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第3話 王に選ばれた戦利品

 国を護り、王都へと凱旋を果たした新王は、多くの民衆から大歓声で出迎えられた。

 

 それから一月後。

 午後のひとときに、近習がアージェスに茶菓子を用意しながらクスリと笑った。

 長椅子にだらしなく寝そべったアージェスは、無礼な近習を不機嫌に睨む。

 

「なんだ?」


「申し訳ありません。あなたがあまりにもよく働かれるので、感心していたのですよ」


 友人でもある近習の親しげな物言いに、アージェスは居心地の良さを感じながら笑う。戦後処理から始まり、本格的な国政へと移る執務に、なんだかんだと真摯に向き合っていた。


「全くだ。自分でも感心する」


「セレスがあなたに感謝してましたよ」


 アージェスは、近習が入れた紅茶を一口すすって言う。


「俺を追いかけまわさなくてすむからだろ?」


「ええ。その分他の事に時間が使えると言ってました」


「エミーナか? 四人目を妊娠してるらしいな?」


「そのようですね」


「自慢されたよ。全く、結婚して六年にもなるのに、よく飽きもせず同じ女ばかり抱けるもんだ。気が知れない」


「愛し合っていれば、自然なことですよ。陛下はたまたまそういう婦人に、まだ巡り合っておられないだけでしょう」


 アージェスは飲み干した茶器をテーブルに戻すと、菓子を摘んで溜息をつく。


「これ以上、縛られるのは真っ平だ。女は好きだが、妻など煩わしい」


「相変わらず、ですね」


 近習が苦笑した。



 他愛無い午後の一時を過ごした後、彼の元に騎士がやってきて耳打ちした。

 たいして関心もないが、促されて指定された部屋へ入った。

 美しく着飾った六人の貴婦人が椅子に座って、国王を待っていた。

 彼女たちは国王の姿に一瞬で目を奪われ、うっとりとした眼差しを向けてくる。

 媚びるような女たちの視線をかわし、別の気配に気づいて辿ると、壁際に一人の少女が立っていた。

 小柄で背が低く、腰まで伸びた髪は、ベルドールでは殆ど見かけることのない漆黒だ。

 髪の下から覗かせた首筋は、陽を知らぬかのように白い。

 俯いていて顔がよく見えない。

 他の女たちとは違い、壁際の少女は町娘のような簡素な服を着ていた。

 服装からして城の女官や侍女ではないことは明白だが、およそこの場には相応しくなかった。


 後ろで控える家臣に問う。


「メリエールの六人の娘たちだな?」


「はっ」


「で、あの娘はなんだ?」


「メリエールの七人目の娘です。この娘だけ離れに住まわせていたようなので、念のため連れてまいりました」


「隠していたというわけか?」


 興味をそそられたアージェスが近づこうとして、婦人たちが口を揃えて制止する。


「お近づきにならない方が宜しいですわ」

「そうですわ、陛下」

「御身に、災いが降りかかります」

「わが父もそれを恐れて、離れに住まわせたぐらいですから」

「隠していたのではなく、遠ざけていたのですわ」


 黒髪の少女は壁に身を寄せ、怯えるように萎縮し、騎士までが、国王の前に出て片膝をついて止めに入る。


「陛下、この者たちの申すことが偽りとは思えませぬ。お近づきになられぬ方が宜しいかと存じます」


 案じる家臣に、アージェスは不敵な笑みを浮かべた。


「流行病にでもかかっているわけではあるまい?」


「はい、ですが……」


 騎士が言いよどむ。


「生憎、迷信は信じぬ性質(たち)でな。禁じられればなおのこと知りたくなるのが、俺の(さが)だ」


 阻む家臣を押しのけ、アージェスは大股で少女に近づいた。

 彼の肩にも満たない少女の前に立つと、顎の下に手を添えて顔を上げさせた。

 少女は顔を強張らせながら瞼をきつく閉じていたが、アージェスにはその顔を見ただけで充分だった。   

 どれほど特殊な女なのかと興味が沸いたのだが、期待が外れてがっかりだ。


「なんだ、おまえ、ルルじゃないか」

 

「お知り合いだったのですかっ!?」


 背後で家臣と女たちが驚いていた。

 沈黙の中、少女の瞼が開き、露にされた鮮やかな深紅の双眸がアージェスを捉えた。

 彼を見上げるなり、少女が瞠目して後ずさる。


「変態アーシュっ!」


 鳥のさえずりのような可愛らしい高音で、いっそ清清しいほど吐かれた暴言に、アージェスはくつくつと腹を抱えて笑った。


「なんという無礼なッ!」


 姉の一人がすかさずヒステリックに妹を咎めた。

 それをアージェスはルルと呼んだ少女に目を向けたまま手で制す。


「懐かしいな。俺を覚えていたとは」


 アージェスは騎士に目をやり、白々しく確認する。


「さてと、先に選べということだったか?」


 王の気まぐれを察して憂いを滲ませた騎士が、口早に告げる。


「お気に召される者がなければ、お選びになられることはございません。なにぶん……」


 反逆者の娘ですので。

 と、告げている家臣の台詞を無視して、アージェスはルルと呼んだ少女の腕を掴んだ。

 ニヤリと悪企む笑顔を湛えて囁く。


「俺の箱庭には、おまえがよさそうだ」


 彼女は蒼白になって自分の手よりも大きな手を振り払い、アージェスの脇をすり抜けて部屋から飛び出した。

 逃げていく小さな背を眺めてアージェスは愉快になる。


「残りの女は好きにしろ。それから、逃げた俺の赤目の白兎を連れて来い」


「御意」


 騎士が廊下へと足早に向かうと、アージェスは女たちを振り返って冷たく言い放つ。


「目の色が赤いというだけで、ルティシアは他の女と何も変わらん。俺が最も厭うのは、つまらん理由で人を蔑む屑だ。よく覚えておけ」



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