五十三、さよならの修羅場とマシュマロ・前編
「シュリ。しっかりする、シュリ」
リルさんが僕に呼びかけてくる。僕の様子に尋常ではない何かを察してくれたのだろう、心配そうな声色だった。
それでも僕はリルさんの顔を見れない。見ることができない。
「こっちを見て」
リルさんの呼び声に、僕はゆっくりとリルさんを見た。
その呼び声には、有無を言わさぬ強さがあった。だから、その強さを利用して、自分の弱さを誤魔化してリルさんを見る。見る理由ができたから見る。
リルさんはいつもの無表情ではあるけど、その目には優しさがあった。こっちを本気で心配してる目だ。
その目を見ていると精神が徐々に落ち着いてくる。激しく脈打っていた心臓が、普通の鼓動へと変わっていきます。
「ああ……ありがとうございます」
「それはどうも」
リルさんはそういうと安心したような顔をした。
「何があった?」
「それは……」
僕は原因を言おうとして止まってしまった。なんて言えばいいんだ、この場合。
この世界の魔力が原因で僕自身に変化が起きてます、というのは言いづらかった。まるで自分が人間じゃなくなってるのを認めてるみたいなので。
だから僕は視線を逸らしてから言った。
「また今度言います。まだ確信を得られてないので」
「そう。待ってる」
リルさんが信頼を寄せて言ってくれてるのがよくわかる言葉である分、隠してしまった僕に罪悪感が生まれる。
黙っていて良かったのか、ちゃんと言うべきじゃないか。でもそれを言ってリルさんにどう思われるか怖い。
と、グダグダと考えると心配そうな顔をしたシファル様とシューニャ様が僕へ近づいてくる。
『おい、大丈夫か?』
『何があった? この女に何かされた?』
と、二人してリルさんを睨む。リルさんは涼しい顔をしてるけど、指をコキリと鳴らしていた。
ヤバい。ここで黙ってたら大変なことになる。
『申し訳ありません。炎天下で体調が崩れたようです。もう大丈夫ですよ』
『今日はそんなに炎天下じゃない』
『それが本当だったらシュリ、弱すぎない?』
おっと男に向かって弱すぎ発言は止めるんだ。傷つくぞ。泣くぞ。
僕は悲しみを隠して笑顔で言いました。
『ははは。すみませんね……。それでは、作ろうとしてたものを作りましょうか』
『『待ってた』』
二人とも大人しくなり、それを見たリルさんも警戒を解いたのを見て僕は竈の前に立つ。
作るのは決まってるんです。これを作ろうと思ってました。
それはマシュマロ。良いお菓子ですよね、あれ。
あれを作るにはたくさんの調味料を作らなきゃいけなかった。その中でもゼラチンが手に入らないので困ってました。
それが手に入ったから作れる。ゼラチンがあれば他にも作れるものがあるから、料理の幅が広がる。
ヴァルヴァの皆さんにも新しい外貨を手に入れられる商品ができて、互いに損はありませんね!
というわけで作っていこう。材料は卵、ゼラチン、砂糖、レモン、片栗粉。
まずゼラチンを使用量だけ水でふやかし、鍋に水と砂糖を入れて煮立たせる。軽くでいいからね、ちょっと煮立つくらいでいいから。
そこにふやかしたゼラチンを絞ってから投入。
んで、卵から卵白だけを分け、レモンは果汁を絞って用意してから混ぜて泡立たせます。
ここに少しずつさっき煮立たせて作ったゼラチンを加えてさらになめらかになるまで泡立たせる。
あとはこれを冷やす。結構時間が掛かるぞ。
冷やす方法? 今回は食料を保存しているこの家の冷暗所に氷と一緒にした。上手くできてるといいなと祈ってる。
完成したそれを切り分けて片栗粉をまぶして完成だ。
『できました』
僕がさっそく器に盛ったマシュマロの山を三人の前にお出ししました。
リルさんとシファル様とシューニャ様、三人とも出てきた白い塊を見て触ってみてました。
『なんだこれ、柔らかい』
『不思議な感触だ』
「シュリ、これは?」
「それはねリルさん、マシュマロっていうお菓子ですよ」
僕は器に盛ったマシュマロを一つ取って口へ入れる。
……うん、割と上手くいったかな。コーンスターチと冷蔵庫があればもっと上手くできそうなんだけどな。
「うん、美味しい。食べてみてください」
『うわ、なんだこれ』
『おわ、なんぞこれ』
リルさんに勧めていたつもりでしたが、先にシファル様とシューニャ様が食べてしまった。二人して一つ口にして、目を輝かせている。
『ぷにぷにしてるー!』
『ふわふわしてるー!』
『『ぷるんとかみ切るとほのかに甘くておいしー!』』
二人とも美味しいらしく、二つ目も手にして食べてくれました。よかった、成功らしい。
「リルさんもどうぞ」
「もう食べてる」
「え、いつの間に」
確かに、リルさんはいつの間にか手に一つ、口の中に一つマシュマロを入れて食べていた。
そして頬が少し緩んでいる。
「うん、美味しい。プルプルしてて、ふわふわしてる。ぶつりとかみ切るとほのかな甘さが口の中に広がる。
口の中で溶けてるようで溶けてないようで、不思議な感じだけどちょうど良い甘さが口の中に広がっていって、飲み込んでも余韻が甘い。とにかく甘い。けど悪くない」
「それは良かったです」
リルさんにも美味しいと言ってもらえるのなら、完全に成功ですね。僕は胸を撫で下ろしながら言いました。
『あ、お二人様、スィフィル様たちにも運ばなければいけないので、食べるのはほどほどにお願いします』
『あ、やべー!』
『あ、そうだ!』
『『食べ過ぎたらスィフィル様たちに怒られる! ……けど最後に一個』』
シファル様とシューニャ様は一つだけ手に取って、名残惜しそうに眺めておりました。
「ところでシュリ、これはどういうお菓子?」
「そうですね。これは……」
僕はリルさんの質問に、惜しそうにしている二人を見ながら答えました。
「僕の国で、ある時期のお返しで渡すと別れを意味するお菓子です」
それが、僕の答えなのです。