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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
序章・僕と傭兵団
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六、みんなでおでん・後編

 俺たちの夢はきっとここから始まった。

 傭兵団を立ち上げて、これほどまでに心が躍ったことはない。

 これほど楽しいと思ったことはない。

 そして、きっとそれはあいつがいなければ為せなかった。

 運命だなんて言葉は信じていないが。

 これが運命というやつだったのだろう。


 

「ガングレイブさん。食料の無駄遣いはよろしくないのでは?」

「まったくだ……あいつらにもちゃんと言っとく」


 シュリの病気が治った。

 次の日にはすっかり体の調子が良くなったらしく、料理番として復活しようとした。

 もちろん、部下も仲間も全員歓迎したさ。あの激マズの飯から脱出できるんだから当然だ!

 しかし、俺は見通しが甘かった。甘すぎた。

 それはつまり、残飯の処理。証拠隠滅を怠ったことだ。


「これなんてクリームシチューを作ろうとして、茶色にまで焦がしてるじゃないですか」


 それは俺がした失敗だ。

 他のみんなも、シュリの料理を再現しようとしてあれやこれやと試行錯誤。

 その結果、食べることすらできない汚物が大量生産された。

 食材は大量消費され、食うことも肥やしにすることすらできない廃棄物だけが残った。

 そんな犯罪証拠。隠滅を忘れていたのだ。

 俺の場合はスープを作ろうとして食材を焦がした。

 丸焦げだ。 


「どっちかと言うと黒だな」

「やめてくださいね、こういうこと」

「ああ、やめさせる」


 悪いがみんなのせいにさせておこう。

 シュリの顔が般若の如き迫力だ。


「ガングレイブさん、そう言って逃げようとしても無駄ですよ。

 リルさんなんてハンバーグ作ろうとしてミンチ炒めになってます。しかも味がない。

 クウガさんはアジフライ作ろうとしてやけどしたと聞いてます。魚なんてメッタ斬りにしてるのでどっちかというとつみれ揚げです。

 アーリウスさんは昆布入れてないからただの茹でた豆腐です。味気ないです。

 そしてガングレイブさん。このクリームシチュー、あなたがつくろうとしましたね。それも部下のせいにしようとして根回ししてたの、知ってます」


 バレた?!

 さてはリルだな! 

 リルはハンバーグが食えなくなって禁断症状が出ていた。

 発明にも備品の加工も手につかず、日がな一日寝っ転がって「ハンバーグ……ハンバーグ……」と呻いていた。

 そこに舞い降りたシュリの復活。そしてハンバーグの復活。

 やつはそれを見越して、情報と引き換えにハンバーグを手に入れやがったのか!


「まあ……明日の晩には特別な料理を作りますよ」

「なに? 特別?」


 内心、シュリからどんな仕返しが来るか怯えていたが、シュリは苦笑してた。

 特別な料理、だと?

 シュリからそんな言葉を聞くのは始めてだ。


「なんで今日は節約のために、バツとして料理は作っても量は少ないです」

「お前の料理の味で……久しぶりで……量が少ない……だと?」


 ば、馬鹿な。そんなことされたら、俺は部下から非難囂々じゃねえか。

 部下も仲間も、シュリの復活によって飛び上がらんばかりに喜んでいた。

 もう不味い飯を食わなくていい。もう金を払ってまでそこそこでしかない飯を食わなくていいと。

 だが、こいつの料理は味はいいのだが、いかんせん量を食べたくなる。匂いや味が、空腹に響いてもっと食いたくなっちまう。

 なのに、少ない。

 こんな拷問。他に聞いたことねえ……!

 今更になって気づいた。

 シュリの笑顔の奥にある、真っ赤に燃え上がる怒りの炎を!


