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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
二章・僕とリルさん
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五十一、ノーリ様の話とトンカツ・後編

『お前をこの里から出してやることはできん』

『……やっぱりダメ、ですか?』


 儂の言葉にヌル……いや、シュリは困ったように俯いた。

 仕方あるまい。ここは隠れ里、おいそれと人の出入りがあって良い場所ではない。


『……一から説明しようかの』

『御願いします』


 シュリは居住まいを正して座り直した。

 儂はあぐらを組みかえて、煙草を取り出す。囲炉裏に残った火種で火を付け、口に運んだ。


『まず儂が何故、シュリの記憶が戻ったことを察したかじゃ』

『ああ、そういえば』


 これは簡単に説明できるのだがな。儂は煙草の煙を吸い、肺に満たしてから天井に向けて吹き出した。


『レイやゼロから、お前の様子が以前とまるで違うと言われての。お前が気絶している間、スィフィルからも聞いた。あのお嬢ちゃんが、まるでお前のことを昔から知っていた仲間のように必死だったと』

『はい』

『お前は記憶を無くしている間、記憶に結びつく言動や事柄を知る度に昔を思い出しているようじゃった。それは間近で見ていたから確実だ』

『そうだったのですか……以前との記憶が結びついてようやく僕になりましたけど、記憶が戻るきっかけやらには自覚がありませんでした』


 ぶっ倒れて気絶したことに関して、そこまで意識が繋がっておるわけではない、か……儂は別にその筋の専門家ではないのだが、わかるものが見たらどう思うのであろうな。

 いや、そこはどうでも良い。大事な話をしなければならぬからな。儂は喫煙を続けてから言う。


『そして、あのお嬢ちゃんを見てお前は記憶が戻った。そしてお前は帰りたいと思ってる。そうだろう?』

『そうです。でも、帰ることはできないんでしょう?』

『簡単に許すことはできんよ。里長も、ようやくお前のことを認め始めたところであるからな。なのに記憶が戻りましたからここから去ります、なんて簡単に手のひら返すことなど許すはずがない』


 儂がそこまで言うと、シュリは困ったように腕を組んで唸り始めた。

 悩むのも無理はなかろう。ようやく記憶を取り戻し、帰れるかどうかがかかっておるのだからな。どうにかできぬと悩み、どうにかしたいと考えるのも当然だ。


『儂としても、お前が帰りたいからとはいそうです、なんて言えん』

『ノーリ様……』

『お前はもう我が家の一員だ。確かにお前を奴隷として家に置いてきたが、正式に家人として迎えたい……いや、他のものたちはすでにお前が奴隷としてではなく、うちの家人や手伝いとして家にいるようなものだと思ってるぞ』

