邂逅の運命
人は死んだら、星になるって言うけどさあ。
目の前の少年は、急に話し出した私に驚くこともなく、表情を変えないままに私を見つめる。深い群青色の瞳は、ずっと見ているとまるで引き込まれてしまいそうな気がする。いつだか、私と彼の共通の友人が、彼のことをまるで海のようだと言っていたことがあったけど、なるほど言われてみればと納得してしまう。
結局そんなことないんだよね。星になんかならない。墓地にあるのはただの抜け殻。昔流行った歌みたいに風にもならないし、幽霊ってのも私は信じない。
……何が言いたいんだ、お前。
そうだね、私にもよく分からないけど強いて言うなら、……死んだ人はもうどこにもいないんだってこと。
彼は私から視線を外す。その意味を私は知っていた。
結局は幻想だ。死んだことを受け入れられない人間が作り上げた幻想。人々はみんなそれを知っている。知っていながら、自分の心を慰めるためにその幻想に縋る。なんて愚かで弱い生き物なんだろう、人間は。
ただもちろん、私もその人間という種族の一個体である。
夜の静寂の中、いつにも増して静かなこの場所で、静かな冬の空気が延々と体に突き刺さるような感覚と錯覚の痛みを感じながら、私は口を開いた。ずっと思っていたこと、今、彼になら言える気がした。
生きていた方がいいなんて言うけど、本当にそうなのかな。
はあ?
だって、残された人はどれだけ苦しまなきゃいけないの? どれだけ寂しさに耐えなければいけないの? どれだけの罪悪感に潰されればいいの? それだったら、連れて逝ってくれた方が幸せじゃないのかな。
こんな弱音を吐けるのは、よく考えてみたら彼の前でだけかもしれない。独りぼっちになってしまったあの日以来、私はずっと、他の人が心配しないように虚勢を張って生きてきたから。思ってもいないことを言って、無理に笑って。そんな日々積み重ねられる嘘に疲れていたのも事実で。もし彼がいなかったら、私はとうに壊れていた自信がある。
まあ今だって、壊れていないとは口が裂けても言えないけど。というかこれは弱音ですらない。壊れた私の壊れた支離滅裂な理論だ。そんなことは自分でも分かっている。それでも彼は、私と同じ境遇の彼だけは、この滅茶苦茶な私の思考回路に何かをもたらしてくれる気がした。
彼は少し間を置いて、私の頭にぽんと手を置いた。もうとても寒いのに、そこだけが暖かい。おかしいな、彼は手袋をつけていなかったはずだけど。
……どちらが幸せかは、その人の考え方にもよるだろうが、
うん。
生きてなかったら、そういうことを考えることすら出来ないだろ。
……うん。
だから、そういうことなんだよ。少なくとも俺は、あの瞬間に全てが強制シャットダウンされてしまうより、今生きていて、お前と話してる方が幸せだけどな。
……そう、だね。
最初から、俺のこの答えを聞きたくてそんな話したんだろ?
……かも。うん、多分、そうだよ。
そうだ彼はいつも正しい。この世の不条理に巻き込まれた、世間一般で言う「可哀想な人」の一人のはずなのに、いつも正しい方向を見失わない。いつでも私を正しい方向に導いてくれる。あの日の後、全てに絶望してみんなの後を追おうとした私を止めてくれた時も。
もっとも、彼は自分が正しいなんて絶対に考えていない。そういう人だ。そもそも私だって、彼が本当に正しいのかなんて知りはしない。それでも彼は正しいのだ。少なくとも、私にとっては。
君は、強いね。
そんなことねえよ。
強いよ。私も君みたいに、強くなりたい。自分の力で立ち上がりたい。
……本当に自分の力だけで立ててるんなら、こんな手間のかかることはしてねえだろ。
そう言って彼は体の向きを反転させ、その場を離れる。
……そうかもしれない。でも、多分忘れたり乗り越えたりする必要はない。少なくとも彼は、今の歪な自分と向き合えているんだから、それでいいと思う。
私は彼の後ろ姿を追う。
私たち二人の去った後に残されていたのは、決して立派とは言えない花束と、私と彼の心を繋いでいた一つのメモ帳。あの日からずっと、彼が私にくれた言葉が全て、そこに彼自身の綺麗な文字で記されていた。




