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第18話 堕ちゆく権勢

「第一王子のシャーリーだ」


 宮廷の主立った家臣らを広間に招集し、正装させたシャーリーを紹介した。


「ま、まさかっ」

「セレス・アルドリスめっ」


 一部の重臣らが悔しげに傍に控えるセレスをねめつけ、その中でも宰相や何人かの大臣らは、驚くことなく見守っていた。

 それを悔しがる重臣らが不審の目を向けた。


「まさかとは思うが、宰相殿もご存知であったか?」

「殿下が政務官におなりになるなり、ご自分の執務室に配属なされましたからな」


「あの方の面影のあるお顔立ちに、陛下のご友人でもあるアルドリス殿の息子となれば、疑う余地は大いにござった」


「相変わらず抜け目がありませぬな」


「しかし、その若さで、政務官の試験に合格された頭脳明晰さは素晴らしい」


「文武両道。実に立派な王子殿下ではございませぬか。将来が楽しみですな、陛下」


「そうだな」


 生みの母ルティシアは、かつては王宮中を敵に回していた。渋々でも最終的には皆が受け入れざるを得ない状況ではあったが、最初は戸惑い、さぞや反感をかうものと覚悟していた。ところが、蓋を開ければ拍子抜けするほど概ね受け入れられていた。先刻発令したルティシアに対する非礼罪も効果はあっただろう。

 しかも息子が褒められるとも思っておらず、ぐっと込み上げてくる。

 目頭が熱くなり、喉が詰まって答えた声は恥ずかしくも掠れた。アージェスは誤魔化すように隣に立つシャーリーの頭を乱雑に撫でた。

 一切自分で育てることのできなかった息子だが、それでも自分のことを褒められることよりも、ずっと嬉しいことだと親としての喜びを知る。 

 愛情もかけられない女を次々と娶り、意に沿わぬ行為を続け、後宮から男児が生まれるのを、ひたすら待ち続けた日々が思い出される。

 それがこうも簡単に叶ってしまうとは。

 すべては、葛藤と不安に苛まれながらも息子を産んでくれたルティシアのおかげだ。そして王宮の目を盗んで、育ててくれた親友夫妻あってのことだ。

 身勝手な親の都合で振舞わされる息子を思えば、手放しで喜べることではないが、感謝してもしきれない。



 息子をセレスに預けて下がらせると、捕らえさせたバーバラとその父であり大臣を連れてこさせた。


「陛下、お助けください。全て悪いのはあのルティシア・メリエールなのです」


 縛り上げられたバーバラが泣きながら這いずって訴えていた。

 オリオンの報告では、駆けつけたときルティシアを、一回り大柄なバーバラが馬乗りになって首を絞めていたそうだ。

 何の罪もないルティシアが、アージェスを怯えながら謝罪する姿が眼に焼きつき離れない。

 身重でいきなり襲ってきたであろうバーバラに、いわれなき理由で責められ、罵られ、首を絞められたのだ。

 どれほど恐ろしい思いをしたことか。 

 バーバラの父親は、何かあるごとにルティシアを悪魔呼ばわりし、全ての責任を呪いと決め付けて憚らなかった。その父親に唆されたのだとしても、何の罪もないルティシアを殺そうとしたのだ。情状酌量の余地はない。


「黙れ、何の証拠もなく、この期に及んでまだ世迷言を申すか、見苦しい。そなたは身篭るルティシア・メリエールを殺そうとした。生まれてなかろうが、そなたは王の子に手をかけようとしたのだ。断じて許し難し。王都広場にて公開斬首の刑に処す」


「そ、そんな……」


 口元で呟くと、バーバラは愕然と床に崩れた。


「陛下、何ゆえ私まで捕らえられねばならぬのです。此度のことはご側妃のバーバラ様が勝手になさったこと。私には関係ございません」 


 大臣は娘の顔を見ることもなく、平然と言ってのけた。


「そ、そんな父上っ」


 父親にまで見捨てられた哀れな娘が悲痛な声を上げた。


「そなたが後宮に出入りし、バーバラにルティシア・メリエールを陥れることを吹聴し、唆したことは何人かの侍女が聞いたと証言もしておる。よって、親子揃っての企てとみなし、同刑罰に処す」


「な、何を仰られておられるのです。その侍女どもが聞き間違ったのでしょう」


 禿げ上がった額を脂汗で光らせ、引きつった醜い顔で訴えた。


「そなたがルティシアを悪魔と罵り、何かあるごとに呪いだと喚いているのを、余も幾度となく聞かされてきた」


(目障りだ)


 青褪めて絶句する古狸を冷酷に見据えると、眼だけで親子を牢獄へと連行させた。



    ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 一連での王を、離れたところから宰相のパステルが見ていた。

 午前中の審議で気絶させられた娘のマリアは、目覚めてもまるで抜け殻のようになって寝込んでしまった。

 パステルは宰相として、父として見誤ったのだ。

 王の意向を無視し、背信した男の娘を排除し、思惑通りに娘を王妃の座に就かせた。

 浮名を流し遊び続けていた王だ。一時一人の娘に執着しても、美しい娘を与えれば、心変わりすると思っていた。

 マリアはよくできた自慢の娘だ。我が娘であれば、王は気に入りやがて世継ぎを設けられるものと考えていた。

 すべては順風満帆であり、王も最低限の儀礼は弁え、機会もあった。

 だが、神はパステルとマリアにそれ以上のものは与えてはくれなかった。

 負けたのだ。

 己もマリアも、そして王の側妃へと娘を差し出した大臣らも。

 賢明な者達は、世継ぎが設けられずに日に日にやつれていく王を目の当たりにし、王妃が言い出す以前から限界を感じ取っていた。

 王家の血脈が絶えれば国は求心力を失い崩壊は免れない。権力にしがみつく者達にとっても正当なる王位継承者の存続は欠かせなかった。

 齢四十の王に宮廷の者達の焦りは、日増しに濃くなるばかりだった。

 そこへ明らかになった王の血を継ぐ男児の存在。その母親が曰く付であろうと、もはや問題ではなかった。それも立派に成長した御歳十五の有望な若者となれば、願ったり叶ったりである。

 つまるところ、ルティシア・メリエールが悪魔だと誰も本気で信じてはいなかったのだ。年頃になる娘を持つ大臣らは、我先に娘を後宮に送り込み、世継ぎを産ませてその祖父となり、権力を得ようとしていた。それを、生家を失った裏切り者の娘に奪われるのが、許せなかっただけだ。

 そんなものの為に、王もルティシアも苦しめられてきたのだ。


 これ以上、望むべくもない。



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