自己紹介
春の陽が沈む頃、青年と女性はなだらかな道を歩き続けて、ほどよく開けた場所でたき火を囲んでいた。
たき火には、雉に似た鳥とウサギの肉が吊されあぶられていた。香ばしいにおいがあたりに充満している。
うさぎは女性が弓で狩った。鳥は青年が狩っていた。道具もないのにである。
女性が青年が鳥を狩るのを見ていたが
「なあ、どういう原理かわからないが、見えない矢が飛んでいったのか? 」
「そのとおりだ。 リモートアローという魔法だ。 便利だろう 」
女性は信じられない物をみるような表情をした。一流の猟師でもここまで鮮やかにこの鳥を一撃で狩れるか、射程距離が弓の3倍はありそうだった。
「そんな魔法はここでは、誰も使えん。あれは、呪術といっしょで単なるめくらましやまじないくらいがせいぜいだ。効き目があるかわからんあやしいものだが・・・・・・ 」
「ここではそうでも、おれのいたところでは、魔法は日常茶飯事だったぞ 」
「なぜここにいる? お前のいたところというのは、どこだ? 」
「さあ、たぶんこの地上のどこでもないところだな 」
女性が息をひそめしばし無言になった。
「あ、肉がこげる 」
青年が女性から借りたナイフを使い肉を器用に切り分けて半身にかぶりつき、女性に笑いかけた。
「食べないと疲れがとれないぞ 」
女性が息を大きく吐きながら肉を受け取った。
「どこから来たのか知らないけど、さっさと自分のいたところにかえったほうがいいぞ 」
「帰れないから困っている 」
「なぜ帰れない? 」
青年が難しい顔になって考え込んでいる。
「帰る方法がわからない 」
自分の意思でここへ来たわけではないと青年が言う。帰る道もわからないと青年が不意に問いかけた。
「モンタナが大国のひとつで、アイオアもそのひとつといったよね?もう一つは? 」
「アリゾナだ 」
青年が
「戦艦の名前かよ・・・・・・ いや、州の名前のほうか・・・・・・ 」
意味不明なことをつぶやいている。
「お前はここへ来てからどれくらいになる? 」
「半日だな 」
「なんだと? 」
「目が覚めたら、さっきの草むらで、もうちょっとで君が殺されるところだった 」
女性が小さく吹き出して
「そんな状況でよく私をたすけてくれた 」
「一人に大勢でかかるのは卑怯だと思ったからな。 あとは正当防衛だな 」
青年がポツリという
「それで、お前はこれからどうする? 」
「君と一緒に行くよ。邪魔でなければね 」
青年はあっさりと告げる。
「やめておけと、といいたいところだが 」
「どうして? 」
「決まっている。わざわざ危険をおかすからだ 」
青年が微笑んだ。
「説得力がないね。自分の身は自分で守れるし、少なくとも足手まといにはならないはずだ。ついでに君を助けることもできる 」
実際、憎たらしいことにその通りなので女性は苦笑いするしかなかった。
「しかしな、私の命を狙っている物はなかなか執念深いようだからな 」
青年は不思議そうな顔になった。
「それこそ、なにをしたらそんなに恨まれるようなことって、なにをしたの? 」
女性は軽く笑った。
「さてさて、私は何をしたか覚えてないけど、彼らはどうしても私に死んでもらいたいようだ 」
やけに襲撃に金がかかっているし念入りであった。しかし青年は詳しくは聞かなかった。
「じゃあ、また刺客が送られてくるんだな? 」
「ああ、間違いなくやってくる 」
「わかっていて一人で戦うのか? 」
「そうなるな 」
真顔で頷かれると、青年もあっけにとられるしかない。
さすがにまずいと思ったのか弁解をした。
「私とて簡単に殺されるつもりはないぞ。そのためにアイオアを目指している 」
「そこに味方がいるのか? 」
「さて、味方もいるけど敵も倍くらいいるかもな 」
「危ないところなんだな? 」
「かなり 」
「それでも行くのか? 」
「ああ、ここまできたら行かなければならない 」
青年がひとつ頷いた。
「じゃあ決まりだ。俺でよければ味方になろう 」
あっさりと言う青年に女性のほうが苦笑いをした。
どうしてもついてくるみたいだ。
「物好きなやつだ。出会ったばかりの女の味方をするとは 」
「人の心配より自分の心配をしやがれ、昼間だってもう少しで・・・・・・この先も襲われるのがわかっているっていうなら、ついでに死にたくないなら、何らかの手段を講じるべきだろうが 」
「確かに 」
女性は苦笑いしっぱなしである。
「まあ、先ほどの襲撃は私の油断であった。敵がこれほど早く刺客達を送り出して襲ってくるとは・・・・・・ 」
「ちょうどいいじゃないか、君は味方が必要だし、おれはとりあえず、ここの世界のことになれなきゃいけない。 ここに来て最初に出会った君と運命かというようなそんな出会いをした。 君が何と戦おうとしているのか知らないけど、手伝うよ 」
いまだに味方として頼むのには抵抗があったし、取り返しのつかないことになってはと怯む気持ちもあった。
「しかし・・・・・・ 私の味方をしてくれても、何かの得にはならんと思うが、反対に危険な目に遭わせてしまうほうが高いぞ 」
「味方がいらないの? 」
「それは欲しい。欲しいが、無償で人の剣を借りるわけにもいかんし、命がけのことだ。私としてはその報酬として与える物を今は何も持っていない。それでかまわないのか? 」
「報酬目当てのものはそれ以上の報酬で簡単に裏切る。 まあ、いいじゃないの、味方するのに仰々しい理由が必要なわけでもないし、仕方がないくらいのほうがかえって信用がおけると思う 」
しばらく沈黙が支配するが
「では、私がアイオアへ入るまでは一緒に行くとしよう 」
意外と切り替えの早いやつだ。
「アイオアのどこへ行くの? 」
「アラモ。 首都アラモだ。無事に入れればの話だが 」
「(アラモ砦かよ・・・・・・あれはテキサス州のほうだったと思ったが、アメリカの アイオア州の州都はデモインだったはずだが・・・・・・微妙に違うな)じゃあ、そこまで無事に君を届けるのを当面の目標としよう 」
おどけるように言って女性は笑って了承してくれた。
「まだ、名前も告げていなかったな。私は・・・・・・ 」
少しためらったが本名を告げることでどんな反応をするか確かめたくなった。
「私は、グレンビル・メレン・ドッジ・アイオ二アだ 」
「長い名前だな、どこをどう呼べばいい? 」
驚いたことにこの青年は私の名前を聞いてもなんの反応もない。
「メレンでいい 」
「お前は? 」
「ハヤト 」
「それだけか?短い気がするが 」
「長い名前はあまり好きじゃないだが、佐々木蔵人助隼人 」
「ほう・・・・・・ 」
想像以上に立派な名前であった。佐々木という家名に聞き覚えはないが、由緒正しい家柄に思えた。