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再会の道標

 ――ああ、久しぶり。来てくれたんだな。随分と長い間会っていなかったような気がするよ。最後に会ったのはいつだったかな? 時間感覚が曖昧だから、正直よく分からないけれど。

 それでも、来てくれただけで嬉しい。ここは退屈なんだ。そうだ、僕の話を聞いてくれないか? とは言っても、特に新しい話があるわけではないんだけどね。だから、そうだな、思い出話でもしようかな……僕が一方的に話すことになると思うけど、それでもよければ。僕は話し出すと止まらなくなってしまうから。いい加減直さなきゃとは思ってるんだけどね。

 さあ、何から話そうかな。やっぱり君との初対面からか。

 初めて君と会ったのは……まだ黒い靄が現れる前の話だったな。いや、本当はもうその時にも存在したのかもしれないけど、小さかった僕には当たり前すぎて気づけなかった。今から比べれば、ほんの僅かな量だったのもあるかもしれない。全く、嫌になるな……ああごめん、脱線したね。だからまだ、僕たちが小学生になるか否かくらいの時だったんだろう。君と君の友達が、ボールを追って僕の家の庭に入ってきたんだっけ。キャッチボールでもしてたのかい? とにかく、見つけたのが僕でラッキーだったよ。父さんとかに見つかってたら、絶対怒られていただろうから。そうそう、あの時一緒にいた友達は元気? 名前はよく覚えてないけど……本当に仲が良くて、見てて羨ましかったな。もっとも、あの子がやけに君の大親友を自称しながらくっついてきて、君はそれを嫌がってる節があったけど……表面上ではね。本当は君も嬉しかったんだろう? あはは、僕はそういうのはよく見えるものだから、ね。

 それから度々、君が僕のところに来るようになって……人と会うのなんて珍しいから、つい話し込んでしまう。特に君の前だと、いつにも増して言葉が溢れ出てくるんだ。もちろん今もね。君は聞き上手なんだろうな。僕には羨ましいよ。ふふ、さっきから僕は君を羨ましがってばかりだ。

 いろいろ思い出はあるけど、その中でも、七夕の日に遊びに来てくれた時のことはよく覚えてる。あの頃にはもう、大分黒い靄が出てきてたけど……君が書いてくれた短冊の字はよく見えた。まさか、自分のことはさておいて、僕のことを書いてくれるなんて思わなかったよ。……正直、あの願いが叶うことはないように思えるけど……あはは、弱気なこと言っちゃったね。でもあの時、僕は本当に嬉しかったんだ。だから、ちゃんとお礼を言わせてほしい。ありがとう。

 ……ん? どうかしたかい? ……ああ、ひょっとして、どうして部屋に入ってきたのが自分だと分かったのか、と思ってる? それは簡単だよ。黒い靄が日に日に増えるにつれて、だんだん耳が良くなってきたんだ。まあ、昔から悪いわけではなかったんだけど……僕が昔、よくピアノを弾いてたのは覚えてるだろ? 君の息遣いも、足音も、全部覚えてる。……なんか、こう言うと変態みたいだけどね。僕に会いに来る人なんて限られてるし……何より、それだけ君が僕にとって大きい存在だということなんだと思う。あ、別に告白とかじゃないからな?

 ……今日はこのくらいにしようか。これでも抑えたつもりなんだけど、実際は相当な時間話してたんだろうな。昔より一層おしゃべりになってしまったみたいで、他の人にも呆れられてるよ。

 いつも君に甘えて、ずっと僕が話し続けてしまうけど、本当は嫌だったりしないかい? ……まあ、その答えは僕には分からないんだけどね。靄のせいで、この部屋はもう完全に真っ黒だから、僕にはもう君の気持ちが分からないんだ。一方的に話し続けることしかできない……それは君も大体察しがついてただろう? 知っていたはずだ。でも、それでもここに来てくれたということは、次も期待していいのかな……。最近は昔以上に人と会う機会が減ったからね。正直、寂しいんだ。

 ……ああでも、僕は自分を不幸だとは思っていない。こうなることは前から分かっていたんだから。それでも、たまにでいいから、ここに来てくれると嬉しいな。

 ……行くのかい? そっか……。

 あっ、そういえば朝に来た人が言ってたけれど、今日は七夕なんだってね。短冊は書けないけど、せめてものお返しに、僕は君の幸せをずっと願ってるよ。

 今日は本当にありがとう。君が来てくれて、また昔のように話ができて、すごく幸せだったよ。

 ……さよなら。また会える日を楽しみにしてる。


***


 少年は静かに扉を閉めた。そして二・三歩進んでからもう一度、今、自分が出てきた部屋を振り返る。

 鼻につく独特の匂い、何もない部屋、真っ白な光景。その中で孤独に存在し続ける、瞳に虚無を映す少年。彼が言った通り、かつてのあの幼い願いが叶うことはないのだろう。

 彼は、自分が一方的に発信することしかできないことを気にしていた。だけど、


 ……俺だってお前と同じで、一方的に聞くことしかできないんだよ。


 類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだ、と嘲笑って。

 その言葉は、白く小さな檻の中にいる彼に届くことはないのだろうけど。こちらの言葉は届かなくても、伝えようとすることは、決して無意味ではないはずだ。


 ……また来る。お前の話は好きだから……あと、今年の短冊はまた、お前のことを書いておいてやる。毎年のことなんだが……な。


 少年は僅かに微笑んで、踵を返し歩き出した。

 孤独な少年の幸せを祈りながら、服のポケットの中で震える携帯に、またあの『自称大親友』からかと苦笑してみるのである。

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