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我が道を行く冒険隊長

 柔らかな雰囲気は、食事室以外でも感じられた。

 廊下などで誰とすれ違っても、鋭い視線も陰口も聞こえてこない。

 視線をルティシアが下げるのではなく、王に次ぐ后として下げられる側となった。

 ここは本当に王宮なのだろうかとさえ思わされる。

 外からは、アージェスが子供たちと遊ぶ楽しげな声が聞こえてくる。

 回廊から一歩庭に出ると、春のうららかな陽気と日差しが降り注ぐ。

 緩やかな風に乗って運ばれる甘い花の香がする。

 百花繚乱の広大で美しい庭園は昨夜の幻想的な光景とはまた違う美しさがあった。


「まぁ、なんて美しいのかしら」


 溜息を吐くようにルティシアはうっとりと庭を眺めた。

 

「この城で一番美しい場所と言われのも頷けるわ」

 

 今の王宮は、アージェスが懸命に築いたものだ。

 ルティシアの為に。

 ルティシアと過ごすために。


 名誉が回復され、敬われるようになったのは、アージェスによるものだ。


「アージェス様に私は何を……」


 して差し上げられるのかしら?


 続けそうになった言葉を飲んだ。


 アージェスに面と向かって言ったではないか。

 傍にいると。

 支えると。


 傍にいてくれるだけで良いと言ってくれた。


「あまい、あまい、そんなことではこの父には勝てんぞ」


 庭先でリシャウェルとマルクスが、二人がかりでアージェスを押し倒そうと遊んでいる。


「あら? ロベルト様がいらっしゃらないですわ。始めはいらっしゃったのに」


「あの子は探検が好きだから、またどこかへ行ったのでしょう」


 面白いもので、同じ父母から生まれたというのに、それぞれ性格が違う。

 特にロベルトは飽き性で、長時間同じ場所にいることがない。


「あらあら、お二方ともお疲れになって、ひっくり返ってらっしゃいますわ」


「まだまだちび助どもだからな。俺を倒そうなど二十年早いわ」


 アージェスがやってくる。

 腰を抱かれると引き寄せられた。寄り添った身体は熱して、男らしい汗の匂いに包まれ酷く安心する。


「まだお前が、この王宮で傍にいてくれることが信じられん。自分に都合の良い夢を見ているような気がしてならない」  


 下ろしていた腕を、ルティシアはアージェスの背に回して抱きしめる。


「私はここに、あなた様の腕の中におります」


 顔を上げて青い双眸を見つめると、額に、頬に唇が落ちてくる。


 ああ、と溜息とともに、肩の力を抜いて低い声を出す。アージェスは強くルティシアを抱きしめた。


 肌を重ねるだけが愛ではない。

 こんな風に、抱きしめるだけで安心させてあげられるなら、いくらでもしてあげたくなる。

 

「ははうえ」

「母上」 


 マルクスとリシャウェルの楽し気な声がして、抱き合う父と母に腕を広げて抱き着いてくる。


(愛してる。貴方も、貴方たちも)


 屈んで二人の幼い王子たちを抱きしめた。


(ああ、大人も子供も同じなのね)


 抱きしめられると不安な気持ちが落ち着くことを、ルティシアは知っている。今までは、ただ与えてもらうだけだった。

 子供たちの養母エミーナが教えてくれた。

 触れ合うことの大切さ。

 抱きしめることがどれほど安心を与えられるか。


「母上ぇーっ」


 遠くから呼びながら駆けつけてくる声の主は、ロベルトだ。


「途中からいなくなったと思ってたら。どこへ行ってたんだ、冒険隊長」


「野兎を捕まえましたっ! 赤目の白兎ですよ、珍しいでしょう?」


 『赤目の白兎』。

 誰かさんに出会った頃を想起させ、ルティシアは反応に困る。


「なかなかやるではないか。珍しい野兎を見つけて自慢しに来たのか?」


 はい、と答えてロベルトは、足で蹴って逃げたがる兎の耳を掴んで大喜びだ。


「で、飼うのか、食うのかどうする気だ」


「そんなの決まってますよ。……犬と違って懐いてくれませんからね、野兎は」


 そう言ってロベルトは兎を離した。放された兎はすぐに茂みへと隠れていく。


「よくわかってるじゃないか」


「へへっ、」


 父に褒められてロベルトは、照れくさそうに笑った。


「あっ、そうだ。剣の稽古に行くんだった」


「誰に稽古をつけてもらうんだ?」


「近衛の……んん、忘れました。では、行ってきまーす」


 思い出してそう言ったかと思うと、ぴゅーとまたどこかへ行ってしまう。


「忙しないやつだ」


 控えているファーミアがくすくす笑い、アージェスが呆れて言う。


「やんちゃ坊主め。全く俺の子供時分と同じことばかりしてくれる」 


「親子ですわね」


「……ま、ガキの時だけじゃないがな、俺の場合は」


 アージェスとの様々なことが思い出される。苦い思い出はいまだ生々しく心には残っているが、いつか全てが懐かしい思い出となることだろう。

 そう思わせてくれるだけの優しさがここにはあった。

 穏やかな気持ちにさせられて微笑みが零れる。

 ロベルトが去っていった方へと顔を向けた。

 男の子だからだろうか、知らないうちに成長し、親子として過ごすようになったばかりだというのに、あっという間にどこか遠くへと行ってしまうような気がして、寂しさが伴う。



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