背景
メレンとハヤトの旅が始まった。
メレンは馬を手放し、徒歩でミニッツ街道に乗ったのだが、奇妙な二人組がどうしても人目をひいてしまう。
並んで歩きながらこのあたり常識がどうなっているのかとハヤトは訊ねた。
常識的に国境を越えるにあたり、万里の長城みたいなものがあるかとそれとも簡単な柵か杭でも、打ってあるのかという疑問を聞いてみたのだが、意外にも違った。
「モンタナとアリゾナの国境はネルソン河の流れで分けられている 」
「河が国境?ありきたりだな。わかりやすくていいや 」
「まあ、全部がそうではないがな。 奥地になるとまた変わるが 」
女性が地面に簡単な地図を描いて、三国の位置関係と大まかな山脈、湖、河、大きな川を書き込んでいく。
「中央に位置するこの大山脈ヒールガンがモンタナとアリゾンをわけている。アリゾナとアイオアをわけているのがこの大砂漠スーダンダだ。 」
「三国の特徴みたいなものは? 」
「ああ、モンタナは平原が主で、アリゾナは大部分が山地と砂漠だ。アイオアは、山も平原も海もある 」
「じゃあ、アイオアが一番豊かで栄えているんじゃないか? 」
女性は思わず表情がひきつった笑顔になる。
「普通に考えればそのとおりだ 」
ハヤトはちょっと首をかしげた。今はそうすると普通ではないことが何かあるらしい。しかし、聞くとめんどくさそうなので話を変えてみる。
「河が国境でも、なんか出入国審査みたいなものがあるのか? 」
「もちろんある。商人以外をそう簡単に国外へ行かすわけにはいかんし、また違う国の民などを受けることもできない。国をでるには商人だと商人ギルドの証明書、傭兵なら傭兵ギルドの証明書、他の場合は国からの出国許可証が必要と身元保証人も必要となる。それらがすべてそろって出入国審査が通過できる 」
「それ、持っているの? 」
「いいや 」
女性がにやりと笑った。
「仮に持っていても、お前の身元をどう説明していいか見当もつかない 」
青年はうーん、と捻り、女性を見て言った。
「兄妹ってことじゃ、駄目かな? それとも若夫婦? 」
「かなり無理があるな 」
大まじめに答えたハヤトは玉砕した。
「真っ正面から国境を越えるつもりはない。こういうことにはいくらでも抜け道があるもんだ。ネルソン河は両方の国の漁師が舟をだしているからな。金をはずめば向こう側に渡してくれる。それが無理でも泳いで渡ってしまえばいい。お前は泳ぎは得意か? 」
「そうなんだ (ヘリ飛ばして監視しているわけではあるまいし、いくらでも抜け道はあるんだろう)まあ、泳ぎは普通かな。たぶん大丈夫 」
ハヤトは熱心に質問をメレンにしていた。この女性から情報を仕入れようとしているようだった。
メレンは、常識と思われるようなことまで聞いてくるので、やや呆れ気味だったが一通りの話を聞かせてあげた。
「中央に大きな三国。北方にいくつかの王国。中央から南部にかけてから小公国、自治連合、南方諸国。このアルベルト大陸全土ではっきりわかっているだけで十八の国々がある。小さい島国や未開の土地まで含めると三十に近いのでは亡いかと思われる。どの国でも頂点は王だ 」
「大陸はほかにもあるの? 」
「ああ、見たこともない植物の種が流れ着くところをみると別の大陸はあると思われているが誰も確かめたものはいない 」
「ここでは、大陸冒険記みたいな本はないのかな? この大陸を冒険した話みたいな人は? 」
「それはとても無理な話だな。何十年かかるか・・・・・・。そもそも、人は自分の生まれた土地を離れることはない」
青年が不思議そうに聞いた。
「メレンはこうして旅をしているじゃないか? 」
「私は自由騎士だからな。主人を持たず、剣の腕だけで食べていく職業のことだ。まあ、次の主人を見つけるための期間限定だがな 」
ハヤトはおやっと思ったのか
「それはおかしいじゃないか。あんなに入念に狙われるだ? 主人持ちの騎士に見えたが・・・・・・ ああやって襲ってくるといくことは主人の意向があるってことだろう。それとも騎士が勝手に自由騎士を襲っても問題ないのか? 」
「いや、問題があるぞ。主人にも騎士にもな? 」
さっぱりわけわからんと両手を挙げ、降参ポーズのハヤト。
「騎士たるものは、体面をなにより重視し、愚劣な振る舞い、卑怯な行動など騎士道に背くような行いは、主人の名を汚すことにもなり自分の名をおとしめることになる 」
「じゃあ、主人のほうは好き勝手に旅人を襲っていいのか? なんの罰則もないのか? 」
「そうだな、国王の耳にはいったら、取りつぶしだろうな。もっとも、そんな領主は領民達に愛想を尽かされて自滅するだけだろう 」
「じゃあ、身分が高くてもあまり好き勝手はできないんだ」
「そのとおりだ 」
一応、肯定しておいたが、身分差は絶対であり、権威をかさにきた騎士達、領主たちの横暴もたまにあることだった。それでも国王が横暴をはたらくよりはましだと思った。側近達が制御できればいいが、それに同調して権力をむさぼり、己の利益だけを追求することを考える物のなんと多いことか。
「お!夕ご飯発見 」
いとも簡単に鳥、うさぎを狩ってしまう。
「一体どうやって見つけているんだ? 魔法なのか? 」
「騎士なら殺気は感じられる? それに対しておれは生気を感じているだけだよ 」
「たしかに殺気は感じられるが・・・・・・ 同じなのかな・・・・・・ 」
「なんかいろいろ見せたら、いろいろ言われそうな気がする 」
「どんなことを? 」
ハヤトは答えずに首を振る。
この青年が自分の世界から持ち込んできたのは、衣服類と刀、それと腕輪だけであった。
一度、腕輪を見せてもらったが、この世界では見たことがないほどの細かい細工と見たことがないような宝石がちりばめられた一品であった。また、見たことがない文字がびっしり書き込んであったが、女性にはどこの国の文字なのか判別がつかなかった。
「私はこういうものにはあまり詳しくはないが、出すところに出せばすごい値段がつくに違いない 」
「それは駄目だな。これはおれ専用だ 」
「どうやって手に入れたのだ? 」
「お守りようにおれが作った 」
「ほう? お前は細工師なのか? これほどの腕の細工師は商業都市にもそうはいないと思うぞ 」
「商業都市? 」
「自治連合のひとつ、で工業、文化芸術などの保護を行い、大陸一の水準を誇る国だ。 その腕輪はそこの腕のいい細工師と同じくらいの腕があると見える 」
「ひさびさにいいできだったから 」
「なるほど、暇があったら私にも頼む。 この歳になるとそういうもののひとつでも必要だからな 」
「気が向いたらな 」
あまり乗り気ではないようだった。