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傭兵団の料理番  作者: 川井 昂
序章・僕と傭兵団
10/140

五、黄昏のポトフ・後編

ちょっと間に合いませんでした。

すみません。

 オイラは自分で物事を決めたことがない。

 ガングレイブが傭兵団を立ち上げるときも、なんとなく食えるならいいかと付いてきただけだし。

 リルちゃんの発明品が出来たときも、まあいいかと思ってる。

 戦のときも副官が指示を出すのが殆どで、オイラが指示して決めたことはない。

 いつだって後ろから見て、流れに乗って生きている。

 それがオイラの生き方。


 オイラはテグ。弓兵隊の隊長をしてる。

 なんで弓を選んだかというと、単に接近戦が嫌いなだけだ。

 それに、ガングレイブに「お前、隊の編成を考えて弓を使え」と言われたからだ。

 だから何となく、弓を使ってる。

 幸い、弓の才能があったから戦場で足手まといにはなってない。

 でも、一回だけ後悔してることがある。

 過去に戦で負けた撤退戦、その折にガングレイブが重傷を負った。

 隊長格で団長も務めるガングレイブが、なぜ殿しんがりを務めたのか。

 そのとき、クウガの隊が別行動をしており、その場にいなかったからだ。

 歩兵隊がいない以上、騎馬隊が殿を務めるしかない。リルの隊じゃ殿は無理だし、アーリウスの隊を殿に使うにはコストとリスクが高すぎた。

 オイラはその時、流されるまま逃げた。

 今でも、夢に見る。

 あの時、オイラの隊も殿として作戦に参加すれば、最悪の事態だけは避けられたんじゃないかって。

 なんとか一命は取り留めたし、団も壊滅と解散にならずに済んだ。

 その時、オイラは誓った。


「みんなは家族だ。今度はオイラが守る」


 でも、長年身に付いた流され体質はなかなか克服できずにいる。

 できるのは、団の空気が悪くならないようにフォローを入れることだけだ。


 そんな中、ガングレイブが一人の男を入団させた。

 シュリ、て名前の料理番。

 こいつの料理がとにかく旨い。

 今までは各々が自活をしてる状態に近かった。

 飯なんて、塩味が利き過ぎて何がなんだか分からないって有様で。

 でも、シュリが来てからみんなの顔が明るくなった、てのは分かる。

 飯の時間が楽しいし、腹一杯旨いもんを詰め込めるのは幸せだ。

 戦で勝ってシュリの飯を食べると、生きてて良かったって思えるし。

 何より、次の戦いへの活力になる。

 でも、ちょっと悔しかった。

 オイラが家族だと思ってたみんなを、影ながら守ってるのはシュリだ。

 旨い飯でみんなに活力を与えてる。

 悔しいと思いつつ、この料理なら仕方ないかとも思う。

 それだけ旨いんだもん。


 そんなシュリが風邪をひいた。

 最近の戦で、寒い時期に寒い地域で戦をして、料理番の負担を全部シュリに押し付けてしまったからだ。

 シュリは弱い。体格もヒョロいし剣もまともに振れない。体力もなかった。

 でも、みんなと同じ飯を食ってるんだから大丈夫だろ、てオイラもガングレイブもタカをくくってたんだ。

 まさか、シュリがここまで弱いとは誰も予想してなかったんだ。

 そして、シュリ自身もそれを隠すのが上手すぎた。

 なんてない顔をして、毎日毎日みんなの分の飯を作って。

 辛いともなんとも言わずにクソ寒い中水で洗い物を一人でこなして。

 そしたら突然バッターンと倒れた。

 みんな大慌てで介抱したよ。

 そしてらシュリ、「ごめんなさい」だなんて言うんだ。

 面倒事全部押し付けたオイラたちが悪いのに、一言も責めやしない。


「すまねぇ。早めにお前の補助を雇うべきだった」


 テントの中で、シュリとガングレイブが二人きりで話してる。

 さすがにみんな押し寄せるわけにもいかないから、面会はガングレイブで見張りはオイラだ。


「いえ……僕も体調管理をしっかりしてれば……こうはなってなかったですので……」

「薬の備蓄を怠った俺の責任でもある……。お前の料理に頼りすぎてた……」

「頼ってもらうのは……嬉しいことですから……」


 違う、シュリ、それは違うんだ。

