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第27話 壇上の国王一家 1

 マリアがアージェスに離縁を求めたのは、一月後のことだった。

 そしてその日、アルドリス家が管理するガーネット城に産声が上がり、早朝にはアージェスの元に報せが飛び込んできた。



「勝手を申しまして、お許しください」


「王妃としてあり続けたお前に、止めを刺したのは俺だ。泥は全て俺が被る」 


 執務室の長椅子でマリアと向き合い、アージェスは淡々と告げた。

 愛情はかけられなかったが、マリアを嫌いだと思ったことは一度もない。寧ろ、王妃として懸命に王を支え、後宮をまとめていた彼女に、時に頼ってさえいることもあった。

 ルティシアに出会っていなければ、極普通に愛情をかけられただろう。

 だがアージェスは一人の女に心奪われ、己の生涯を賭けたくなるほどの愛を知ってしまった。

 マリアのみならず、側妃達もそんな王と、権力に固執した父親らの犠牲になったのだ。

 その際たる犠牲者は、処刑されることになったバーバラだ。刑は既に執行され、奇しくもルティシアの名は、王の寵妃として国中に広まることになった。そして、その名は王子らを公表すると共に国母として認知されていくだろう。

 そうなれば王妃マリアの影はいっそう薄れることになる。

 王妃としても、女としても幸せにしてやれないと承知の上で、これ以上留める理由はない。できることは解放して、新たな幸せの道へと送り出してやることだけだ。


「……どうか、娘達を宜しくお願い致します」


「前にも話したが、娘は駒には使えん、連れて行け。お前も承知しているはずだ、下手に残れば、人質は免れてもどの道政略結婚は免れん」


「王女と生まれたからには致し方ありませんわ」


 娘達の幸せを願うからこそ、一存で覆そうというのだ。

 せめてもの親心ではないか。

 アージェスはやれやれと息をつく。


「反吐が出る正論などもううんざりだ。はっきり言ってやる。邪魔だ。俺はお前との離縁を期に、残りの側妃も娘も全員追い払う。誰もいなくなったところでルティシアと結婚する」


「そういうことでしたら、二人とも連れ出させていただきます」


 どこかすっきりとした面持ちでマリアは答えた。


「分かれば良い」


 適当を装って返すと、マリアがゆっくり茶を含み、静かな時間が流れる。

 一時期は多忙を極めたが、近頃はアージェスの執務も落ち着いてきていた。

 急ぐこともなく、王妃として務めたマリアとの残り少ない時間を、彼女の気が済むまで付き合う。


「……近頃は外出なさっておられないようですが、あの方にお会いになられていらっしゃいませんの?」 


「暇がないのでな」


「お生まれになられたのではございませんの?」


「耳が早いな。今朝未明に生まれたらしいが……急を要するわけでもないからな」


 美しい姫が生まれたと、セレスから報せを受けた。

 一月後と言わず、会いに行ってやれと。  


「バーバラに襲われて、錯乱状態になられたとか」


「ああ、落ち着きはしたが、俺の話をすると発作を起こすらしい」


 二月前のエミーナの報告書に因るところだがな、と内心でつぶやいた。


 あまりしたい話ではないが、マリアなりに気に病んでいるのだろう。おまけに彼女は情報通だ。相手が悪いと諦めた。


「こんなことを申し上げると、わたくしが嫉妬しているとお思いになられるかもしれませんが、あの方は、王妃になることを望まれるような方ではないと、お見受けしましたわ」


 身近な者以外には頑なな態度を取るルティシアだ。

 本妻と愛妾は、夫の知らぬところで一体どんな話をしたのやら、痛いところを突いてくる。 


「ああ。……承知してる。それでも俺は、アレを誰よりも傍に置きたいと願ってやまない」


 ルティシアとの間に男児を設けていることを大臣らに告げて以来、アージェスは一人寝の夜を過ごしていた。

 後宮の妻達を抱く理由がなくなったのだ。

 意に沿わぬ行為から解放され、それだけでも随分と肩の荷が下りた。

 もうルティシア以外の女を抱くことはできないだろう。

 かといって、願いが叶うとも、叶えようとも思っちゃいない。

 無理強いで、ルティシアは幸せにできない。

 彼女が真に望んでくれなければ意味がない。

 アージェスはただひたすら、ルティシアが望んでくれるのを待つだけだ。

 それまで独身を貫くだけのこと。ルティシアの為ではない。もうルティシア以外の女に、傍にいられることさえ限界なのだ。


「お気持ちが、あの方に届くと宜しいですわね」


「……ああ」


 マリアは茶器を置くと静かに立ち上がった。

 一礼の後に退室する背に、アージェスは最後の言葉を投げかける。


「娘達には幸せな結婚をさせてやってくれ。……お前もな、マリア」


 振り返ると、マリアは無言のまま、ドレスの裾を摘まみ上げて丁寧にお辞儀をした。

 なだらかな薄い肩が小刻みに震え、床に幾つもの透明な雫が落ちた。



    ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 日が沈み、時刻になるとアージェスは大広間の王族控え室に入った。

 先に入室して長椅子で寛いでいたシャーリーが、入ってきた父を見て怪訝に声をかけた。


「父上、冠とマントはどうなさったのですか?」


「ああ、執務室に忘れてきた。誰かが持ってくるだろう」


 息を付くと、シャーリーの隣に身を投げるように座った。 

  

「今日もお顔色が優れぬようですが、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。今日はお前の晴れ舞台だからな」


「……なにゆえ、母上をお迎えに行かれないのです? 僕はそろそろ母上にお会いしたいのですが。父上がお迎えに行かれないのでしたら、明日、僕だけでも出向かせてもらいます。無論、セレス・アルドリスの息子としてお会いしますので、ご心配には及びません」


 まるで独り言のように、シャーリーは嫌味を交えて淡々と告げた。


「抜け駆けはずるいぞ」


「仰られる意味が分かりません。出産後一月でお迎えに行かれる約束を、一月も延ばされているのは父上ではありませんか」


 王妃マリアと正式に離縁してから二月。同時にルティシアが出産してからも同じ月日が過ぎていた。

ふとアージェスは、とあることを思い出し、息子の問いを無視してじとっと睨む。



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