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長男の憂いと奔放な次男 1

「ロベルトをタルタロゼルへ留学させる件は、誠ですか?」


 人払いした王の執務室でシャーリーは、責めるような口調で問う。

 父であり王のアージェスは、以前から持ち上がっていたロベルトの留学の件について緘口令を敷いていた。まだ幼いロベルトを慮ってのことだ。

 ルティシアとの正式な婚儀を挙げ、王子を得ただけでは国政は盤石とは言い難い。

 なんとしてでもタルタロゼルとの交戦を避けるためには国交を開く必要があった。

 そのための人質だ。

 当初は前王妃マリアの娘ヴァイオレットの名が挙がっていた。だが、愛情が薄いとはいえ娘を他国に行かせることを案じたアージェスは、シャーリーに他の息子たちの性格を聞き、ロベルトを適任と判断して選んだ。

 シャーリーは第一王子として家庭教師に学び、議会に出席するようになってまだ日は浅いが、大まかな国政は把握している。


「近い将来お前には王太子として立ってもらわねばならん。ロベルトの留学は順当だ」


 王の言い分は妥当で、それ以外の策があるわけもなく、シャーリーは複雑な思いで引き下がるしかなかった。

 

 まだ幼い弟を他国へ人質としてだす。

 シャーリーは、自身が初めてセレスとエミーナが、実の両親でないことを知った時のことを思い出していた。


 父のセレスはいつも子供たちが寝付くころに帰宅することが多く、その日シャーリーは一度は床で眠ったものの、目が覚めて寝台から抜け出した。

 閑所に向かい用を足したところで、食事室の扉がわずかに開いていた。

 聞くつもりはなく、すぐに自室へ戻ろうとして足を止めた。


『シャーリーにはそろそろ話そうかと思う』


 何人も兄弟がいる中で自分の名が出てきたことに、ドキリとして聞き入った。


『そうね。もう十歳ですものね。私たちが本当の親ではないことを話しておくべきね』


『やっぱり』


 無意識に扉を開き、独り言のように小さな声でつぶやいた。

 突然現れた息子に、セレスとエミーナは驚いていた。


『まだ起きていたのか』

『まだ起きていたの、シャーリー』


 二人が同時に同じことを言っていた。

 シャーリーは驚く二人をよそに、駆け出した。

 後ろから母が呼ぶ声が聞こえたが夢中で屋敷から飛び出した。

 寝室には他の兄や姉、弟達もいる。

 一人になりたくて、けれど行く当てもなく納屋の奥に隠れた。

 

 兄や姉達は父や母とどこか似ているのに対し、自分の顔はどちらにも似ていない。

 鏡を見る度、もしかすると本当の両親ではないような気がしていた。

 憶測は当たっていたらしい。

 はっきりと、母の口から出てきた。それが答えだ。 


 シャーリーは納屋の片隅に座り込むと、懐から布を取り出した。

 布には青い糸で綴られた美しい鳥が刺繍されている。

 幼い頃は手で触りながら眠るのが常で、気が付けばいつも持ち歩いていた。

 大切なものだからと、母から持ち歩くのを禁じられたこともあったができなかった。

 その布があるだけで、どんな時も落ち着いていられた。

 同じものを、他の弟が持っているのを見たことがあった。

 そのことが気になっていた。


『こんなところにいたのか』


 青い鳥の刺繍を眺めているところへ、父のセレスがやってきた。


『ぼく、いらない子なの?』


 軍人で筋肉質の大柄な父は、シャーリーが逃げる間もなく、ひょいと腕に抱き上げた。


『いらない子などこの世には存在しない。お前は大切な俺の息子で、俺が真に友と呼べる男の息子だ』


『ぼくの本当の父上は、父上の友達なの?』


 シャーリーはいつの間にか泣いていたらしい。平たく硬い手が濡れた頬を拭った。


『そうだ。訳あってお前を育てることができないでいる。会いたいと、手元で育てたいとどれほど願ってもできない。だがいつか必ず会える日は来る。俺はそう信じている。だからお前も、実の父親に会いたいのなら、信じろ。信じていれば、必ずその日は来る』


 シャーリーは俯くと、小さくうなづいた。そしてぼそりと気がかりをぶつける。


『ロベルトとリシャウェル、マルクスも……僕と同じ兄弟なの?』


『そうだ。よく気づいたな』


 手にしている布を見つめて答える。


『同じような刺繍を持っていたから』


『お前のお母上が、お前たちの幸せを願い一針一針刺して仕上げられたそうだ』


『母上が……』


 シャーリーはぎゅっと布を握ると、力任せに捨ててしまいたかった。

 目からは涙が零れ、悔しいのに捨てきれなかった。

 その時の彼は、頭の中もぐしゃぐしゃになって、何をどうして欲しかったのかわからず、ただただ、涙が溢れて止まらなかった。

 

 成長した今ならわかる。

 欲しかったのは温もりと愛情だった。

 ロベルトは王宮中を駆け回っているようで、時折母のルティシアの許へ行っているのを見かける。

 背が伸び、成長しているとはいえ、シャーリーから見ればまだまだ幼い。

 母親に甘えたい年頃だ。

 国の為とはいえ、ようやく会えた実の母から引き離すなどあまりにも酷だ。

 国王の父はまだ本人には話していないようだが、先方にはこちらからロベルトを引き渡すことは通達済みとも聞いている。

 だが、兄としてこのまま見過ごすことはできない。

 シャーリーは日を改めて父と話すことにした。



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