 オイラたちがもっとシュリを見てればこんなことにはならなかったんだ。


「それよりも……みんなは……? 食事はちゃんと……とってますか……?」

「ああ。だが、味は最悪だ。みんな、お前の復活を願ってる」

「大袈裟な……」


 大袈裟なんかじゃない。

 シュリが倒れてから、みんな困り果ててる。

 料理がまともにできるやつがいないからシュリを頼ってたんだ。

 そのシュリが倒れたら、みんなまた不味い飯に逆戻りしてる。

 オイラの隊だけじゃない。他の隊の部下からも苦情が出てんだ。


「大袈裟じゃねえよ。医者も近くにいねぇんだ。薬もねぇ。もしものことがあったら、怖いだろ」


 正直、うちの団の薬の備蓄はよろしくない。

 薬の知識がなかったし、シュリの料理を食べてからみんな病気にならなかった。

 これでシュリが死んだら、オイラ達のせいだ。


「僕は簡単には……死にませんよ……」

「信じてるからな。本当はみんな、看病したくて押し寄せようとしてんだ。

 お前には、みんながいるからな」

「あはは……ありがとう、ございますって……伝えてください」


 テントから出てきたガングレイブは辛そうな顔をしてた。

 まるで全部自分のせいだと言わんばかりだ。


「隊長。シュリはどうっスか?」

「熱はあるが、意識がはっきりしてるし思考も良好だ。今のところ心配はない」


 少し安心した。


「だが、薬があればこんなことにまでなってねえ……!」


 だけど、ガングレイブは悔しそうに、情けなさそうに顔を歪めた。


「俺のせいだ。俺があいつのことをちゃんと考えてやってなかったんだ。

 薬のことも、料理番のことも、あいつの故郷のことも。

 俺はあいつにたくさんのものをもらっておきながら、何一つ返せてやしねえ……!」


 以前までのガングレイブは、戦に勝つことだけを考えてた。

 策謀と権謀術数において右に出るものがいないほどだけど。

 戦に入るまでの準備については無頓着だった。

 食料、備品、装備、給料……。

 傭兵団はただあるだけでも金を喰うってガングレイブはボヤいてた。

 それが今じゃ、二百人を超えるほどの傭兵団を率いている。

 でも、今度はシュリに負担をかけてた。

 オイラ達も含めて、全員が。


「ガングレイブ……」

「言うなテグ。今、何を言われても傷の舐め合いにしかならねえ……」


 そのまま足早にガングレイブは行った。

 ちょっと気になったから、シュリの様子を見ようとテントに手をかけたら、


「父さん……母さん……」


 シュリの悲痛な声を聞いた。

 シュリには家族がいる。

 遠く離れたところに、シュリの故郷と家族がいて。

 その人たちに会うために必死に生き抜いてきてる。

 あの弱いシュリが、だ。

 初めの頃は、家族がいるのが羨ましいと思ってた。

 オイラにはなかったから。

 でも、シュリの場合はいないんじゃない。会えない。

 遠く離れて帰れるかも分からず、寂しい思いを言葉にせずに今日まできた。

 それに比べてオイラはどうだ?

 シュリの痛みを知ろうとした?

 家族はどんな人か知ってるのか?

 シュリの好きな食べ物も酒も女の好みも趣味も。

 オイラたちは何も知らない。


 流されたまま、流れるままに生きてきた弊害が今になって巨大な後悔になってた。

 何が家族を守る、だ。

 オイラはシュリの悩みすら聞こうとしなかったじゃないか。


「あれ、テグさん?」

「あ、ああ、シュリ。元気っスか?」

「ええ、だいぶ」


 いつの間にかシュリが外に出てて、夜になってた。


「寒いので中に入りませんか?」

「あ、いや、いいっス。シュリももう寝たほうがいいっス」

「調子が良いので構いません。それに、少し誰かと話したいです」


 ……いい機会だ。


「そっスか……じゃあお言葉に甘えるっス。オイラも話したいこと、あるんで」


 中で座って、オイラはシュリに面と向かった。


「シュリ。お前さん、故郷に帰りたくないんスか」

「え?」


 直球だけど、聞きたかった。


「帰りたいですよ。もちろん」

「そっスよね……」

「でも帰れないかもしれません」


 え?


