長男の憂いと奔放な次男 3
シャーリーは合間を見つけて城下を見下ろせる露台に出た。
背後には王子になったその日からつけられた護衛が二人。
王子になる以前から、薄々アージェス王が実の父ではないかと気が付いていた。
ただ漠然と王子になるかもしれないと、思っている内にそうなった。
流されるままに王子としての日々を過ごし、王の跡目を継ぐ第一子として恥じぬ行動を淡々ととっている。
「兄上はすごいな、もう立派な王子様だね」
母がガーネットを出産し、ロベルトや他の弟達とは二年近く会っていなかった。
王宮で再会し、開口一番にロベルトがそう言ったのだ。
「そうかな?」
言われるままに、こうであらねばと思うまま過ごしてきただけだ。
「お前もすぐに慣れるよ。リシャウェルにマルクス、僕も一緒だからな」
「そうですね、兄上」
数か月後に別れが来るとは、その時のシャーリーは知る由もなかった。
「同盟を結ぶ為、ロベルトをタルタロゼルへ送る」
初めて参加した議会では、決して王宮では話されることのない、タルタロゼルとの同盟の調整が進んでいた。そこへ持ち出されたロベルトの名。おそらくは本人もまだ知らぬであろう話だ。
シャーリーは信じられない思いで、頭の中がパンパンになるほどの情報を詰め込んだ。
わずか十一歳で他国へ行かせる。
どれほど心細いことか。
やっと会えたばかりの本当の父母がいるというのに。
「都合よく息子が他にもいると知り、父上は二度もロベルトを捨てると、仰られるのですか?」
執務室で呼び出した母とロベルトが来る間、シャーリーは父を責めていた。
「……そう受け取られても致し方なかろうよ。言い訳をするつもりも、お前を納得させようとも思わん。俺は王だ。国の為にできうる最善手を打つのが仕事だ。恨まれるのもまた務めだというのならば、甘んじて受けようではないか」
苦し気に翳る横顔。
父は己の拳を見下ろしぐっと握った。
執務の合間に幼い息子の相手をし、母とお茶をする。
時折、束の間の喜びを噛みしめるように微笑む父の横顔を、何度か見たことがある。
両手いっぱいに何かを抱えて、それを何一つ落とさぬように、歩んでいるように見えた父。
これが精一杯なのだと。
その時になって初めて己の浅はかさに気づかされる。
決して安易に決めたのではない。悩み苦しんだ末なのだろうと思えた。
そんなシャーリーにとっては、ロベルトの反応は、実に彼らしく、荒波を一人船出する頼もしい戦友にさえ思えた。
(僕は僕の役割を、お前はお前の役割を、互いに励もうではないか)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「そなただけの紋章を作らせる」
執務室へ招いたロベルトに、アージェスは書類が山積する机から離れた。
「僕だけの?」
「そうだ、個人の紋章は成人になってから与えられるのが通例だが、お前は特別だ」
棚に置いてある白地の布を取ると、広げて見せた。
布地には、灰色の線で鷹と弓、それらを囲うように蔦が描かれている。
「まだ図案の段階だが、狩りが好きなお前には似合うと思うが、どうだ? 格好良いマントになりそうだろ?」
「はい、気に入りましたっ!」
父譲りの青い相貌を輝かせて、ロベルトは見入っていた。
鼻や口元は母親に似ているが、整った全体的な顔立ちは、幼い頃のアージェスに似ている。
「あの……」と、口ごもるロベルトを促すと……。
「母上に刺繡をお願いしても宜しいですか?」
「なにを遠慮することがある。直接頼んでみるといい」
紋章が決まった布を渡すと、ロベルトははにかむように笑っていた。
「母上はガーネットの部屋だろう。言って頼むといい。お前の為なら喜んで引き受けるだろう」
「はい、父上っ!」
早速退室する後姿を眺めて、アージェスはふっと笑う。
(刺繡が趣味で得意なルティシアなら、美しく描いてくれるだろう)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
寝返りができるようになったガーネットに母乳を与えて抱き上げると、げっぷをさせた。眠そうな我が子を幾度か撫でると、ルティシアは柵の付いたベットに寝かし、控えている侍女に後を任せて部屋から出た。
そこへ白地の布を持ったロベルトが駆け寄ってくる。
「母上、父上が僕に紋章を作って下さいました」
嬉し気に鷹が描かれた下絵を見せた。
「まぁ、素敵じゃない。良かったわね」
「はい。母上に刺繍をお願いしたいのですが宜しいでしょうか?」
「これはマントでしょう? そんな大切なことを私がしても良いの?」
「大切だから母上にお願いしたいんです」
はっきりした物言いでロベルトは嘆願した。
ルティシアは目を潤ませてロベルトを抱きしめる。
「あなたの役に立てるなら喜んで。立派な紋章になるように、心を込めてさせてもらうわ」
「母上」
幼い腕が布を持つ手で母を抱きしめ返す。