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第20話 初めての手紙

 食事中に遠くで馬の嘶きが聞こえ、ルティシアはそれだけでアージェスを連想して小さく震えた。椅子を寄せてすぐ隣にいるファーミアに縋りつくように、腕を掴んだ。

 食器にナイフとフォークを置くと、ファーミアがルティシアを安心させるように抱きしめてくれる。


「大丈夫ですよ。私がお傍におりますからね」


 コクリと頷いたところへ、騎士のオリオンがやってくる。

 罪名を待つ囚人のような不安に襲われて、ルティシアは浅く何度も呼吸してファーミアにしがみついた。


「セレス・アルドリス様がお見えです」


「私が出るわ」

 

 あらかじめエミーナが、王が来ても夫の名を出すようにと、オリオンに頼んでいたのだ。

 正規軍総司令官の妻だ。屋敷の者達の信頼も厚く、オリオンは快く従っていた。

 エミーナがすぐに立ち上がり、食事室から抜け出す。

 知らないところでそんなやり取りが行われ、アージェスが追い返されているとも知らず、ルティシアはゆっくりと息をついた。

 ファーミアに背中を何度も撫でられて、ルティシアは無意識に入った力を肩から抜いた。

 アージェスに会いたくないわけではなかった。

 だが無意識に恐れを抱き、逃げようとしている自分が情けない。誰かに甘えないと呼吸もできなくなる弱い自分が嫌になる。

 どうしてこんなふうになってしまうのか、自分でも分からなかった。


「さあ、もりもり食べますよ」


 ルティシアが落ち込みそうになっていると、遮るようにファーミアが明るく言った。


「ゆっくりでいいですから、食べられるだけ食べましょうね。私なんてどんどんお腹に余計なお肉がついてくるんで、残念ながら控えなければなりませんが」

 

「俺のメシは美味いからな。さあさあ、じゃんじゃん食べて下さいよ」


 料理番が新たに料理を運んできて、食欲のそそる芳しい匂いが充満する。


「この人、口はよくないですけど、都の名店の料理人だったんですよ」


 ルティシアはクスリと笑う。


「それ、随分前にも聞いたわ。お店に一度行っただけですっかり気に入って、そこの料理人が来てくれたって、凄く喜んでいたものね」


「そうでしたね。もう味付けが私好みで」


「俺はお前さんじゃなくて、ルティシア様に合わせてるんだがな」


「私とファーミアは味の好みが似ているのね」


「ファーミアが気に入ってくれるのはいいんだがね、ぶくぶく肉を蓄えちまって、制服だって特注ですぜ。それで婚期まで逃しちまって哀れなやつです」


「な、なにでまかせ言ってくれてるのよ。私はルティシア様のお傍にいる方が幸せだから、結婚しなかっただけよ」


 お互い意地を張りながらもなんだかんだと仲の良い二人に、ルティシアも楽しくなってくる。張り詰めていたものが自然と緩む。


「私もあなたとずっと一緒にいられて幸せよ」


 優しい人たちに囲まれて、ルティシアはゆっくりと落ち着きを取り戻していった。





「ルティシア様、お手紙が届けられましたよ」

 

 翌日のことだった。

 朝食を終えたところへ、王宮からの使者が訪ねてきた。

 取り次いだファーミアが戻ってきて、ルティシアに封書を渡す。

 見ると、封書の中央に、張り付いた硬い凹凸のある蝋印には、国王アージェスの獅子が描かれ封がされている。

 ルティシアの鼓動は、不安と恐れでドクドクと速くなっていく。

 察してか、すぐ隣にいるエミーナの手が、いつの間にか震えだしている手に重なってきた。


「陛下からです」

「大丈夫よ」


 ファーミアが送り主を告げ、エミーナが励ます。


「ええ……」


「怖がったりしたら、陛下だって傷つくわよ。案外、男の人って繊細なんだから」

「そうなんですよ。普段はそんなふうにお見せにはなられませんけど、ルティシア様に素っ気なくされた時の陛下は、気の毒なぐらいがっかりなさってますよ」


 本当は気づいていた。

 寂しそうに、遠慮がちになるアージェス。

 何か話したそうな雰囲気でも、言葉を呑んで、時に慎重に話していることを。

 知っていて、気づいていない振りをしていた。

 

