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第28話 壇上の国王一家 2

「前にあの屋敷で、ルティシアがこの父のものであることは承知していたようだが、この際はっきりお前の気持ちを確めておきたい。お前、母に女として惚れてるんじゃないだろうな」


「まさか、そんなことあるわけないじゃないですか。何を根拠に疑っておられるのです?」


 何を寝ぼけたことを言っているんだとでも言いたげに、息子は呆れた顔をした。しかし、悶々と眠れぬ夜を、幾日も過ごす情緒不安定なアージェスには重要事項だった。


「知ってるぞ。お前、随分前にあの屋敷の庭にいるルティシアを、離れたところから覗いていただろう? しかも書庫で熱心に調べ上げるほどだ」


「あんな森中に首輪を嵌めたご婦人がいたら、誰だって気になりますよ。僕はただ、何か困っていらっしゃるなら力になりたいと思っただけです」


「すこぶる美人だからな」


 誰に似たのかひ弱そうに見える息子は、王たる父を前にしても泰然としていた。


「否定はしません。そのときは自分の母上とは存知あげませんでしたので。しかし今では母上としてお慕いしています。僕を生んでくださった方なのですから、それぐらい宜しいではありませんか?」


「無論だ」


 育ての親という先入観だろうか。

 己の言い分を至極冷静に述べるのを聞いていると、セレスと話しているような気がしてくる。


「……そんなに、母上とお会いするのが怖いのですか?」


 アージェスはグサリと図星を突かれて、嫌になるほど聡い息子が憎たらしくなる。

 早く会いたいと想いを馳せながら、バーバラに襲われた直後の錯乱したルティシアを思い出すと、アージェスは一目会いに行くことすらできなかった。


『……この子だけで……いい……から』


 腹を抱えて、生きることを諦めていた。

 追い詰めると分かっていて、会いに行けるわけがないではないか。


「母上はきっと父上を待っていらっしゃいますよ」


 目を逸らして答えない父に、孝行息子が励ましてくれるが、嘆息しか出ない。


「あれは、俺に何も望まない女だ」 


(ルティシアが何かを求めるときは、いつだって俺が望まないことだ。そして俺は、それを断れずに了承する)

 

(次の願いは何だ?)


 聞くのが怖くなっていた。

 出産を期に離れの屋敷から出したわけだが、ルティシアは王子らの母だ。もうあの屋敷に戻すことはできない。次に住まわせる場所を決めてやらねばならないのだが、できなかった。

 このままガーネット城に住まわせてくれと言われたら、間違いなく許すだろう。そもそもあの城は、ルティシアの為に設計してある。王家直轄地にあり、王子らの母が住まうには相応しい離宮だ。

 ただ、頻繁に通うには、王宮から馬を飛ばして半時間と、少々遠い。

 いや距離など関係ない。

 初めからアージェスの願いは一つだけだ。

 王宮へ戻すことだ。

 もう誰一人、ルティシアを悪魔などとは呼ばない。

 残りの王子らも、近々王宮へ招くことになっている。

 他国へ行かせるロベルトのこともある。赴かせるまでのほんの短い間だけでも、親子揃って過ごしたい。

 その夢がどうしても捨てきれない。



 しばらくして、宰相のパステルがアージェスの忘れ物を届けに来た。

 定刻となり、頭上に冠を戴きマントの裾を翻すと、開かれた広間へと踏み込んだ。


 この日アージェスは、国中の貴族と交友のある諸国の使者を招き、第一王子シャーリーのお披露目の夜会を開いた。

 広間には埋め尽くすほどの招待客らが集う中、最奥の王族が並ぶ壇上には、国王のアージェスとシャーリーが立った。控えの扉は静かに閉ざされ、人々のざわめきが波打った。

 

 数ヶ月前であれば、壇上にはアージェスを中心に、美しい王妃や側妃、姫たちが艶やかな装いで集い、それはもう眩いほどに豪華絢爛であった。

 王妃マリアと離縁した後、それにショックを受けた側妃らが次々と里下がりを申し出てきた。マリアと同じく一人一人と面談し、ある者は生家へ戻し、ある者は家臣の中に心に決めた者へと下賜し、娘と共に手放した。

 

「後宮の奥方との間にお世継ぎが設けられないと、業を煮やされ次々と離縁なさったとか」

「ご愛妾との間にばかり男君がお生まれになられれば、仕方のないことですわ」

「だからといって、何もご側妃まで追い出されることはないだろう」

「やりすぎで不能になられとか」

「滅多なことをいうものではない。無駄にご側妃がいらっしゃることに堪えかねられたのだろう」

「ご心労はお察しするが、姫君まで手放されるとは、何をお考えなのやら」

「誰もお止めできなかったとか」 


 噂が噂を呼ぶ。

 

 一通り挨拶を終えた後、壇上から降りると上流貴族らが真っ先にシャーリーの周囲に集い、婦人たちがアージェスを取り囲んだ。

 不能という噂を、ご婦人方は都合よく聞き流したらしい。

 信じてくれれば良いものを。

 しばらく付き合ったが辟易したアージェスは、適当な言い訳をつけて広間から抜け出した。

 庭へと逃げてくると、それを目ざとく見つけたセレスが追ってくる。


「ご婦人を口説きもせずに、こんな早く抜け出してきていいのか?」


「いつの話だ? 俺はもう四十のおっさんでおまけに不能だ」


「決め付けるなよ。誰も本気で信じちゃいない。独身の王に輿入れの申し入れも日増しに増えてるんだ。黙っている大臣達もそのうち煩くなるぞ」


「分かってる」


「戻れよ。お前の治世はまだ終わっちゃいないんだ。殿下に譲るにはまだ早ぇよ」


「ふう、人使いの荒いやつだ。俺は眠いし疲れてるんだよ」


「知ったこっちゃねぇ、そんなの自業自得だろうが。とにかくさっさと広間へ戻れ」


「厳しいやつだな。少しぐらい俺に息抜きさせてくれてもいいじゃないか」


 なんだかんだと言いながらも、アージェスは息子達の件でセレスにはもう頭が上がらない。

 不満を漏らしながら、やれやれと重くなる身体を引きずって広間へと戻った。

 

 再び婦人達に群がられるのかとうんざりしていると、人々の視線は大広間の入り口に注がれ、なにやらざわめいていた。


「なんだ?」


 気にはなったが、すぐに面倒になり最奥の玉座に腰を落ち着けた。


 何かあるならそのうち誰かが報告にでも来るだろう。


 やがて招待客らが、二つに分かれて中央に道が開かれていく。人と人の間にかすかに何かが見えてきた。その正体に、アージェスの時は止まる。



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