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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
一章・ボくと暗殺一家
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四十七、仮面とピカタ・前編

 皆様、どうもどうも。ヌルです。

 なんだか穏やかに、時間が流れてる感じがする今日この頃。

 とある日の昼過ぎ、穏やかな日差しが気持ちいい天気の日です。


『あ! シューニャ、大きい方のバウムクーヘンをもらったな!』

『そっちは厚みの綺麗さが良い方をもらったな、シファル!』

『つまりどっちも同じくらい良いものってことでーす。ボくを挟んで喧嘩しないでくださーい』


 今、シファル様とシューニャ様に挟まれながらバウムクーヘンを焼いております。

 二人が訓練で何やら奥義? みたいなものを習得してから、なんかバウムクーヘンを焼くようになったらどこからともなく現れるようになりました。

 ほんと、どこで嗅ぎつけてくるんだろうねこの人たち? そのせいで、他の人たちが睨んでくるんだよ。


『お前ら……とっとと帰れよ』

『そうだそうだ! それはレイたちのものだぞ!』

『けちくせーこと言うなよー』

『旨いんだからいいだろー』


 後ろからゼロ様とレイ様が嫌そうな顔をして注意してきます。

 だけど柳に風、のれんに腕押し、豆腐にかすがい。お二人は何を言われてものらりくらりと流して、ボくが渡したバウムクーヘンに齧りついていました。


 ……? なんか意味はわかるけど知らない言葉が頭の中に浮かんだな……?


