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二章 その二

 そうして、しばらく自転車に乗り。途中コンビニに寄ってからたどり着いた場所は、

「お邪魔します」

「……ただいま」

 まさかの、俺の自宅だった。

 石井が案内する通りに道を進んで、着いた先がここだった。

 もちろん俺も途中で「もしや」と思わなかったわけじゃない。なにせ石井が指示する道順が、通い慣れた自分の通学路をなぞる様に進んで行ったからだ。

 最初はそれでも偶然だろうと思い直し、その場では特に口に出さず自転車を漕ぎ続けた。が、段々と我が家が近づいてくるにつれて再び気になりだし、最終的に予感は確信に変わっていった。

 しかしなんでまた、こいつは俺の家に来たんだろう。そしてそれ以前に、何故俺の家の場所を知っているんだろうか。実は尾行とかされていたんだろうか。そう考えると、不意に背筋が寒くなった。

 戸惑いつつも自転車を停め、玄関の鍵を開ける。石井は勝手っ知ったる他人の家といった様子で「お邪魔しまぁす。なあ尽、お前の部屋って二階だよな?」と形だけの挨拶をして、チョンマゲみたいに纏めた前髪を揺らしながら、遠慮なく入っていった。まだ話をするようになって二日目だというのに、異性の家に単身乗り込むとは。自分が逆の立場だったら、間違いなく躊躇するし、怖気づくと思う。物怖じしない奴だ。

「なんか普通な部屋だな」

 部屋に入って、彼女の第一声が、それだった。

「そりゃあそうでしょ。何を期待してたの」

「いや、別に何ってわけじゃないけど……。まあいいや、ほら」

 なんとなく噛み合わない、ぶつ切りな会話をしながら石井はベッドに腰掛ける。

 そしてガサガサと音を立てながらビニール袋をあさり、ペットボトルのコーラを投げ渡してきた。途中に寄ったコンビニで、彼女が「手ぶらじゃ悪いからな」と言って買っていたものだった。その時は意味が分からなかったが、今思えば、あれは「お前の家に訪問するから手土産はこれでいいよな」ということだったのだろう。妙なところで律儀というか、気を利かせる奴だ。

 ボトルの蓋を開けると、炭酸が音を立てて勢いよく抜ける。石井も自分用に買ってきた紙パックの紅茶をストローで静かに啜っていた。

 しばらくゆっくり時間を過ごしてから、石井は再びコンビニ袋をあさりだした。まだなにか飲むのだろうかと思い、袋から出てくるものをジッと見つめる。

 やがて出てきたのは、流行りのモデルを表紙に据えた、ティーン向けのファッション雑誌だった。それも、三冊。

「なにこれ?」

 コーラを机に置いて、聞いてみる。

「研究資料だ。飲み物と一緒に買ってきた」

「研究資料?」

「そうだよ。尽、お前昨日言ったよな。私が可愛くなったら、河辺の奴はフッたことを激しく後悔して、壁に頭を打ちつけながら血涙を流し続けるって」

「い、言った、かなぁ?」

 確かに似たようなニュアンスの言葉は言ったかもしれないが、そこまで尖った言い方をした覚えはなかった。こちらの動揺を気にせず、彼女は続ける。

「だから、私も決意したんだよ。オシャレとかそういうの頑張って、綺麗になろうって。誰もが振り向く美人になってやろう、って。そうして河辺なんか足元にも及ばない超絶イケメン彼氏を作って、奴の面食らった表情を見ながらこう言ってやるんだ。『あんたも勿体無いことしたね』ってな」

 言い切った石井は鼻息を荒くしながら、目を輝かせていた。

 有り体に言えば、ドヤ顔だった。口には出さずとも、その表情が『どうよ、素晴らしい試みだろ』と五月蝿いくらいに語っていた。

「そりゃまた随分と、後ろ向きなことへ前向きに取り組むね……」

 褒めて欲しそうなオーラを醸し出す石井を素直に褒めるのがなんだか癪で、俺は斜に構えた言葉でお茶を濁した。

 正直に言えば、彼女の体型や顔の造形はそこまで悪くないと思う。悪くないが、魅せ方が最悪だった。どれだけ可愛くったって、三白眼でヤンキー座りしている女の子に、誰がときめくものか。