 ルティシアは呼吸を整えると蝋印を破り、中から丁寧に畳まれた紙を取り出した。

 開いてみると、整った文字が整然と綴られている。

 

『ルティシアへ

 昨日、俺の血を引く息子が見つかり、今日にでも正式に公表することとなった。それに伴い、以前から持ち上がっていた隣国との和睦を進めることが決議し、本格的に調整が始まっている。その為、宮廷はひっくり返したように慌しい。

 様子のおかしいお前を見に行ってやりたいところだが、猫の手も借りたいほどの多忙ゆえ、時間が取れん。恐らく三月ほどはこんな調子だろう。

 五人目とはいえ、もうすぐ臨月に入るお前のことが気がかりだ。そこでエミーナに託すことにした。慣れない場所での出産は落ち着かんかもしれんが、主治医をつけておくから案ずることはない。

 お前はただ、無事に子を産むことだけ考えていれば良い。出産から一月後には迎えに行けるだろう。お前の元気な顔を見せてくれ。俺はそれだけで癒される。

アージェス』


(俺の血を引く息子が見つかった(・・・・・)……。

 まさか……)


 アージェスらしい文面の一文に、ルティシアの思考は止まる。これまで、王であるアージェスの後継者について、ルティシアは一度も聞いたことも確めたこともなかった。アージェス本人も、侍女や護衛などの屋敷の者達も、一切その話には触れなかった。愛妾でしかないルティシアには関わりのない問題であり、越権行為に他ならないからだ。

 それにも関わらず、王妃であるマリアが持ち出し、側妃のバーバラが乗り込んできた。

 彼女達の話を総合すると、王妃と側妃達の間に男児が設けられなかったことは事実で、早急に王の子息が求められているのだということも、理解できた。

 そこへ舞い込んできたアージェスの手紙。見つけられた王の子息。その報せはルティシアに、これまでに四度手放した子供達を思い出させた。

 だがすぐに否定する。

 悪魔と謗られ続けた自分が生んだ息子だ。宮廷が受け入れるわけがない。

 第一、アージェスはルティシアが男児を産んでも王位継承権は与えないと断言したのだ。


(きっと違う)


 ルティシアは読んだ手紙を、エミーナとファーミアに見せた。

 

「陛下はとてもお忙しいようですね」


 ファーミアがさも残念そうに言った。ルティシアは侍女に気遣わせないように口元に笑みを浮かべる。

 

「仕方がないわ。それよりも、私をエミーナのお屋敷に行かせようとなさっているみたいだけれど、そんなに長く厄介にはなれない。陛下にお返事でお断りを書くわ」


「あらあら、水臭いことを言ってくれるわね。しかも本人の私を無視してくれちゃって」


「エミーナ。でも私、これ以上あなたや、あなたのご家族に負担をかけられないわ。……そもそも私がエミーナのお子達に、受け入れてもらえるともわからないでしょう?」


「あなたの気持ちはわかったわ。でも、今一番大切なことは何?」


「今……一番大切なこと……それは陛下に私の事で煩わせないことだわ」


「そうよ」


 エミーナは言い切って更に心得を説く。


「陛下とて人間なのよ。些細なことで思い煩われてしまうこともあるの。まして大事なご公務を担われているのだから、あなたのことで煩わせてはいけないの。それはあなたが一番よく理解していることでしょう?」


「ええ」


「だったら、安心してご公務に集中して頂けるように、あなたはご心労をかけないようにしなくてはならないわ。その為にも、私達家臣がいるのよ。変に遠慮されたら私達が困るの、ね、ファーミア?」


「はい、エミーナ様の仰る通りですよ。私も同行させていただきますから、ご安心ください」


 どうやら、知らないところで話が進んでいたようだ。二人に力説されて、ルティシアは観念する。



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