『良くない! それはレイたちのだ! とっとと置いて帰れ! そして訓練してろ!』

『あちしたちはすでに四式まで習得してるからー』

『訓練はほぼ自主練、そして自主練で汗を流して腹を空かせたから、ヌルのバウムクーヘンを食べる。うむ、幸せ!』

『むきー!』


 シファル様とシューニャ様の言葉に、レイ様は地団駄を踏みながら悔しがっていました。

 ゼロ様もまた、何を言おうか迷ってる感じで顔を手で押さえています。






 シファル様とシューニャ様と親しくなってはや数週間。最初に出会ったときのようなとげとげしい感じがなくなって、接しやすくなって助かっています。

 その分、こうやって家の食べ物にありつこうとしてくるのは、ちょっと困りものですよね。後でレイ様に怒られそうです。


『全く、あいつらは……』

『困ったもんだよ! これはレイたちのものなのに!』

『一応、ゼロ様たちの分もありますので』

『そこは問題じゃない、うちの食材で作ったものを横取りするのが問題なんだよ』

『いえ、実は二人とも自分たちが食べる分の食材を持ってきてくれてるんですよ。さすがにそれはマズいって思ったんでしょうね』

『え、そうだったんだ……』


 ボくの言葉に、レイ様は驚いたように口を開けました。

 そら、本人たちだってそこくらいの分別はあります。……いや、ここに来てまでバウムクーヘンを食べに来るってのは、分別があるのか? ないのか? わかんないや。

 しかし、それでも納得はしにくいのでしょうゼロ様は顔を複雑そうにしたままです。


『だとしても、人の家の奴隷に料理をたかりに来るってのも問題でな。あいつの家に、今度親父殿経由でそれとなく注意してもらうか』

『あの二人に、あまり酷いことはしないであげてくださいね』

『わかったよ。お叱り受ける程度、てことで親父殿に頼もう』

『レイはあまり納得はしないけどね!』


 落ち着いてきているゼロ様に比べ、レイ様は変わらず怒りを持ったままです。


『ヌルはレイが拾ってきた奴隷なのに! 他家のものが勝手に仕事をさせるもんじゃない!』

『まぁまぁ……ボくは仕事の合間にしているだけなので』

『その時間でヌルがちゃんと休憩すれば、あとでレイたちの仕事だって質があがるはず』


 う、そこを突かれると困る……。


『ま、まぁ……レイ様たちへの仕事は怠りませんので……』

『そこは信頼してる。ここ数日のヌルの仕事ぶりはいつもと一緒だから。でもだからってシファルとシューニャの蛮行を許すのとは違う――』

『何を怒ってるんだ?』


 そんなレイ様の隣に、大柄な男が立ちました。両手には農作物を乗せた籠があり、どうやらをそれを届けに来てくれたようです。

 金色の髪をオールバックにしていて、ヴァルヴァの民族衣装が盛り上がるほどの筋肉をしている人です。ボくよりも背が高く、頭一つ分は上です。

 そして腰には、ヴァルヴァの人が使う剣を佩いていました。

 この村の剣は変わっていて、外から流れてくる剣よりも短く鍔が無い。そして刀身は黒く塗られて光を反射させない作りになっています。反りのない片刃剣ですね。


『ヨン様』

『おう、ヌル。達者にしてるか』


 この方はレイ様の婚約者であるヨン様です。どうやら親同士が決めた結婚らしいです。

 だけど――。


『はいヨン様。こちらへはなんの用事で?』

『俺の親から、取れた作物をこっちに届けてくれと頼まれてな。それとレイに会いに』

『ふん!』


 照れくさそうにするヨン様と、会いに来たという言葉で顔を紅くしながらもニマニマと笑っているレイ様。

 なんだかんだでこの二人は仲が良く、親に決められた婚約者と言えども愛し合ってるのがよくわかります。なんだか微笑ましいんだよな。

 ヨン様はゼロ様に、持っていた籠を渡しました。


『じゃあこれな、ゼロ』

『おう、ありがとな。今度、こっちでも取れた肉を届けるわ』

『楽しみにしておこう。で? ここで何をしてたんだ?』


 ヨン様はレイ様の隣に立ちながら、そう聞いてきます。この人、隙あらばレイ様の横に立つんだよな。レイ様もまんざらじゃない様子。幸せそうで何よりです、ケっ。


『シファルたちが勝手にヌルに菓子を作らせてたから、ヌルに注意とあいつらに文句を言ってたところだ』

『あぁ……だからあの二人、俊敏な足取りでここから去ってたんだな』


 ゼロ様の呆れ顔に、ヨン様も同じように呆れ顔で答えます。


(ひと)()の奴隷を勝手に……なのはちょっとな』

『だろう? ヌルも優しいからな、断れないんだ』

『レイが拾ってきたのに!』

『まぁまぁ』


 段々とヒートアップしてきた三人に、ボくは宥めるようにいました。


『どうせかかる苦労はさして変わりません。それなら、お知り合いの方への義理立てもすれば、この家のためにもなるでしょう。私は、一向に困っておりませんし』

『まぁ……ヌルが困ってないならいいし言い分はわかるけど……さ』

『これはもはや感情の問題! 勝手にヌルに料理を作らせるのが気に食わない!』

『そうは仰られましても……』


 困ったな、ゼロ様は半ば納得しておられますが、レイ様はいまいち気を静めてくれない。

 どうすればいいいのかな? と困っていたら、ヨン様がレイ様の肩に手を置いてから言いました。


『落ち着けよ。今のところ、被害はないんだろう?』

『ヌルの時間を奪われてる』

