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告白

「……ルル、愛してる」


 王の居室、長椅子に隣り合って座ると二人は重ねるだけのキスをした。

 離すと、アージェスが悩ましく吐息をついて、額や頬に口づけの雨を降らせる。


「アージェス様、いかがなさいましたか?」


 いつもなら、速攻で寝台に連れ込み、あっという間に脱がされてしまうというのに。

 大広間で恥も外聞もなく寝台に直行すると公言しておきながら、庭園でしばらく話をした。それから王の部屋に招かれたのだが、ここでも一向にそれらしきことをしない。 

 いつもの彼らしくない。

 どこか具合でも悪いのだろうか。


「ああ、今日のルルはすごく綺麗だ。手を出すのがもったいない」


 ぼっと顔から火が出そうなほど熱が昇る。

 庭園で『心底喜ばせることを言ってくれる』と言われたけれど、それはルティシアも同じだった。

 

 ガーネット城で過ごすうちにアージェスへの想いが募り、セレス夫妻に相談した。

 夜会に出席することを提案したのはセレスだった。


『王宮で催される夜会にご出席なさいませ』


 王をガーネット城へ招くことも、こっそり王宮の別邸に戻り逢瀬の機会を待つことも選択肢にはあった。だがそうしなかった。正々堂々と家臣らの前に出るべきだと、セレスは言外に言ったのだ。

 家臣らの前に出るのはまだ恐ろしかった。ルティシアへの誹謗中傷がなくなったとは聞きいてはいたが、彼らの前に出るのはとてつもなく勇気のいることだった。

 躊躇うルティシアの背を押したのは、他でもないアージェスの想いだ。

 愛の詰まったガーネット城がルティシアを強くした。

 ファーミアとエミーナに会場の入り口まで付き添われ、そこへ長男のシャーリーが来てくれた。

 嬉しい対面と、また一人、息子という心強い味方を得て、王の御前へと挑んだ。

 ドレスの色はルティシアが自ら選んだ。

 ガーネット城の主寝室につけられた名に、アージェスの溢れる想いを感じ取ったからだ。大広間で、人ごみに紛れても見つけて欲しいと、願いを込めて真紅に決めた。それもまた、彼の為に。

 身支度にはファーミアとエミーナが時間をかけて丁寧に仕上げてくれた。

 二人に感謝し、ルティシアはありったけの勇気を振り絞って拝謁したのだ。

 アージェスはそれ以上の愛でルティシアを待っていてくれた。


 受け入れてもらえることの喜びと幸せ。

 守ってくれる逞しさも温もりも、何も変わらない。

 いつだってアージェスは、ルティシアの為に腕を広げて待っていてくれた。

 

 幼い頃から、決して自分は幸せにはなれないのだと、自分に言い聞かせてきた。

 けれどこの王宮で、ルティシアはアージェスと出会った。


「あ……あなた様はいつも素敵です……十八の時から……このお部屋で、死を覚悟していることを咎められて、頬を打たれたあの日から……ずっとお慕いしておりました」


 そんな言い方をしたら変な女と思われるかもしれない。だが嘘偽りのない事実だ。 

  

「……そんな前から? それも殴った俺を?」


 大広間で、彼は『俺のお姫様』と、歳も気にせず言ってくれた。

 大勢の家臣らの前で、かつて『悪魔』と蔑まされた反逆者の娘を。

 いつもの戯言だろうが、それでも嬉しかった。

 昔、本で読んだ素敵な王子様に、幸せになるお姫様の物語を今も覚えている。

 幾つになっても、幼い頃に抱いた夢や憧れは忘れられないものだ。

 愛妾にされた時に抱いた想いもまた、色鮮やかに胸に残っている。

 それが漆黒の闇に一人閉ざされていたルティシアの、奥底に潜めた宝物であった。

 

 ルティシアはコクリと頷いた。

 想いは今も色褪せることはない。


「アージェス様は、私の憧れの王子様です」

 

(ああ、言ってしまった)


 心にしまい続けた想い。

 もう二度と入ることは許されないと思っていたはずの陛下の部屋。蘇るのは当時の苦しいほどのアージェスへの恋慕。

 当の本人がいるというのに、言わずにはいられなかった。穴があったら入りたいほどの羞恥に両手で顔を覆う。

 するりと、髪を止めていた髪飾りが解かれて、長い髪がするすると肩へと流れ落ちていく。


「もったいないが、櫛や飾りで怪我をされたらたまらないからな」


 感情の窺えない声が降りてきた。

 横抱きにされて寝室へ連れて行かれる。

 

「俺はただ、王になる以前に、この命を助けたお前を守ってやりたかっただけなんだがな。お前が自分を傷つけることばかり言うから……腹が立った」


 彼は『王子』ではなく正真正銘の『国王』だ

 ルティシアの恥ずかしい告白を彼はどう思っただろう。

 触れもせず話を戻されて、ほっとした。

 そのまま流してもらえたら良い。


「あなた様をお助けしたのは、メリエールの侍女たちです。私はお見つけし、侍女に助けを求めただけです。でも、メリエールの屋敷でお会いしたときのことを、覚えていてくださり本当はとても嬉しかった。……それに、ここでお怒りを買う真似ばかりしていたのはわたくしですから……幼く、萎縮するばかりで……愚かなことばかり。そんなことしかできなかったのです」


(ああ、私また余計なことをペラペラと)


 何を一人で浮かれて自分ばかり話しているのか。

 誰もいない広々とした空間はヒンヤリとしていて、そっと乗せられたのはシーツの上。

 ギシリと音がして、アージェスが上がってくる。

 靴を脱がされ、暗闇の中するすると衣擦れが聞こえる。

 何度も聞いたことのある服を脱ぐ音と気配。


 幾度も抱かれて、五人も子を産み、ルティシアももう三十路の婦人だというのに、まるで愛妾にされたばかりのあの頃に戻ったかのように胸が高鳴った。

 シーツの上で、居住まいを正していると、目の前にアージェスが戻ってくる。



拙作を読んで下さりありがとうございます。

これまでに沢山のいいね、やブクマ、評価を下さり、心からお礼を申し上げます。


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