「説明が難しんで省きますけど、遠いんです。それも簡単にたどり着けないような。

 この大陸じゃないですし」

「この大陸じゃ、ない?」

「まあ……」


 この大陸じゃない?

 サブラユ大陸は巨大な大陸で、端から端まで一年はかかるほどの距離だ。

 そして、海の外に出た人間は今までいない。

 海の外は『外円海』と呼ばれてて、他に大陸はないと思われてるし、戻ってきたものはいない。

 それに、海のある程度距離を出たところに『海獣』がいて、船を転覆させることがある。

 だから外に出たことがあるものは誰もいない。

 シュリはそこから来た、と?


「ちょっと夜食、作ります」


 思案に耽ってると、シュリが言った。


「ああ、じゃあオイラはこれで……」

「いえ、一緒に食べてもらえますか?」


 ん?


「この料理。僕の家族が、僕が風邪になった時に作ってくれてた料理なんです。

 だから、傍に誰かいてくれた方がいいかな、なんて」


 初めて、シュリの家族について聞けた気がする。

 そんな思い出の料理を、オイラと?


 そんなことを考えてると、シュリはコンロに鍋を据えて料理を始めた。

 なぜか食材は持ち込んでた。


 茶褐色の透明なスープに、腸詰肉とじゃがいも、人参に白菜を入れて煮てる。

 ああ、やっぱりシュリの料理は匂いからしていい。

 匂いを堪能してると、シュリが皿にスープを入れて出してくれた。


「さあ、食べましょう」

「これ……腸詰肉っスか?」

「はい、この料理にはよく合います」


 腸詰肉はちょっと豪華な肉だ。

 庶民でも手が出るけど、高い。

 オイラも何回か食べたことあるけど、肉汁がたまらなく美味しくて酒が進んだ記憶がある。

 試しにひと匙食べてみる。


 美味しい。


 スープは複雑な味わいで、舌も喉も喜んでるのが分かる。

 いろんな具材を使って味を出してるのは分かるけど、それがどれほどの数か分からない。

 腸詰肉も、茹でられて味がしみつき、肉汁とスープが混じり合ってさらなる美味になってる。

 白菜も人参も、柔らかくて口の中でホロホロ溶けて胃に落ちる。

 でも驚くのは、じゃがいも。

 じゃがいもなんてふかして食べるのが普通だと思ってた。

 オイラは腹が減ったらじゃがいも食って誤魔化してた。

 それが、このスープのじゃがいもは味がして、柔らかくて、口の中で優しく溶ける。

 じゃがいもを美味しいなんて感じたのは、初めてだ。


「旨いっス。じゃがいもなんて、水増し食材としか思ってなかったっスよ」

「水増しなんかじゃありませんよ。じゃがいもは栄養満点で体にいいんです。

 味がしみたじゃがいもは、格別です」

「そう……スねえ」

「これ、僕の母さんが作ってくれてました」


 シュリの、お母さん?


「ちょっと懐かしいというか。悲しいというか……。

 この団に入ってからみなさん、優しいです。でも、家族に会えないって辛いです」

「オイラ達は!」


 気づいたら、オイラは叫んでた。

 死んでるわけじゃない。でも会えない。

 オイラ達のように割り切るには希望がありすぎて、それを出すこともできない。

 情けない、何が家族を守るだ。

 オイラはシュリの家族になってやれてないじゃないか!