『それ以外はないんだろう? 本人も困ってないなら、本人への注意程度で終わらせればいいじゃないか』


 ヨン様はそのまま、来た道を帰ろうと踵を返しました。


『それでも文句があるなら、俺からも言っとくからよ。じゃ、俺はまだ家の仕事があるから帰るぞ』

『もう帰るのか? せっかくだから、ヌルの料理を食べないか』

『また今度いただくよ! じゃあな』


 ヨン様はこちらへ手を振ってから、帰って行きました。

 あの人はこうやって、なんだか場を収めてくれる頼もしさがあるんですよね。

 だからなのか、レイ様も落ち着いた様子を見せました。


『まぁ、ヨンの言うとおり困ったときは親父殿たちに言いつけてやればいいか』

『そうだな。ヌル、俺たちにも何か食えるもんを頼む』

『わかりました』


 ゼロ様からお願いされたので、バウムクーヘンをもう一度用意するために食材を確認しようとしました。

 助かった。あのままレイ様に暴れてもらっては、本当に困ってしまいますからね。

 後でヨン様にもお礼を言っておこう。レイ様を宥めてくださってありがとうございます、と。





 夕焼け空で辺りが橙色に染まる頃、ボくはスィフィル様の命令で毛皮と肉、それとボくが作った料理のお裾分けを持って、里を歩いておりました。

 昼にヨン様から作物をもらったことを伝えたところ、狩りで取れた毛皮と肉をお返しに持って行って欲しいと頼まれたので、そのお使いを遂行しているところです。

 夕焼けに染まった村を歩くのも何か不思議な感じで、なんだか平和な村の美しい田園風景を見ている感じ。

 だけどこの村、みんな武芸などに励んでいるんだよなぁ。

 いつかの頃、この村の主な収入源は“外”の国から依頼される仕事をこなす傭兵稼業のようなことと聞かされておりました。

 そこら辺は物騒だな、と思わなくもない。


『と、家はここか』


 ボくがついたのは、ゼロ様方の家から見たら坂の下にある家で、わりと近いところです。

 さっさと渡してから帰ろう。そう思った僕は、家の戸を叩いて声をかけました。


『すみません、どなたかいらっしゃいませんか』


 声をかけてみたら、戸が開いてガタイの良い壮年の男性……ヨン様のお父さんが出てきました。

 男性はボくの姿を足から頭のてっぺんまで観察してから、顎の髭を摩りながら言います。


『あーっと、確かノーリさんところのだったな。なんか用事か?』

『はい。昼間、ヨン様から作物をいただきましたのでそのお返しを』

『おお! 毛皮と肉か……スィフィルさんも良いものをくださる。うちのヨンとレイの許嫁の話を受けてくれたしな。ありがたい。スィフィルさんによろしく伝えてくれ』

『かしこまりました。では、自分はこれで』

『おお、待ってくれ!』


 と、用事が終わったので帰ろうとしたボくに、ヨン様のお父さんが声をかけて呼んできます。なんだと振り返ったら、何やら困った顔をしておりました。


『なにか?』

『ああ……実はヨンがまだ帰ってない』

『帰ってない?』


 ボくはその話が気になったので振り返ります。


『どういうことでしょう。ヨン様が帰ってないとは』

『そちらの作物を届けさせてから帰ってないってことだ。すまんが、訓練場の方に様子を見に行ってもらえんか?』

『構いませんが……何故ボくに? あと、何故訓練場にいると?』


 ボくがそう訪ねると、殊更困ったようにこちらへ背中を向けてきました。


『他の……ゼロとシファルとシューニャ、特にレイが様子を見に行くと、あいつが嫌がるからな。お前ならあるいは、と思って。あいつはこの頃、訓練場でひたすら鍛錬を積んでいる』

『はぁ……』

『何か悩み事があるんだと思う。父親の俺が行ってもいいんだが……一度それをやって嫌がられてしまってな。別の刺激であいつに変化を与えたい』


 うーむ、言われてることはわかるんだけど、何やら肝心なことが何も伝えられてない感じで、ボくはモヤッとしました。

 ふと太陽の方を見れば、そちらはまだ山に隠れるほどの時間じゃない。少し寄り道しても、晩ご飯の準備に間に合うかな。レイ様の婚約者でもあらせられることだし、ここで断って関係を悪くすることもないか。

 ボくは頭を下げました。


『かしこまりました。訓練場の方へ顔を出してみます』

『すまん。頼んだ……』


 ボくはそのまま、足を訓練場の方へと向けて歩き出した。後ろで戸が閉まる音が聞こえたので、ヨン様のお父さんが家の中に戻っていったのでしょう。

 ……そういえば料理を渡すの忘れてたな。まぁ、ヨン様に食べてもらえばいいか。

 訓練場はゼロ様たちの家から真反対の坂の上にあります。普段、ボくはそこに行くことはありません。

 なんせ、この村にとって訓練場はある種神聖な場所でありますから。鍛錬を行う人たちが大切に維持管理し、訓練場使用に関してちゃんと決まりが作られております。

 例えば時間外の使用の禁止や他者との使用時間の重複に関しての決まりがあったりとかね。ボくには良くわからないけど、他人の訓練を盗み見るのは余り良くないらしい。

 とか考えながら坂を上り、訓練場に足を踏み入れます。

 訓練場には竹で作られた柵と木材で建てられた簡単な小屋があります。休憩場みたいなもんだね。あと、的や縄で区切られた円状の試合場と森、奥には崖がある丘があるらしく、そちらの方面には竹林が生えております。試合場の半分に森と竹林がある感じ。


