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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕とリルさん
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五十三,さよならの修羅場とマシュマロ・後編

 シュリの言葉にリルは固まった。

 冗談を言ってるのかとも思ったけど、ヴァルヴァの民である双子を見る目に冗談のそれは全く混ざってない。シュリは本気で言ってるんだ。


「別れ?」

「まぁ……そういう謂われがあるという話です」

「……彼女たちにそのことは」

「これから伝えます」


 リルはシュリの手を掴んでいた。ここで言おうとしていたので、それを止めた形だ。


「待った。ここで言うつもり?」

「はい。いつまでも言わないままでは誰に対しても失礼ですから。義理が……」

「ここで言うのは、危険」


 シュリは不思議そうな顔をしてるけど、リルにはわかる。この二人もシュリの料理を心から好きになってる人たちだ。

 そんな人たちと長い月日一緒にいて、こうして馴染んでる所を見ると出て行くことには反対するのは想像に難くない。

 何よりこの子たちはヴァルヴァの民だ。物騒な噂の多い戦闘集団、傭兵団とはまた違った厄介さがある。武力がある。

 大人しくシュリを返してくれるとは、思えない。どこかに去ることを許すとは、到底思えないの。


「危険、ですか?」

「試しに誰かに言ったことある? ここから去ることを」

「僕を拾ってくれたご主人様……ノーリ様に言ったことは」

「それでどんな反応だった?」


 シュリは難しい顔をする。リルが手を離すと、シュリはこちらへ体を向け、頭を掻いてから答える。


「帰すことはできない、と言われました」

「だろうね」


 リルは溜め息を吐きながら、再びマシュマロを口に含む。

 うーむ美味しい。とても美味しい。

 ぷにぷにしてるというか、ふっわふわなんだけどもざくりと噛み切れる不思議な食感。

 噛めば噛むほど口の中に淡い甘みが広がっていき、飲み込むと甘い余韻が楽しめる。

 食感もなんというか形容しがたい柔らかさで、新食感と言ってもいいと思う。

 もう一つ欲しいんだけど、シュリが渡してくれる様子がないから困ってる。


「まずはその……家長さん? かなんかに説得を続けるのが一番じゃない?」

「里長さんに認められかけてるそうなんで、そっちにも話をした方が良いかもしれません」

「話がややこしくなりすぎて頭痛がする」


 里長……あのときあった、何歳なのかわからない男のことか。立派な屋敷に住んでた奴だ。それを思い出して、リルは大きく溜め息を吐いた。


「テグと協力して、ここから逃げる算段をするべきか……」

「え。それは……できるんですか?」

「まずここがどこかがわからない。ここに来るときも、気絶させられてたから」


 シュリがちょっと引いてる様子だけど、仕方が無い。事実なんだから。


「どんな目に遭わされてるんですか……」

「そういう契約で、そういう話だったんだからどうしようもない」

『××××××?』

「あ、はい、××××××××、××××××××』


 ん? シュリの言葉が理解できなかった。何を言った?

 双子はシュリの言葉を聞いて、驚いた顔をしてからすぐに怒った顔になる。

 そして猛剣幕でシュリに詰め寄って喚く喚く。凄い喚く。


『××××××××××××!』

『××××××××××××!』

『『××××××××××××××××××××××××!!』』

『××××××××××××!』


 何を言ってるのかさっぱりわからないけども、とりあえずシュリが何か口を滑らせたというのはわかる。

 だけどこれだけ怒られるというのは……もしかして。


「シュリ、もしかしてだけどここを去るってさらっと言っちゃった?」

「え、ええ、思わず口を滑らせました。えと、×××××』


 シュリは必死に双子に説明をしてる様子だけど、それを無視して双子が何かを言い続けてる。


『××××××××?』

『××××××××ー』


 と、そこにリルが魔工を教えてる兄妹が戻ってきた。この兄妹はこの家で住んでたんだっけ、とか思ってると双子が兄弟に何かを伝えてた。


『『×××! ×××××××××!!』』

『×!? ×××××××××!』

『×? ××××××……』


 妹の方は双子と同じく怒り狂ってシュリの胸ぐらを掴み、兄の方は落胆しながらシュリに何かを言っている。


「言葉が通じなさすぎて、リルが間に入れない」

「こ、これは、聞かない、ほうが、いいと思います」


 リルの言葉にシュリが困ったように答えた。


「試しになんて言ってるか教えてもらっても?」

「そこの女に誑かされたんだろって言われてます」

「うーん否定できない」


 天井を見上げて大きく溜め息を吐く。間違ってるようで間違ってないから返答に困る。


『×××××××××』


 と、ここでシュリがマシュマロを全員に差し出しました。

 ま、まさかシュリ……マシュマロで許してもらおうと?

 それは安直すぎないだろうか、と思ってたんだけど全員がマシュマロに手を伸ばして、美味しさに顔を緩ませている。


「ふぅ……大人しくなって良かった」

「それで良いのかシュリ。餌付けしてるように見えるけど」

「ハンバーグに執心してるリルさんに言われたくないです」

「ぐうの音も出ない」


 困ったな。それを言われてしまっては反論ができないじゃないか。

 シュリは兄妹と双子に何かを言うが、全員が何かしら言い合っていて収拾が付かない。

 だけどシュリは気にすること無くマシュマロが入った皿を持って歩き出す。


「行きましょうかリルさん」

「え? いいの?」

「はい」


 シュリが急かしてくるので、とりあえずリルも付いてく。

 家を出ると、後ろから兄妹と双子たちがリルの背中に向けて何かを投げかけるように言ってくるが、意味がわからないから返答のしようがない。


「あれ、何を言ってるの?」

「知らない方がいいです」


 シュリは複雑そうな顔をして言うので、リルはそれ以上聞かないことにした。

 だけど気になることはあるから聞いておく。


「で? どこに行くの?」

「あの家の家長の奥様が働いているところに。マシュマロを届ける約束をしてたので」

「リルが付いていっていいものなの?」

「一緒に来てもらった方がいいかと。あそこに残しておくとさすがにリルさんの身の安全が保証できない」


 シュリが真顔でそう言うってことは、あいつらの言葉にどれだけの罵詈雑言が籠められてるのかがぼんやりとわかってくる。


 まあ、それからリルを守ろうとしてる辺り、シュリも男になったなって思う。 

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