『ありがたい……のですが……』


 シュリは尚も悩むようにして俯く。

 儂はそれを見て、やはりシュリは帰りたいと思ってるのだと確信する。


 だから儂は煙草を吸いながら体を伸ばし、シュリから見えぬように隠した右手で棒手裏剣を握り直す。


 これは針のような細い形状をしており、相手に痛みをほとんど与えることなく敵に攻撃できる。

 一番の利点は、痛みがほとんどないから相手に気づかれにくく攻撃できる点じゃな。

 突き刺さった箇所……首や頭、心臓といった重要な部位ならば返り血を溢れさせずに殺すこともできる。

 煙草を左手で扱いながら、儂は悲しそうに瞳を伏せる。

 家人として認め手伝いとして家に置く。奴隷という形を廃する。


 レイにもゼロにもスィフィルにも言ってないが、これは儂の偽らざる本音じゃ。


 さっき食べた料理も見事に旨かった。家の中も綺麗に掃除されて住み心地が良い。

 これからレイもゼロも、仕事で身を立てて行くことだろう。里の中からレイのように許嫁を見繕い、血を繋ぐこともある。

 そのときにシュリに、家のことを任せたいとも思っていた。大変ではあろうが、家のことができるように料理や掃除、その他の家事を教える役目を与えたい。

 いや、我が家だけの話ではなかろうな。里長と話して、嫁入り修業の師匠としてシュリに役目を与えて、この里にいる大義名分を作ってもよいかしれない。

 無理かもしれないが、その無理を通してこの里に居続けさせるだけの価値が、シュリにはある。

 料理が旨く、家事も上手で、人当たりも良い。

 何より、外の言葉と里の言葉を見事に聞き分け使い分けている。

 それだけのものを、手離すことなどできぬ。

 ここにいなくなるのであれば、この里の秘密を守るために殺すことも、仕方なかろうよ。

 身勝手な考えというのは自覚しておる。人間的にはクズでじゃろう。

 でも、これがヴァルヴァの隠れ里の暗殺者としての、生き方なんだよ。


『僕は……』


 シュリの考えた整ったようで、腕組みを解き顔を上げた。

 さぁ、なんというのか。

 返答によってはその額に、手裏剣が突き刺させることにある。

 なに、痛みはない。一瞬で脳を破壊し眠るように死ねる。

 それが儂からシュリにできる、唯一の慈悲じゃ。


『僕としては、ヴァルヴァの民をまるごと全部ガングレイブさんに雇ってもらったら解決するんじゃないかって思います』


 なのに、その口から出たのは予想外のものであった。

 思わず力が抜けて、左手から煙草が落ちる。慌てて拾い上げて火の気が広がってないか確認してから、右手の某手裏剣を隠した。


『それはどういうことじゃ』

『言葉のままです。僕はここから帰りたい。でも帰れない。その理由は、この里のことを知りすぎたからです』

『うむ……うむ?』


 困った。シュリの調子に乗せられておる自覚があるぞ。

 じゃがシュリは構わずに続けてくる。


『なら、この里そのものがガングレイブさんの指揮下に入ってしまえば、守秘義務もへったくれもありません。ここからガングレイブさんのところに帰るのではなく、ここも含めてまるごと帰る場所にしちゃえばいいかなって』

『お前、ヴァルヴァの民を一回雇うのにどれほどの金がいるかわかっとるか?』

『……え? もしかして凄いかかります?』


 はぁ、と儂は大きく溜め息を吐いてからシュリに向かって指を三本立てた。


『3万イェリル……300万イェリルです、か?』

『3000万イェリルじゃ。前金で』


 シュリは息を呑んで天井を見上げてしまった。

 だろうなぁそうなるだろうよ。前金でも普通では大金であろうからな。

 成功すればさらに何倍もの資金が必要になる。

 そんな大金がかかるわけだがシュリは何やらやる気になってる。


『が、ガングレイブさんに頑張ってもらえればなんとか!』

『雇うだけでもそんなに掛かるのに、さらに配下に加えるともなればそれ以上の何かがいるだろうよ。さて、儂は行くところがあるから出るぞ』

『え? どこへ?』


 儂が立ち上がる様子を見て、シュリは不思議そうな顔をした。


『これから里長のところじゃ。なんせ外から招いたもんが里で暴れたからの、それにシュリが関わりがあるともなれば、儂から説明せなばお嬢ちゃんたちが危なかろうさ』

『ノーリ様』

『お前のためじゃねぇぞ。これ以上、里で暴れられても面倒なだけじゃ』


 儂はそう言って家を出ようとしたが、ふと気づいてから振り返る。


『そうそう、お前が儂に作ったさっきの料理じゃが』

『はい』

『あれ、他のみんなにも作っちゃってくれや。きっと喜ぶからな』


 それだけ言って、儂はさっさと家を出た。






『……ということじゃ、里長』

『まさかあの少年がガングレイブとの繋がりがあるものだったとはな……こっちの調査不足だったな』

『調査は行われてたけど、まさかあそこまで風体を変えてしまっては気づきにくかろうよ。片目は白濁、髪の毛は時間と共に黒と白の斑色じゃ。むしろ、あのお嬢ちゃんがすぐに仲間だと気づいた事の方が驚きじゃろうよ』