『さて、どこかな、と』


 竹の仕切りからではヨン様の姿が見えません。少し奥に入ってみましょう。

 仕切りを押戸のように開いて中に入り、見渡して観察します。夕焼けに照らされた訓練場はどこか寂しさを感じる。何故かは知らないけど。

 すると、森の方から音がしてきました。風切り音かな。ピュン、と鋭い音が聞こえてくる。多分、あっちかな。

 森の方へ足を踏み入れ、奥へ進んでいくとヨン様の姿が見えました。

 木々の間から夕焼けの光が差し込んでくる場所で、ヨン様はひたすらに剣を振っておりました。


『フ……ふ……』


 小さく細かく息を吐きながら、なんか型を繰り返しています。決められた動きを繰り返しながら、徐々に動きが速くなっていく。

 ……なんだろう、動きが不思議だな。


『まぁ、ボくは武芸の心得があるわけでもないし。理解できないのも当然か』


 なんだか奇襲重視の動きに見えるけど、まあ気にすることもなし。

 と言っても邪魔をするのも憚られる。どうしたものかと考えながら近づきます。


『っ! 誰だ?』


 だけど、当たり前だが足音で気づかれました。ヨン様がこちらへガバッと振り向きました。

 そしてボくの姿を見て驚いてました。目を見開いて、呼吸が止まってる感じ。

 でもすぐに呼吸を落ち着けてから、聞いてきました。


『え? なんでヌルがここにいるんだ?』

『えと、ヨン様のお父様より、様子を見てきて欲しいと頼まれました』

『はぁ? 全く……これじゃシファルたちを責められないじゃないか。何やってんだよ親父殿』


 ヨン様は困ったように頭を掻いて、剣を鞘に納刀します。


『……見てたのか?』

『えと、型のことですか?』

『どこから見てた?』

『途中? から、ですが』

『どんな型なのか、わかるか?』

『奇襲? のように見えましたが、それだけです』


 ふむ、とヨン様は顎をさすって頷いてました。


『よし。それ以上のことを理解されてたら、俺はヌルを殺していたところだ』

『ええ?!』

『当たり前だ。ヴァルヴァ流の技は、基本的に門外不出。使う際は基本的に必殺だ。

 次からは気をつけろよ』

『は、はい』


 ボくは背中に汗が流れるのを感じていました。次からは訓練場に来るとき、もっと気をつけよう。殺されたくない。

 ヨン様はそのまま帰ろうとこっちに近づいてきました。


『じゃあ帰るか。親父殿に心配をかけるわけにもいかないからな』

『あ、はい』


 ヨン様がボくを追い越して歩くので、その後ろをついて行くことにしました。

 ……ヨン様のお父様はボくに変化を求めていた、だったな。

 このまま帰って良いのだろうか。良くないだろうな。


『ヨン様。ヨン様は何を悩んでおられるのですか?』


 ボくがそう聞くと、ヨン様は足を止めました。

 こちらへ振り向かず、背を向けたまま、


『その根拠は?』


 と、ボくに聞いてきました。


『えっと……この時間まで訓練場で鍛錬を積むのは、それ以外理由がないからだろうから、と』


 まさかあなたのお父様から、変化を求めてると言われたからです。なんて言うわけにもいかないので誤魔化しました。

 その誤魔化しが通じたのか、ヨン様はそのまま木に寄り掛かります。


『悩み、悩み、か。……お前の立場を利用して、非道なことを言わせてもらう』

『な、なんでしょうか』


 ものすごく剣呑なことを言われて、ボくはビビりながら聞きました。


『えと……な、内容は』

『奴隷であるお前に命令する。ここで見聞きしたことは、一切漏らすな。いいな』

『え』

『お前はレイとゼロたちの奴隷だが、一応ここでは命令を拒む立場ではない。わかったか?』


 ヨン様がここまで言うと思うと、よほど大切な事なんでしょう。ヨン様の顔に、ふざけた様子は一切ありません。

 ……そうだね。ここまで高圧的に他に言うなと命令するならば、言ってくれるということでしょう。

 本来ボくに、ヨン様の命令を聞く理由はない。ボくはあくまでもレイ様の奴隷だ。立場はだいぶ配慮されているし良くしてもらっているものの、家の仕事をするために拾われている。

