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長男の憂いと奔放な次男 2

 幼い頃から聞かされた冒険譚。

 ロベルトは字が読めるようになってからは、好んで冒険の物語ばかりを読むようになっていた。

 いつか家を出て船に乗り、まだ見ぬ異国を見て回るのが夢だった。

 そんなロベルトにとって王宮暮らしは胸が高鳴った。

 屋敷とは違う広大な敷地に建てられた本殿と別館の数々。

 それらを囲う広い庭。

 初めて訪れたときは、まるで物語に踏み込んだようで、煌びやかな世界に圧倒された。

 だがそれも徐々に慣れてくれば、日常へと変わる。


 その日の天候は良く、暖かな日差しが窓から入ってくる。

 緩やかな風が吹き込みカーテンを揺らす。陽気な中庭を眺め、ロベルトは溜息をついた。

 目の前には家庭教師が張り付き、右手にはペン。

 歴史の授業を受けているところだ。

 その後は礼儀作法に、武術訓練。政治学の授業と目白押し。


 王宮に移り住み、徐々に増えた授業。

 兄のシャーリーは遊ぶ間もなく学問に武芸の鍛錬と忙しない日々を過ごし、横目で兄上は大変だなぁと、のんきに遊びほうけていられたのは始めのうちだけだった。

 日を追うごとにロベルトにも授業が詰め込まれたのだ。


「ねえ、いつになったら遊べるの?」


「王子殿下たるもの文武両道でなくてはなりませぬぞ」


 ああ、そんなこと父上……じゃなくて前の父上もおっしゃられていたな。


「なんか思ってたのと違うよ。そりゃ兄上は長男だし、強くて賢くなくちゃいけないのはわかるけど、なんで僕まで。……リシャウェルとマルクスなんて遊んでばっかじゃん」


「ただの遊びではございませんぞ。両殿下にも遊びを通して、多くの事を学んでいただいております。ロベルト様はじきに十一となられるお方。いつまでも幼子のような学びではお恥ずかしゅうございますぞ」


「わかったよ。……ふうっ……退屈だな」


「ん? 何かおっしゃられましたかな?」


 溜息をついてぶつくさと不貞腐れた。

 

 どこへ行くのも供がつけられ逃げる隙も無い。

 授業などの合間に立ち寄れるのは、自室か母のいるガーネットの部屋ぐらいだ。

 王のアージェスは、以前までは自分以外の妻や娘たちを、本妻を含め後宮に住まわせていた。

 ルティシアを王妃に迎えるにあたり、王は本殿の最上階の空き部屋を王妃ルティシアの私室に宛て、すぐ下の階に子供らの居室を設けた。本殿に隣接する後宮は閉鎖されていた。

 ほんの一時母に会いに行くと、ロベルトは居室で着替えて訓練場へ向かう。


「タルタロゼルには僕を行かせてください。いくら供にポトスを付けるにしても、ロベルトには留学など早すぎます」


「無茶を言うな。敗戦国ならまだしも、どこの国に長男を他国へ送る王家があるんだ。言いたいことは分かるがこればかりはな」


 バルコニーから聞こえてきた兄と父の話にロベルトは驚いた。

 気が付けば二人に近づいていた。

 

「ロベルトっ!」


 しまった、というように兄が振り返る。


「なに? なんのこと? タルタロゼルって隣の国でしょう?」


 父のアージェスは額に手を当てて渋面になる。



「よし、よし、よーしっ!」


 何度もガッツポーズをすると、ロベルトは誇らしげに兄を見た。


「ぼくが行くことになっていたんでしょう? ご心配になられずとも大丈夫ですよ」


 執務室で王の顔をする父に、改めてタルタロゼルへの留学を命じられたロベルトは、嬉々として目を輝かせていた。

 そこには母まで呼ばれ、胸に手を当て悲し気だ。


「お前、これがどういう意味か本当に分かっているのか? これは我が国とタルタロゼルの国交を開く足掛かりとしての重大な役割なんだぞ。しかもいつこちらに戻ってこれるともわからないんだ」


「先ほども父上から聞きましたよ。そりゃ、母上にしばらくお会いできないのは寂しいですが。……僕は行ってみたい。行ってこの国とは違う何かを見てみたいんです」


(ずっと思っていた。他国へ行ってみたいって)


「お前の性格は先方に伝えてある。多少のことは多めには見てくれるだろうが、許しなく戻ってくることはできん」


 ロベルトは片膝をつき、胸に手を当てて習いたての礼をとり、頭を垂れる。


「仰せのままに、ロベルトは我が国の為、タルタロゼルへ参ります」


「うむ。……さすがは冒険隊長だ。よくぞ申した。かの国へ行き、思う存分に学んでくるがいい。父もわが身を賭して、国交を正常化すべく尽力するとそなたに誓おう。無事に帰国した暁には褒美をやろう」


「ロベルト」


 長椅子に座っていた母が椅子から離れて膝行する。

 母よりまだ頭一つ分背の低いロベルトは、両手を広げ母を抱きしめる。

 震えて冷たくなった手を、汗ばむ手でしっかりと握り、強く抱きしめられる。 



(セレス父上が言っていた。男は強くあれ、と)


「大丈夫ですよ、母上。僕だって父上と母上の子。それにポトス兄上を供に付けてもらえるのでしょう?……えっと、とにかく僕一人で行くわけではありませんから大丈夫です」


 兄のシャーリーが、安心したようにふっと笑っていた。 



    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 子供たちを下がらせた執務室では、ルティシアが両手で顔を覆っていた。

 アージェスは静かに謝る。


「すまない」


(黙っていたことを? せっかく家族が揃ったというのに、ロベルトを他国へ行かせることを?)


 妻の隣に来てそっと抱き寄せる。

 ルティシアは夫の胸に頬を寄せてしがみつく。


「ロベルトは喜んでいたけれど、他国へ行って思い知らされることになるわ。きっとつらい思いをさせる。なのに、私はあの子の為に何もしてあげられない」


「母親とはそういうものだ。見守ってやれ。どこにいようと、例え遠くへ行こうとも、母親が自分を案じて待っていてくれると信じられるだけで、男というのは強くなれるものだ。どんな苦境が待っていようと負けはしないさ。あれは幼くとも強い子だ。信じてやれ」


 ルティシアは小さくコクリと頷いた。

 ロベルトは萎縮するばかりの少女とは違う。

 大勢の着飾った大人たちを前にしても堂々と発言し、大人しく言うことも聞かず大胆不敵に探検を始める冒険者だ。

 兄を見て育ったこともあり要領も良く、空気を読んで上手くその場を凌ぐ賢さも持ち合わせている。

 自慢の息子だ。

 またも日々の成長を間近で見ることを、余儀なく遮断されることは悲しくつらい。だが、数年後に帰国するロベルトは、一回りも二回りも成長して戻ってくることだろう。その雄姿を見る日が来ることをルティシアは祈らずにはいられなかった。



読んで下さりありがとうございます。

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