 儂は里長の家を訪れ、里長と向かい合って話し合いをしていた。

 里長はシュリの正体を知って、悔しそうに拳を握ったりしている。


『それでも、我らヴァルヴァの民の調査結果から物事を察することができなんだのは、十分に鍛錬不足に勉強不足よ。小生も、まだまだ修行中か』

『里長が修行中なら儂なんぞひよっこだろうが』

『なんだ? 小生と一緒に修行のやり直しでもするか?』

『冗談は止めてけつかれ』


 儂の返答に里長は口の端から空気が漏れるような笑いを見せた。

 里長は笑っていても表情が変わらぬ。そこに笑いが加わるとなんの大道芸を見せられてるんだってくらい変なものになるんだよな。


『クフクフクフ……、いやはや久しぶりに十分に笑ったぞ』

『その笑いを見るの、慣れんわ』

『クフクフ、ふぅ……さて、小生への話は他にあるのか?』


 里長はあぐらを組み直して儂に尋ねてくる。

 白々しい、この若作り爺なら儂の考えなど、筒抜けのはずなのだが。


『シュリから、ガングレイブ傭兵団の配下に加わってはどうかと言われたの』

『論外。そう言ってすり寄る輩はごまんとおる。小生たちはあくまで自由戦力で金で雇える暗殺者。それ以上でもそれ以下でもなく、それ以上それ以下になってはならない』

『当然じゃな』


 やはり、里長はこういう話には過敏に反応するところがある。儂とて予想はしてた。


『儂とて、過去の歴代里長たちの失敗はガキの頃から、一言一句覚えるまでに言われてきたわ』

『そうであろうさ。歴史が証明している。小生たちのような言葉も文化も違う手練れの暗殺者集団が、外のものと上手くやっていけるわけがない』

『何代ほど前の里長がやらかしたかの』

『小生が知るだけでも直近で五代前、歴代では全部で五人はいる。どれもどこかの国や領地に召し抱えられる形を喜び、外の光の下で生きていけると信じておった。しかし、どれも最終的には切り捨てられるか裏切られるか、で結局隠れ里に戻っている』


 里長の溜め息混じりの答えに、儂も溜め息を吐いて同調した。まこと、愚かなことをしたものよ。

 かつて、このヴァルヴァの里を表舞台に立たせようとした里長がいた。

 強国に正式に仕え、光当たる場所で歴史に名を刻もうとしたものたち。

 しかし、そのものたちはことごとく失敗してきたもんじゃ。

 何故か? 言葉も違う、文化も違う、人種も違う儂らを完全に信じることができる国が無かっただけのこと。

 いつ自分が暗殺されるのか? 裏切らない保証なんてないのでは? そういった相手の疑心暗鬼が、儂らを日陰に追いやる。


『だからガングレイブの元に集うのは小生は反対だ。かつての里長たちの二の舞にすることなどできん』

『子孫となる里長としての責任もあって、か?』

『次にそれを口にしたら、お前の首は里の真ん中に飾られることになるぞ』


 里長の全身から儂に向けて、濃密な殺気が叩き込まれる。

 儂はそれをどこ吹く風、受け流してから口を開く。


『失言であったな』

『二度と言うな』

『しかし里長よ。言ってたよな。これからの戦乱の中心はガングレイブとなると』


 儂の言葉に、里長の殺気は消える。

 そして何かを考えるように顎に手を当て、すぐに何かに気づいた様子だった。


『なるほど。小生たちが食いっぱぐれることもないか』

『戦乱の中心となるなら、儂らの食い扶持もあるだろうさ。どうする?』

『仕えることはせぬ。しかし、商売の場所を変えることはよかろうさ』

『結果としてガングレイブを殺すことになっても?』

『グランエンドと争っている以上、そうなっても当分は仕事にありつけるだろうよ』


 儂らの間だけでわかる会話は十分に終わった。儂は立ち上がってこの家を出て行こうと歩を進める。


『鴉を向かわせる準備を』

『了解じゃ里長』


 里長の命令に儂は短く返答する。





 さて、これは大きな仕事が来そうじゃな。

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