第4話 金獅子の首輪
アージェスは午後の評議を終わらせると、家臣らと夕食の席に着いた。
騎士がやってきて耳打ちをする。
下がらせると、侍女を呼びつけて自分の左隣に席を用意させた。
並ぶ席に面々が揃い、神に祈りを捧げ食事が始まる。
そこへ、先ほどの騎士がドレス姿の少女を伴って戻ってきた。
アージェスを変態呼ばわりした娘だ。
青白かった顔には薄く化粧が施され、漆黒の髪は結い上げられ、髪飾りでまとめられている。昼間会った時のみすぼらしさとは打って変わり、目を惹く美しさに仕上げられていた。
食事の間にいる者達の視線が彼女に集まり、少女は怯えたように萎縮した。
顔が見えたのはほんの一瞬で、すぐに俯いてしまうのがもったいない。だが同席する大半の側近らは、そのように感じなかったらしい。
「これがメリエールの……紅い目の娘か」
(だから何だ)
不快を露にざわつく重臣らをよそに、アージェスは騎士を促し、左隣の席へとルティシアを座らせた。
壁際で控えていた小姓を手招けば、少年が盆を手に国王の下へやってくる。
運ばれてきた盆には、真綿の入ったクッションの上に、細い金のリングが載せられていた。
輪の側面には獅子の紋章が刻印され、それを手に取ると留め具を外す。
半分に折れて開いたリングをルティシアの細い首にかけ、小さな金属音を立てて嵌めた。
瞠目した赤い瞳がアージェスを仰ぐ。
隠すように伏せられていた瞳が露になり、その色に側近らがまたざわつく。
「俺の所有物である証だ」
この国には奴隷制はないが、唯一国王だけが持つことを許されている。それを知らしめるために、王は奴隷に己の紋章を刻んだ首輪を嵌める。
少女は、青ざめて驚愕した。
なんの説明もなく、いきなり奴隷にされたのだから無理もない。
「そう、怯えるな。戦場で騎士は己の紋章を描いた盾を持つ。紋章を盾に描くことで一目で持ち主を確認することができるわけだ。おまえに与えたその首輪も同じこと。貴族の屋敷と違って、王宮はその何倍も広い。俺の紋章入りならばおまえをすぐに見つけられるし、俺以外の者がお前に不用意に触れることもできん。放し飼いにしてやるから、好きにするがいい」
不敵に笑って侍女を呼びつけると、ルティシアの食事を用意させた。
王の隣席に、華美な装い。皆と同じ食事を取る光景は、一見すれば王の后かお気に入りの側妃にも見えた。
事実上は奴隷という立場がなければ、食事の間は一瞬にして、怒りと憎悪が渦巻いていただろう。
それでなくとも招かれざる客と言わんばかりに、空気はどよめき、当のルティシアは重苦しい雰囲気を纏い、反論も拒絶もなく沈黙を保っている。食欲をそそる様な宮廷料理が出てこようとも、強張った表情を緩めることはない。
今ある手持ちの意匠で着飾り、特別に王の隣席を与えられ、気に入られる誉れよりも、やはり『奴隷』にされたことは相当、堪えたのだろう。
離れたところに座っていたセレスが、場と少女を和ませるように声をかける。
「お嬢さん。陛下の気まぐれだ。気にすることはないよ。すぐに飽きて首輪も取ってくださる。こう見えても、陛下はお優しい方だ」
「それもそうだ」
セレスの言にその副官が頷いて笑う。
気分を害することなくアージェスは機嫌よくつけ足した。
「まあ、ご婦人方には俺の優しさは不評なことが多いがな」
白い髭を生やした古参の重臣らが、ここぞとばかりに口々に不平を吐き出す。
「それはそうでしょう。節操なしですからな」
「早く身を固めていただけたら、我々も少しは肩の荷が下りるのですがね」
「ご紹介のたびに手を出されては、その傍からまた別のご婦人に手をお出しになる。ここへきてもう何人の諸侯が踊らされては、嘆いて帰ったことか」
「結果的にやつらが諦めただけで、俺は一度も強引なことはしていない」
「『挨拶代わりに、寝台に誘うのは男の礼儀』でしたか?」
「昔からの間違った流儀を、改められるべきでしょうね」
近衛のセレスと副官も黙っていられないらしい。副官が平気で主君の悪癖を暴露し、賛同するようにセレスが援護射撃を放った。
居並ぶ重臣たちはそこに原因を見出して、一様に嘆息をつく。
まるで己の武勇伝を聞いているかのように満足げに微笑んで、アージェスは酒盃を傾けた。
「つまみ食いはほどほどにしていただけませんと、どこの馬の骨とも分からぬ女が身篭ったと訴えてきても、調べようもございませぬぞ」
「陛下に限ってそれはなかろう。なにせことを終えた後に、滋養剤と偽って避妊剤を与えておられるようですからな」
「避妊剤とな? ただでさえ人口が少ないというのに、そんなけしからんモノが出回っておるのか?」
「いやいや、我が国ではありませぬ。タルタロゼルあたりでしょうな。大国ゆえに規制も追いつかぬようで、そのようなものが闇市で出回ってるとか。陛下は随分前にかの国に物見遊山に赴かれたようですから、折に触れて買い求められたのでしょう」
どこから情報が漏れるのやら、家臣らの顔が険しくなる。
「成人年齢を引き下げねばならぬかつてなき人口激減の危機に、追い討ちをかける悪行ではありませぬかっ。陛下であらせられなければ、厳罰に処されても文句は言えませぬぞ」
一言返すごとに、小言の尽きない重臣らに責められて、アージェスは拗ねる。
