でヨンは森に向かって走っていた。走っている途中も血を吐いているらしく、血が地面に落ちてゆく。


『(ヨン!)』


 レイがその後ろ姿を追おうと手を伸ばす。


『(俺ば!)』


 逃げながらヨンが叫んでいた。喉が完全にやられて嗄れた声となり、口にするのも辛いはず。

 なのにヨンは叫び続けた。


『(俺ば! がならずお前らをごろず! いぢぞくの、一族のうらみ、を!! 必ず、がならず果たす!)』


 そのままヨンは森の中へと消えていく。奥へ奥へと走って行き、とうとう後ろ姿は木々の間へと。

 立ち尽くしていたリルたちだったが、気づけば里の中で起こっていたはずの戦闘音が全て消え去っていた。

 剣戟の音も、炎の音も、爆発音も、鬨の声も何もない。


「みんな、ここを離れよ」


 リルはシュリとテグへ向かって言った。


「もうこの里は終わりだ、グランエンドの兵士の戦闘音が消えた。

 戦争はヴァルヴァの負け。ここにいても殺されるだけ」

「でも、でも生き残りは」

「いない。探しに行っても、殺されるだけ」


 シュリは辛そうな顔をして逸らす。

 なんだかんだでシュリは長いこと、この里で世話になっていた。記憶があいまいな状態の頃から保護してもらい、生きてこられた。

 だから生き残りがいるなら、探して助けたいんだと思う。

 でもね、


「リルはこの里を見てきた。戦闘を行うヴァルヴァの民の姿をつぶさに。

 全員、己の使命を果たした顔をして、満足な顔をして戦って殺された。この里の人間が全員そう。だから、誰も生き残ってない」

「……」

「行こう」


 リルは歩き出す。


「……帰ろう」


 向かう先は、かつてのスーニティ。今のアプラーダ。


 ……帰ろうか、あそこに。






 こうして、ヴァルヴァの里は消えた。 

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか、こんな形で隠れ里編が終結するとは…。
[一言] なるほど。 裏切り者は微笑みのヨン様か。 ヨン様には裏切りが良く似合うね。
[気になる点] キャラクターの動きがなんだか不自然 [一言] 作者の都合で動かされてる感が強い 後付け設定も多いし、何というか微妙
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