 二日目の夜。

 部下も仲間たちも全員が飢えた狼の如き雰囲気を纏わせ、食事会を開いていた。

 ここに来るまで大変だった。

 部下たちからの批判を、シュリは食材を無駄にしたのはあなたたちだという正論と怒りで鎮めた。そして矛先は俺に来た。

 なんで説得しなかったんだとか、どうしてあんなことをしたのかと。

 てか、お前らがやったんだろと責めると、もう泥沼。

 ピリピリした空気の中、リルが何食わぬ顔でハンバーグを貪ってたのは、記憶に焼き付いている。

 そして、明日の夜はシュリが特別な料理を作るから、それまで我慢だと説得し、ようやく騒ぎは終息。

 無事に今日を迎えたわけだ。


「で、シュリ。何をするつもりなんスか?」


 ここには、俺と、シュリ、リル、クウガ、アーリウス、テグの六人で集まっている。

 どうやら、特注で作った火種と鍋で料理をするらしい。

 何十組の集まり全部にそれが用意されているのだから、今日の料理は特別なのだろう。

 テグも疑問を言っている。正直俺も聞きたかった。


「いえ、みなさんには風邪になった時に世話になりましたので、改めて礼をと」

「水臭いですね。私たちは遠慮する仲ではありませんよ」


 アーリウスの言うとおりだ。

 もう俺たちはそんな遠慮する仲じゃない。

 俺も、ここにいるみんなも。シュリを仲間だと思っている。


「僕の国の言葉に、『親しき仲にも礼儀有り』という言葉があります。

 たとえ親しいもの同士でも、相手を思いやる礼儀を忘れてはならないという言葉です。

 なので、そのお礼はきちんとしたいと思います」


 思いやり、か。

 傭兵団になってから、そんな心忘れてたな。

 親しき仲、にもか。

 シュリ、つまりお前は俺たちを親しき仲と認めてくれるんだな。


「それが、この料理言うんか? 今までのとどう違うんじゃ?」


 確かに。

 蓋を開けてないからなんとも言えないが、今までの料理とどう違うのか。


「これは鍋料理です」

「湯ドーフのような、ですか?」

「いえ、あれよりもコッテリです。こちらになります! みなさん、蓋を開けて見てくださいよ!」


 シュリの合図で全員が待ちに待った言わんばかりに。

 蓋を開けてみた。

 たまらん匂いがこの場を包んだ。

 食材は焼かれたトーフ、卵、大根、ちくわ、はんぺん、プルプルしている謎の肉、腸詰肉。

 なんとも豪勢な鍋だ。匂いもスープの色も独特だ。


「これは、トーフですか? 湯豆腐よりもしっかりしてて持てますね……」

「卵か、なるほど豪盛っスね。味がしみてるのか、色が染まってるっス」


 他の台からも期待の声が上がる。

 これは前にアーリウスと食べたユドーフと似てるがちょっと違う。

 これはあんなあっさりとしたものじゃない。

 もっとコッテリとした、食べがいのあるもののように見える。

 そりゃそうだ。これだけの食材を使ってるなんて、そうそう食えるもんじゃない。

 味だって期待できるだろう。


「よし、じゃあお前ら、食っていいぞ!」


 おおー!! と部下たちが声をあげて鍋をつつき始めた。


「じゃあ僕らも。みなさん、どうぞ」

「あ、じゃあオイラはソーセージもらうっス」

「ワイはこのちくわ? とかいうのを」

「私は焼きドーフをもらいます」

「……卵」

「俺はこの肉だな。これなんの肉だ?」

「すじ肉です」

「は? あの固くて食えたもんじゃねえやつか?」

「食べてみてくださいよ。驚くこと間違いなしです」


 ほう、そりゃ期待ができる。

 俺はすじ肉を取って見る。

 すじ肉は固くて食えたもんじゃない。

 ゴリゴリしてるし、味も付かない。

 なのにだ。こいつはいい色してるし、柔らかい。プルプルしてやがる。

 期待をして口に入れる。


「卵、ほくほく」


 リルは卵の白身と黄身を一緒に食べながら、幸せそうだ。


「このちくわとかいうの、魚の味がするやんな。不思議な味やわ」


 クウガはちくわとやらに夢中だ。

 ちなみに、穴にはごぼうを詰めてあるらしい。


「焼きドーフは湯ドーフと違って、しっかり形が残ってて食べごたえがありますね」


 アーリウスは上品に焼きドーフを食べている。


「このソーセージ、ポトフとはまた違う感じっスね。大根と一緒に食べると、さらに旨いっス!」


 ソーセージと大根をあわせて食べながら頷いているのはテグだ。


「馬鹿な……これがすじ肉だと? 固くねえ。柔らかい。口の中で噛むのが楽だし、噛みごたえもいい。味も最高だ」


 そしてすじ肉。

 柔らかくて、味もしみてて、最高だ。

 こんなになるまで、どうやればいいのか?

 そういえば一日待てと言っていた。もしかして、一日も煮込んでいたのか?

 一日も火にかけて、ゆっくりと煮込んで柔らかくしてたのか?

 普通じゃ考えられねえ。ここは宮廷料理場じゃねえんだぞ。

 火種があるとはいえ、手間が半端じゃなくかかったはずだ。

 他の食材だってそうだ。一朝一夕じゃここまで美味しくならねえ。

 聞いた話じゃ、ちくわってのは魚の身をすり身にして練って加工したらしい。

 わざわざ魚をそんな風にするなんて考えられねえ。その分、味は半端なく旨い。

 よく汁を吸って、味が煮詰まった具材はどれも一級品だ。


「せっかくだ! おめえら、今日は酒を飲んで楽しめ!

