四十六、双子さんの騒動とバウムクーヘン・前編
ども皆様おはこんばんちは。ヌルです。
ゼロ様たちと一緒に食事を取ることになり、次の日には皆さんと食卓を囲むことになりました。
いやぁ、なんというか……一緒に食事を取る、というのは心安らぐ。今までは皆さんが食事をした後、一人で片付けを終わらせてから残り物を食べてたからね。
まぁ……ちょっと食材をバレないようにちょろまかしてたけど。ハハハ、バレてない!
で、そんなある日のことでした。
「ふーんふーんふーん」
皆さんがそれぞれ用事で出かけている家で、ボくは家の掃除をしていました。
あ、前に渡された奥方への届け物は渡しているぞ。ちゃんと忘れないようにな。
で、その包みの布を返しに奥方はでかけてらっしゃるわけだが……結局あれはなんだったんだろうか。
と、鼻歌を歌いながらとりとめのない考えを巡らしていました。
『ここにヌルって奴はいるか!』
『出てこい!』
なのに、いきなり扉を乱暴に開けて入ってこられる人物が。
あまりの大きな音に肩を跳ね上げて驚いたボくは、玄関の方へ視線を向けました。
『……ええと、シファル様、と、シューニャ様、でしたっけ?』
ボくは掃除用具を隅に置いて、玄関の方へ向かいました。
そこにいたのは、確かゼロ様とレイ様の修行仲間で幼馴染みであられるシファル様とシューニャ様がいらっしゃいます。
このお二方のことはゼロ様から聞いていたし、家の人に頼まれたお使いの途中で見かけたこともありましたので、よく覚えていました。
と言っても、挨拶してもそっぽ向かれるので交流はありません。困ったな。
『本日は家の人たちは全員、出かけていらっしゃいますよ。用事でしょうか? 言伝なら承りますが』
ボくがそう応対すると、シファル様……だったはず、の方が腕を組んで一歩前に出ました。
『それは知ってる。ゼロはまだ三式の訓練の途中で、レイはその付き添いだとも!』
『ええ……なら、なんの御用なのでしょうか?』
『あちしたちの用事はお前だからだ、ヌル!』
『はい?』
何を言ってるんでしょうねこの人? ボくに用事って……何故?
僕が不思議そうな顔をしていると、えーっと……シューニャ様の方か? シューニャ様はボくを指さしました。
『お前がこの家に来てから、ゼロもレイもおかしい!』
『なんか達観してきてるし、めきめきとヴァルヴァ流の技も極めだしてるし! お前のせいだろ!』
『ボくのせいと言われましても……』
もしそれが本当なら、嬉しいのですがね。ボくが日夜頑張って家事をしていたから、ゼロ様もレイ様も気兼ねなく鍛錬に打ち込めたってことですし。
ボくは頬を掻きながら言いました。
『結局最後は本人の努力次第なので、ボくの支えがあったとしてもゼロ様もレイ様もいずれはその域に達していたのでは?』
『それだけじゃない! あの狂犬と謳われたスィフィル様も狂獣と揶揄されたノーリ様も、どっちも穏やかになった!』
『しかも家の中が前とは比べものにならないくらい、こう、なんというか、綺麗になって過ごしやすくなった! お前が何かしたんだろ!』
『毎日掃除して洗濯して料理をお出ししてただけですが』
それが仕事なんだから当たり前でしょう……て言っても、多分この方たちは荒れるだけだろうなと思うので言わないでおきます。
『えと、用事はそれだけですか? もしそうなら、ボくはこれから仕事を終わらせて料理を作ろうと思うのですが』
『くっ! あくまで自分の仕事を全うするだけか!』
『当然でしょう、そのためにボくはここにいるんですから。それを止めたら殺されますがな』
『それはそうなんだが、その』
『で? 結局何が言いたいのです……?』
おそるおそる、ボくは思い切って二人に聞いてみる事にしました。
なんかさっきから要領を得ないんだよなぁ。結局何が言いたいのかわかんない。
しかしお二人は口を噤んでしまいます。なんなのさ。
『用事がないのでしたら、ボくは仕事があるので失礼します』
そう言って、必要な食材と道具を持って外に出ました。
『あ、こら!』
『待て!』
とかなんとか言ってるけど無視。
ボくは外でたき火とこの集落に自生している適度な長さに切った竹を用意し、さっそく料理を作ろうと思います。
作るのはバウムクーヘンだよ。
……バウムクーヘンってなんだろ? 名前が出てきたらどういう料理なのか、どういう調理手順なのかが頭に浮かんでくるけど……ボくはほんと、何者だったんだろう?
必要な食材は砂糖、卵、牛乳、小麦粉。
本当はドライイーストとかあれば美味しいけど……ドライイーストってなんだ? なんでこんなことがわかるんだ?
『ほんと、ボくって何者だったんだろ?』
そんな疑問が浮かんでくる。……ダメだ、わからない。今は調理に集中しよう。
まず砂糖と卵を器に入れてよく混ぜる。混ざったら牛乳と小麦粉を加えてこれも混ぜておく。
できたら清潔にしておいた竹に作った生地を薄く塗ります。あとはこれをたき火で焼きながら塗る作業を何回か行えばOKです。
クルクルと竹を廻し、生地を焼きながらのんびりしていると、後ろから声が掛かりました。
『何をしてるんだよ』
『話はまだ終わってないぞ』
シファル様とシューニャ様はそう言うと、ボくの隣に座ってバウムクーヘンをジッと見ています。
『で、これは何を作ってるんだ』
『見たことないぞこんなの』
『ボくもよく覚えてないんですけど、バウムクーヘンってお菓子です』
『『お菓子!』』
ボくの説明に、お二人は驚いたように声をあげました。
『これがお菓子かぁ』
『聞いたことはあっても食べたことなかった』
『そういうことでしたら』
焼き上がったそれを確認してから、ボくは竹をたき火から離して用意していた小さな机の上に置いた、まな板の上にバウムクーヘンを置きました。
竹を切り、バウムクーヘンを切り分けて取り出し、ちょうど良い大きさに仕上げていく。
そして余った切れ端を口に運びます。うん、美味しいできあがりだ。
『ちょっと味見をしてみますか? 大きい部分は皆様に食べていただくのであれですが、余ってる部分は食べ放題ですよ』
『『食べる!』』
二人は嬉しそうに側に近寄ってきて、ボくからバウムクーヘンを受け取りました。
そしてそれを口に運び、嬉しそうに笑顔を浮かべます。
『うーむ、なんかふわふわしてて甘くて美味しい!』
『これがお菓子か! これがそうなのかぁ! ちょうど良い甘さにふわふわした食感でとてもいい!』
『それはどうも』
ボくも余った部分をちょっと食べてから、バウムクーヘンを用意していた皿に盛り付けていきます。
『で、話ってなんだったんですか?』
そう聞いたのですが、結局話の内容は良くわからなかったな。
話をしていると二人は何か納得したのか、さっさと去って行ったし。
ほんと、なんだったんだろ?