 そこのところをコイツは根本的に勘違いしているようだが、あえて指摘して「じゃあ、どうすればいいんだ!?」と突っ込まれるのも面倒くさい。とりあえず、好きにさせて様子を見ようと思った。

 しかし俺の玉虫色の返事が気に入らなかったのか、石井は少しだけムッとした表情になった。

 そして彼女は、その後に信じられない言葉を続けた。

「なに他人事みてぇに言ってるんだ。お前も協力するんだぞ、尽」

「お、俺がぁ!?」

 突然のご指名に、思わず声が裏返ってしまった。石井は言葉を続ける。

「当たり前だろ。理由はまず、お前の意見……ていうか、男の意見が聞きたいからだ。どんなに私が良いと思っても、やっぱり男と女じゃ見てる所もウケる所も全然違うかもしれないからな。だからお前には参考意見を言ってもらいたいんだ」

「参考意見ねえ」

 溜息を吐きながら、適当に雑誌を一冊手に取りパラパラとめくる。つまり、どの段階でかは分からないが、石井の中ではこの『河辺への復讐計画』に意見係として俺も頭数に入っていたということだ。

 昨日の事を知らん顔ですっとぼけようと考えていた昼間の自分に教えてやりたかった。それは土台無理な話だぞ、と。

 本音を言えば、勘弁して欲しかった。しかし、成り行きとは言え、それを心の片隅で好都合だと感じていたことも否めなかった。丁度いい。毒を食らわば皿まで。

 中途半端に関わるよりも、最後まで見届けてスッキリしたいと思っていたのも、また事実だ。もしなにかヤバいことに巻き込まれそうになったら、危険が降りかからないよう、その都度対処していけばいい。しっぽを巻いて逃げるのはいつでもできる。ならばそうするのは、できる限りの事をやってからにしよう、と俺は心の中でひっそりと決意した。

「んで、まあ、これはそのための研究資料ってわけだ。ナウでヤングなガラスの十代達の流行をチェキして、まずはファッション面から改善していくぜ」

 石井はベッドの上に転がっている残りの雑誌を指差して言った。ていうかナウでヤングとかガラスの十代とかお前歳いくつだよ、と喉元まで出かかった言葉を既の所で飲み込んだ。俺はそんな話をしたいんじゃないんだ。突っ込まないぞ。絶対突っ込まないからな。

「それで、なんで俺んちに来たの?」

 ツッコミ待ちの発言を無視して、とりあえず聞きたかった疑問を投げかける。石井は少しだけ寂しそうに顔を曇らせたが、直ぐにいつもの勝気な表情に戻った。

「そんなん決まってんだろ。テメェが逃げ出さないように、だ。自宅に押しかけちまえば、途中で逃げることもできねえだろ?」

「今更逃げやしないよ……」

 ビシッ、と音がしそうなくらい力強く指をさされながら言われ、俺は堪らず諦念を露骨に滲ませながら肩を落とし、力なく返した。それを待っていたと言わんばかりに彼女は「その言葉、忘れんなよ」とチョンマゲを揺らしながら不敵に笑った。

「よし、それじゃ早速、研究開始とすっか!」

 そう言って石井は雑誌を一冊手に取り、一文字たりとも読み残すまいと言わんばかりの鬼気迫る表情で睨むように読み始めた。

 一方、激っている彼女とは対照的に、俺は緩慢な動作で適当にめくっていた手を止め「とりあえず最初からしっかり読み直すか」と溜息混じりに表紙まで戻り、ページの端を摘んだ。

 当然ながら、俺は今まで女性モノの雑誌なんて読んだことないし、特段女の子のファッションに詳しいというわけでもない。精々、街を歩く女の子を見て「あの服装、可愛いな」と思うだとか、テレビに出ているモデルの服装を好きか嫌いか心の中で勝手に仕分けるとか、その程度だった。

 そんな俺がこの雑誌をどこまで読み下せるか、非常に怪しいものがあった。

 しかしそうは思っていたが、一旦読み始めると案外集中するもので、石井は元より、俺も途中で一言も発することなく、暫くの間、黙々と雑誌を読み続けた。

 記事を斜め読みしながらモデルの服装をぼーっと眺め、一ページめくり、次の記事を読み始める。

 雑誌をめくる微かな音だけが、二人っきりの六畳間で、静かに響いていた。

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