二章 その七
「待たせたな」
一時間程で、石井は散髪を終えてこちらまで戻ってきた。
雑誌から顔を上げて、彼女を見た瞬間。
思わず我が目を疑った。
腰までだらしなく伸びていた髪はバッサリと切られ、顎のラインで揃えたお洒落なショートボブに変わっていた。前髪もチョンマゲをやめて、目にかからないよう横に流している。
元々幼げな雰囲気と整った顔立ちをしていたが、髪を短くしたことで、その両方共がより際立って見えた。陳腐な言い方だが、正に『お人形さんみたいな』可憐さを醸していた。
「――綺麗だ」
それが自分の口から出た言葉だと後から気がついて、慌てて両手で口を覆った。
そんな事言うつもりなんて全くなかったのに、不意に本心が口をついて漏れ出てしまった。やっちまった、と、顔がどんどん熱くなっていく。
石井は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに目を細め、ニヤニヤと厭味な笑みを浮かべた。
「おいおい尽? なぁんだよ、今のはぁ?」
「い、いやその」
しどろもどろになりながら弁解を試みる俺に、彼女は更に意地悪く笑いながら距離を詰めてくる。
「つまりはアレか? 私があまりにも超絶美人になりすぎちまったせいで、思わず本音がポロリしちゃったってかぁ? いやぁ、罪作りな女だね私も!」
だんだんと調子に乗ってきた石井は大仰に言って、切ったばかりの髪をふぁさっ、とかきあげた。流れるように落ちていく髪が美しく、悔しいけれど、とても様になっていた。
とうとう言い訳すらできなくなり黙って唇を噛んでいると、増長した彼女は「ほらほらどうよ? もう一度言ってみ? ん?」とまくし立ててきた。
それで、俺の中の何かが、振り切れた。
「……そうだよ」
「へ?」
「ああそうだよ! 思わず本音がポロリしちゃったよ! その髪型すっげー似合ってるし超可愛いよ! テレビで見るアイドルよりよっぽど綺麗だと思うし近くに来ると滅茶苦茶ドキドキするんだよこんちくしょう!」
半ば自暴自棄になって、人目もはばからずに喚き散らす。いきなり公衆の面前で騒ぎ出した俺の様子に、何事とばかりに店内の視線は一斉に注がれた。
それを見て、今度は石井がうろたえる番だった。彼女は急に取り乱した顔になり、手をバタバタと振って俺を制そうとした。
「ばか、声が大きいって!」
「知るか、んなもん! 可愛い! 可愛い! 超可愛い!」
もうどうにでもなぁれ、とヤケクソ気味に可愛いを連呼する。刺すような周囲の目に耐えられなくなった石井は顔を真っ赤にして、俺を乱暴に引っ張りながら、逃げるように、慌ただしく美容院を後にした。