 それでもヨン様が命令という形を取ってでも、相談したいことがあるのだから。

 ボくはそれを聞こうと思う。


『わかりました。このヌル、ここで見聞きしたことは一切外で漏らしません』

『助かる』


 ヨン様はそう言うと、腕を組んで空を見上げました。


『俺さ、実は怖がりなんだよ』

『……へ』


 怖がり、とは? とボくが疑問に思うと、ヨン様はボくに構わず続けました。


『仲間内で一番体が大きくったって、実のところ怖がりでな。武術の稽古をしても、鍛錬を重ねても、怖い』

『怖い、とは』

『将来、人を殺すことになるのが怖い。生き死にの場所で生涯を過ごすのが、とても怖い』


 それは当たり前なのでは……と思ったのですが、よく考えたらボくは過去の記憶すらない人間なので、安易にそうやって指摘することもできません。

 ヨン様がどれほどの苦悩の下で、怖いことと向き合ってきたのか。ヨン様はそのまま空を見上げたまま言いました。


『俺はヴァルヴァ流剣刃術を引き継ごうとしている人間だ。体の強さを生かして、ヴァルヴァの稼業を立派にこなしたいとも思っている。

 だけど怖いんだ。先のことが怖い。殺し合いが怖い。争いが怖い。本当は心臓が跳ね上がるほど怖いんだ。

 毎日こうやって稽古を続けて自信を付けようとしても、どうにもならないんだ。誰かにこんな弱音を吐くわけにもいかないんだ。

 俺はレイの婚約者で、ゼロの義理の弟になるからな。情けないところを見せるわけには、いけないんだ。決してな』


 誰にも言えないほどの悲痛な言葉に、ボくは頭の中で誰かの姿がよぎった。

 記憶にないはずの風景とともに思い出したのは、いつも頑張って理想の国を作ろうとして足掻いてた誰かの姿。

 弱音を吐く姿を見せないように、いつも背中で語ろうとしていた。

 誰だ、これは? ボくはそう思うが、誰かがわからない。


『なら、仮面を被るのはどうですか?』


 なのに、ボくは自然と口に出していました。

 ヨン様はぽかん、と呆けた顔をしてボくの方を見ます。


『仮面?』

『はい、仮面です。心に仮面を被るんです。理想とする強い自分の仮面、それを想像するんです』

『想像する、理想の強い自分の仮面……』

『怖くても辛くても、どこかで何かをしなければ人間は生きていけません。一歩踏み出すのすら、出来ない人もいます。

 だから、仮面を被るんです。自分を守り、戦える自分を引き出す仮面を心の中に』

『だが、それは』

『そして』


 ボくは照れくさそうに笑って言いました。


『レイ様だったらきっと、ヨン様の怖がりなところも受け入れてくれるでしょう。なんだかんだで、レイ様はヨン様に惚れてますから。きっと大丈夫。好きな人の前だけでも、仮面を外せる時間を作れば……本当の自分を見失わずにすみますよ』


 こんなことを言うのは照れくさいんだけどね、本当は。だけど言わないといけないので、言わせてもらいました。

 誰だって仮面を被らなきゃいけないときはある。新しい何かに挑戦するとき、日常に変化をもたらすとき、非日常を乗り越えるために。

 本来の自分で乗り越えられるなら、誰だってそれが一番でしょう。だけどそれができない人だっている。だから、心の中に仮面を作る。

 人見知りする心に仮面を被って気さくに話し、ビビりの心に仮面を被って勇敢に戦う。

 誰だってそんなときは、ある。


『仮面、か』

『あ、そうだ。これをどうぞ』


 ボくは持っていた料理……皿に清潔な布を被せていたものを、ヨン様に差し出しました。


『これは?』

『実はヨン様のお宅にお返しを持って行ったとき、ヨン様がいらっしゃらなかったので渡しそびれた料理です。名前を、ピカタと言います』


 そう言って清潔を布を取り払って現れたものは、ピカタと呼ばれる料理です。

 材料は鶏肉、卵、塩、胡椒、小麦粉、バターですね。

 鶏肉に塩胡椒で味付けし、小麦粉にまぶしてから卵にくぐらせて焼いたものになります。

 ……これを作ってるとき、なんか思い出したことがある。

 ピカタはどこかの国の料理で、また形が違うものだと。

 でもそれがどこで、どんなものなのか説明できない。まあ、今はいいか。


『これ以上冷めるのもアレなので、ここでどうぞ』

『……ぷ、はははははっ』


 と、勧めたのに何故かヨン様は笑い出す始末。どうしたどうした。


『お前、慰めたいのか料理を食べさせたいのか、どっちなんだよ』

『うーん……どっちもじゃないですか?』

『どっちもか! なるほど、それならどっちももらおうか』


 ヨン様は笑いながら、ピカタを手で掴んで口に運びました。

 そしてじっくりと噛みしめながら言いました。


『うん、旨い』


 そりゃ良かった。ボくは思わず安心しました。


『それはようございました』

『ああ。旨いな。鶏肉が旨いのは当然だが、外側の衣が鳥の脂を逃がさず吸い込んでるから、より味わい深い。

 衣自体にも卵が加わって、さらに味の品格を上げている。良い料理だ』

『ありがとうございます』


 そのままヨン様は全部食べ尽くし、満足そうに指を舐めました。


『旨かった。ありがとな』

『どういたしまして』

『それと』


 ヨン様はボくの顔を覗き込んで言いました。


『仮面、か。助言として受け取っておこう。本当に助かった』


 そのままヨン様は振り返り、帰り始めました。

 ふと遠くを見れば、すでに夕日が真ん中半分、山にかかっている。結構な時間が経っていたみたいです。

 ヨン様、これで元気が出れば良いけどな。

 そんなことを考えながら、ボくも帰路に着くことにしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 根本は変わらないんだな。 思い出さないんじゃなくて、思い出したくないのかもなぁ。 大切に思ってる人達が、自分の為に争ったんだから。
[一言] 記憶が無くてもいつもの調子ですね 早く合流して欲しい・・・
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