 こんな旨い飯、酒がなきゃもったいねえだろ!」


 部下たちが雄叫びをあげて喜んでいる。

 そりゃそうだ。この飯、絶対に酒と合うに違いない。

 俺も酒を久しぶりに飲んで飯を楽しんだ。

 たまらねえなあ、やっぱりシュリの料理は。


「やっぱり、この団はいいとこです。

 僕、この団に拾ってもらって幸せです」


 そんな全員を見て、シュリはポツリと言った。

 幸せ、か。ここはいつ死ぬかも分からねえ地獄に近い。

 なのによかった、なんてな。


「シュリ、これからもここで飯を作ってくれるか?」

「はい。辞めさせられるまでずっと。故郷への思いはありますけど、僕の居場所はここですから」

「そうか。よし」


 辞めさせる? そんなことするわけねえだろ。

 こいつを辞めさせたら、それこそ傭兵団は分解しちまう。

 今、この傭兵団が保ってるのはシュリの料理あってこそだ。

 旨い飯が食えるから、生き残ったらまた食えるから頑張ってる。

 こいつが残ってくれるなら、俺もやる気が出る。

 だったら、俺も言うしかねえし、やるしかねえ。

 酒を思い切り飲み込んで、俺は言ってやる。


「俺は、俺の目標はこの大陸全部をまとめる国を作って王になる。

 付き合ってもらうぞ。シュリ」

「はい、ガングレイブさん」


 俺は絶対に王になる。

 かつて夢見た、誰も飢えず、誰も貧しくない国を。


「じゃあ、リルも」


 リルは卵を食べる手を止めた。


「リルは、魔工の技術を、その国で平和利用する。こんどは、シュリに作ったような日常用品を作ったりとか、いろんな人に魔工を伝えたい。

 学校とか、作って」

「じゃあワイは国の大将軍や。世界最強の剣豪になって、ワイの技を未来永劫残したる」

「私は、リルと同じく魔法の学校を作りたいですね。貴族しか通えない学校じゃなくて、いろんな門徒を募集しますね。あと、良い奥さんにもなりたいです」

「オイラは国ができて平和になったらいろんな場所を巡って、本にまとめるんス。大陸を制覇したら海も制覇するっスよ!」


 いつの間にかみんなで夢を語ってた。

 回りの部下は誰ひとり茶化さない。

 むしろ、そうだそうだと応援してくれている。

 俺は、いい仲間を、いい部下を持った。

 それを作ってくれたのは、お前だ。シュリ。

 

「じゃあ、僕はみんなの夢の手伝いをしますよ」


 シュリは笑顔になった。


「美味しい料理を作り続ける人になります」


 俺たち六人と、頼りになる部下。

 こいつがいれば、俺はきっと夢を叶えられる。

 ここから、始めようか。

 俺たちの夢を。







 後世において、歴史の転換点はどこかと論争されると、必ずこの場面が描かれる事になる。

 “六英雄の晩餐”

 それは後に英雄となるものたちが、夢を語らい、己の理想に向けて歩み始めたとされる宴だ。


 統一帝国初代帝王。

“大陸王”ガングレイブ・デンジュ・アプラーダ。


 初代帝王正妻にして魔法学園初代学園長。

“真理の魔女”アーリウス・デンジュ・アプラーダ。


 ブランシュ魔工学園創設者。

“発明女王”リル・ブランシュ。


 統一帝国大将軍、空我くうが流開祖。

“百人斬りの剣聖王”クウガ・ヤナギ。


 統一帝国近衛隊隊長、天狗てぐ流開祖、異邦見聞録と異界見聞録著者。

“初代冒険王”テグ・ヴァレンス。


 誰が予測できただろうか。ここで語らった夢が実現するなど。

 後の英雄たちも、この宴から帝国建国の覇道が始まったと思っている。

 しかし、一人だけ言葉が違う。

 ガングレイブ・デンジュ・アプラーダは、語る。

 覇道が始まったのはもっと前。

 ある料理人と出会った頃から、きっと夢への道が始まったのだと。


 統一帝国王族専属料理人にして新文化料理発案。

 数多くの領主、領民に愛され。

 数多くの料理を発明し。

 数多くの新食材を発見し。

 数多くの加工食品を発案した。

 そして、飢饉や凶作の年には地方に赴いて領民を救い。

 職を失ったものたちに料理を教えて店を開かせた。

 歴史学者や考古学者は語る。

 浅学の学者は他の英雄たちを称えるが。

 もっと深く、もっとキチンと勉学に励んだものなら。

 彼の存在なくして統一帝国は成り立たなかったと分かる。

 彼の名前は、未来永劫語られている。


 “食王”シュリ・アズマ。


 これは、そんな彼が。

 知らぬ間にいろんな人に影響を与え。

 そのことに全く気づかないまま栄光を掴んだ。

 そんな物語である。

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― 新着の感想 ―
帰れなかったんだな(T-T)
ついにシュリが歴史に名を残した事が記され感無量よ
[良い点] ぐっと掴まれるような入りですね。 期待が高まります。
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