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雷雨

 夜になると野宿を繰り返していた彼らだが、ある夕刻、急に雷雨に祟られ、街道沿いに建っていた宿に逃げ込んだ。

 ニミッツ街道は中央を横断する商業行路で要所要所に宿場町ができ、にぎわっているし、それ以外にもお茶と茶菓子を出す店や風雨を避けるための簡易宿も比較的あちらこちにやっているところがあった。

 たいていは山小屋や納屋みたいなものか、大きな農家が空いている部屋に旅人を泊めたりするものだが、逃げ込んだ宿屋は一軒家にしては大きめでかなり上等な宿だった。

 立派な石造りの二階建てで、一階が食堂兼酒場で二階が宿になっているようだった。

 今までずっと野宿で寝起きをしていた青年は、立派な建物にびっくりしているようだった。


「ここで泊まるのか? お金がかかりそうだが・・・・・・ 」


「そのくらいの持ち合わせはある。このままでは、風邪をひいてしまうぞ 」


 入ってみると大きな暖炉があり、火が熾きていた。

 ほかにも急な雷雨にあった旅人や商人が続々と駆け込んできた。

 お客は思い思いの格好で暖炉そばで服を乾かしたり、机で飯を食べていたり、酒を飲んでいたり、様々だ。

 男女の組合あわせも珍しくないのか、暖炉のそばで衣服を乾かしていた商人風の男が、暖炉のそばに手招きをして、衣服を乾かすように進めてくれた。


「いくらこの陽気でも、雨に濡れたままだと風邪をひいてしまう。早く着替えたほうがいい 」


 そう言って、暖炉のそばの場所を空けてくれた。

 ミレンが長めの金髪を解きほぐして火にかざしていると


「こんなところで上玉がいるじゃないか 」


 酒場の隅で避けを飲んでいたくたびれた感じの冒険者風の男がふらりと立ち上がり暖炉へちかよってきた。女性のきれいな肌を見て口元がだらしなく緩んでいる。

 ハヤトは次の展開がどうなるのかと、少し離れたところで黙って見物していた。


「お前、こんなところで一人か? 金がないなら高く買ってやるぜ 」


 酒くさい息を吐きながら女性の方を抱こうとしたのだが、スルリと逃げる。


「へー ちょっとお仕置きが必要だぜ 」


 無理矢理にでも手込めにするつもりで抱きつこうとしたら、グーで男の顔殴りつけた。


「こ、この女! 」


 迎え撃つ形で顔を殴ったので結構な力で男は倒れないまでも大きくよろめいた。しかも、口の端から血がでていた。


「かわいがってやろうってのに何しやがる! 」


「大きなお世話だ、お前みたいにこの顔と体だけを見て人を口説きにかかるような大馬鹿野郎には辟易しているんだ。とっとと失せろ 」


 申し分なく美しい女性の口からこんな言葉が次々と量産されるとは夢にも思わなかったらしく、男は目と耳をうたがっている。

 聞いていたハヤトは微かに笑いを浮かべていた。


「こ、この女が!男をバカにするとどういうことになるか教えてやらあ!」


 叫んで掴みかかってきた男をひらりとかわし、女性はその男の腹を思いっきり膝で蹴り上げた。ぐえっと喘いで体を丸めた男の首筋に手刀をたたきこみ、その男をあっさりと床に沈めたのである。

 ほんの一瞬の出来事だった。


「口ほどにもないな 」


 酒場中の人間が呆然と見ていた中での一言だった。

 別の部屋をとろうとしたが、急な豪雨のため、満室であった。女性は部屋に入るなり、一つしかない寝台をみて、厳しい顔でハヤトを振り返った。


「今のうちに言っておくが、ハヤト。妙な気を起こしたりしたら承知しないからな 」


「馬鹿をいうな 」


「俺にはそこまで酔狂な趣味の女性を口説く趣味はない。だいたい、いままで野宿で一緒にいたのに、今頃どうしてそうして牽制するのだ? 」


「私もあまり情けないことを言いたくない 」


 女性も憤然としながら


「それだけ変なやつが多いから。結構、言い寄られたりしたから 」


「さっきのようなことか? 」


 黙って頷いた。


「ああいうことは今までにもよくあったのか? 」


「うんざりするほどね 」


 眉をしかめている女性の顔だちに見入る。これだけの美貌だ。薄汚れた騎士の格好をしていても、その美を隠し通せるものではない。


「何かその、不埒な真似をされたのか? 」


「誰がさせるか。指一本たりとも触らさずに張り倒した 」


 ぶ然と言うメレンに、ハヤトは笑みをこぼした。


「だったら何の問題もないだろう。俺がお前に襲いかかろうとしても、同じように張り倒せば済む話だ。お前の腕ならそれができるだろう 」


 ハヤトが言い募る


「そもそも、お前のような女性を好きこのんで口説くほど俺は酔狂ではないぞ。傍目から見ていたも訳ありの女性を手込めにできるか! 後が怖い! 」


 言葉は悪いが、明るくいたずらっぽく言ったのでミレンも笑った。


「だけど、真っ先に出会ったのが君みたいな人でよかったな。これからどうなるかと思った 」


 ほかの世界から来たのかどうかわからないけど、何かの事情で見知らぬ土地に放り出されたことは確かなようだ。少しは心細かったのだろう。

 そう言ってハヤトはベットから降りてソファーまでいき、そこで横になった。


「おい、ハヤト 」


「そのベッドは君だけでいっぱいだろう。だからこっちで寝る 」


「それなら、なれない土地で苦労している君に譲ろう 」


「せめて、かっこつけさせろ 」


 外は春の嵐で、激しい雨と雷が光り、風がうなりをあげている。

 なんとなくメレンがつぶやいた。


「国境まであとわずかだ・・・・・・ 」


 ベッドに腰をかけたメレンが言う。


「なにが待っているか私にもわからん。それこそ命を落とすことになるかもしれない。今なら引き返すことができるぞ 」


「どこへ? 」


 ハヤトが言う


「この地上ではおれの探している場所はないんだ。今さらどこへ引き返すって? 」


 続けて


「ほかに、したことがあるわけじゃない。それこそたまにはこんなのもいいと思う」


 メレンは結局アイオアがなぜ危ないか、なぜ危険を冒してまでそこへ向かっているか説明をしなかった。

 ハヤトもメレンが何者なのか、どうしてここにいるのかを一切詳しく尋ねようとはしなかった。

 口に出さなくとも、二人とも因縁の不思議さを感じていた。


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