(嫁もいらんが、我が子などもっといらん)
不平が口まで出掛かかったが、それだけはやめておいた。そんな愚痴を漏らせば、五倍返しどころの騒ぎではすまなさそうだ。重臣どころかそこらの騎士にまで会うたびに説教をされかねない。
「俺はこう見えて真面目なんだよ。身体目当てで抱いた女に子など生ませられるか」
暗に皆の顔に『当然』の文字が浮かび、応酬は尽きない。
「では一日も早く、身体だけが目当てではないご婦人を、奥方にお迎えください」
「分かった、分かった」
(嫌味まで言いやがって、こいつらマジ、面倒くせぇ。だから王なんか嫌なんだよ。酒が不味くなるだろうが)
貴族であれば男児に恵まれなければ養子を迎えることも許されるが、何百年と系譜を守り続けた王家の由緒正しき血統は、この国の民の誇りでもあった。
重箱の隅を突くように始まる毎度のやり取りに、アージェスは内心で悪態をつき、行儀悪く酒盃を片手にテーブルに肘をついた。
不意に隣席の存在を思い出して目を向ければ、ルティシアがいるかいないか分からないほど薄い存在感で、仕事でもこなすかの如く、黙々と食事を取っていた。
「俺の顔を見ると女共は皆、物欲しげな顔をする。寝台に誘えば頬を染めてすぐについてくるのだからしかたがあるまい。嫌なら断ればよいものを」
国王に誘われてそれを拒む無礼者などいるわけがない。
おまけに見目の麗しい若い王となれば、声を掛けられただけで婦人は喜ぶだろう。
それを自覚した上で誘うのだから、無駄に期待させるだけ質が悪い。
その場にいた誰もが、同様のことを思っただろう。
だが一人、例外が存在した。
国王の興味はそちらに向いている。
アージェスが手にしている杯を置き、俯くルティシアを見つめ、頬に手を伸ばした。
婦人なら誰もがそんなことをされれば胸をときめかせ、彼の青い瞳に魅入る。
しかし眉目秀麗な国王を相手に、ルティシアは目も合わそうとはせず、頬を紅潮させるどころか嫌そうに身を仰け反らせた。
「嫌か?」
問われたルティシアは、コクリとはっきり頷いた。
その反応に、アージェスはくくっと、静かに笑うと堪えきれずに腹を抱えて爆笑した。
まるで飼ったばかりの小動物の反応を愉しむ子供のような国王の様子に、このとき家臣の誰もが呆れながらも、セレスの意見に同意していたに違いない。
飽きたら手放す、そしてこの娘にだけは、法を捻じ曲げてでも、必ず避妊薬を与えなければならない、と。
夕食後、浴場で汗と疲れを取ると、アージェスは自室の長椅子に長身を横たえてぶどう酒を堪能した。
そこへ野暮ったい寝衣を纏ったルティシアが連れてこられる。
すっかり世話役にされた騎士が下がると、アージェスはにやりと笑って問う。
「あれから四年か、いくつになった?」
恐れをなしてか、戸口で固まったようにルティシアは立ち尽くしていた。
アージェスは手にしている杯を近くのテーブルに置くと、ルティシアに歩み寄る。
ルティシアが、警戒して扉まで後ずさり、逃げ場を失う。扉とアージェスに挟まれて顔を強張らせた。
細い両手首をそれぞれの手で掴んで壁に押さえ、白磁のように白く滑らかな首筋に、唇を寄せた。
ビクリと華奢な体が震え、ルティシアが今にも泣き出しそうな弱々しい声で言い募る。
「十八になったところ……です。……姉を……姉を、お召しください」
アージェスは口の端を引き上げた。
はじめは渋ってみせても、アージェスの魅力に陥落しなかった女など一人もいない。
必ず落ちると確信しながら耳元で甘く囁く。
「簡単に足を開く女には飽きた」
「……わ、私の体は貧相で、陛下のお役には立てません」
ルティシアは目に涙を滲ませながら、視線を彷徨わせ、逃げる隙を伺っている。
その様子は、アージェスが今まで関わってきたどの女とも違い、新鮮だった。
小さな顔に大きな双眸、涙で濡れた頼りなげな紅い瞳と、濡れた艶やかな長い睫。
高すぎない鼻に、白い頬。
整った顔立ちは貴族の娘らしく気品に満ちて美しい。
華奢な身体は凹凸が薄いが気にならなかった。
ルティシアを上から眺めて、十八と言えどまだまだ美しく成長するだろうと、想像すれば楽しみが増す。
「役に立つかどうかは俺が決めることだ。それにお前はもうこの国の法で結婚も認められる年だ。胸がなかろうとお前は女だ。俺の子を産むことだってできる」
(俺は一国の王だ。女にとってこれ以上の栄誉ある言葉は他にはあるまい)
今度こそ頬を染めて喜ぶかと思いきや、ルティシアはぶるぶると首を振った。
「む、むり……無理です」
青ざめて、挙句、ヒクヒクと肩を上下させて幼子のように泣きだすではないか。
男女の甘やかな雰囲気も何もあったものではない。これでは高ぶった欲情も好奇心も急速に失せるというものだ。
やれやれと溜息をつくと、アージェスは早々に面倒になってきて彼女から手を離した。
隣室から毛布を取ってくると、長椅子の上に置く。
「俺は奥の寝室で寝る。おまえはここで寝ろ。小さいお前なら充分だろ?」
城には王の欲求を満たす為だけに用意されている女がいる。
いつもなら適当に呼びつけるところだが、どういうわけかそんな気にもなれなかった。
寝室に入るとベッドに体を投げ出して寝転がり、かつての記憶を蘇らせる。