「オイラ達は全員、孤児っス。ガングレイブも、リルも、クウガも、アーリウスも、オイラも全員っス。

 でも、オイラ達は互いを家族だと思ってるっス。

 その中にはシュリ。あんたもいるっス。

 だから、寂しかったらオイラ達に頼ればいいっス。

 オイラ達は一蓮托生の家族なんスから」


 今度こそ、オイラは誓う。

 家族を、仲間を守る。


「はい……ありがとうございます……っ」

「オイラ達が絶対、シュリを守るっス。

 だからシュリ。あんたはオイラ達の居場所になればいいっス。

 こんな旨いメシ。もしオイラ達に親がいたら、こんなの作ってくれてたと思うっスから。

 お礼を言うのはオイラ達の方なんス」

「はい……はい……」

「旨いっスよ。このスープ」


 シュリが涙を流してたけど、オイラは見ないふりをしてた。

 やっと、シュリと分かりあえた気がしたから。

 だから今は、二人だけの秘密だ。


 次の日になると、シュリはすっかり元気になってた。

 みんなから良かったと言われて、祝福されてる。

 もう悔しいとか妬いたりしない。

 流されもしない。

 オイラはオイラに出来ることをやる。


「おら、稽古するっスよ!」

「うぇーい」


 部下を焚きつけて、ひたすら的あてと体術を繰り返してる。


「なんか、最近隊長やる気だな」


 副隊長がオイラに怪訝な顔で言ってきた。


「オイラも、やるときはやるっスよ」

「そうか、じゃあ副隊長としてフォローするさ」


 部下たちは必死になって稽古に付き合ってくれた。

 いつの間にか弓を使った近接戦闘やらを思いついて、部下と練っていたりも。


 オイラは流されてきた。でも、オイラにも夢というか目標ができた。

 今度は流されたわけじゃない。オイラ自身の夢だ。

 この大陸を端から端まで旅して、一冊の本にまとめたい。

 そして海の外に出て、シュリの故郷を探してやるんだ。

 シュリの両親に、シュリはしっかりやってるって伝える。

 そのために、今は頑張ろう。





 テグ・ヴァレンスは英雄という一面と、冒険家という一面を持っている。

 彼は統一帝国二大武術の一つ、天狗てぐ流弓戦闘術という、弓を使った近、中、遠距離の戦闘を確立。名前の由来は、彼の親友が「なんか天狗てんぐみたい」と呟いたところからきており、その文字を使ったことにある。

 彼は任務に忠実、勤勉であったが後進に早々と近衛隊長の地位を譲り、旅に出て、大陸のあらゆる場所を巡って、あらゆるものを見て、あらゆるものを食べた。

 その後、彼は一冊の本を執筆している。

 異邦見聞録。

 それはサブラユ大陸のあらゆることが載った冒険書だ。

 この冒険書に魅せられ、多くの冒険家が秘境、魔境に足を運び、様々な発見を生み出すことになる。

 テグ・ヴァレンスは冒険家という職業の先駆者となり、冒険家という言葉自体を定着させた。

 後年の多くの冒険家が彼を信奉し、次第に冒険家の中で彼の名前を知らないものはいないとまでされるほどの偉人となった。

 しかし、彼は最後の冒険で二十年間、消息を絶っている。

 その間、彼はなんと外円海を超えて、別の大陸を旅していたのだ。

 発見された航路と航海術で、彼は新たな大陸との間に交易路を作った。

 そして、もうひとつの本を執筆。多くの冒険家を新たな旅に誘うことになる。

 異界見聞録。

 それは新たに発見された大陸の国家や食物、文化や歴史を記した本で。

 後年、学者たちの間でも異文化を研究する際に使われていくことになる。

 彼は別大陸から戻ったあとは、帝国の首都で妻と子供、孫に恵まれ、のんびりと余生を暮らして生涯を終えた。

 彼は親友である料理人と、多くを語らったという。

 そのとき決まって、あるスープが供されたとのことだ。

 それを食べるたびに、彼は言った。

 『一杯のスープが、オイラと世界を結びつけた』のだと。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近読み始めましたが、どれを読んでもほろりとさせられるすてきなお話ばかりです。
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