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第5話 独占欲の塊

 後宮のとある一室では、床に妃のバーバラが跪いて泣きながら謝罪していた。


「申し訳ございません。何卒お許しくださいませ」


 バーバラは半年前に後宮入りした側妃で、アージェスの子を懐妊していた。

 身ごもったことが判明して喜びも束の間、彼女は足を滑らせて転倒し、あっけなく流産してしまったのだ。

 立ち尽くす国王アージェスは、茫然とその姿を見下ろしていた。


「もうよい、過ぎたことだ」


 感情のない口先だけの慰めしか出てこない。

 娶ったばかりのバーバラの部屋に、頻繁に通った日のことが思い出されて、がっくりと項垂れる。

 バーバラは十八歳と若く、顔も肌も美しい娘だった。

 身分も家柄も申し分なく、不満などない。

 だが、その気になるまでに時間を要した。

 バーバラの部屋に通っても、抱きたいと少しも思えず、無駄にだらだらと時間を過ごす夜が幾日もあった。

 それでも己の役目と、何度も自分に言い聞かせて意に沿わぬ行為に励んだ。

 思いのほか早期に懐妊へとこじつけ、安堵していた矢先だった。

 それだけにどっと疲労感が押し寄せる。


 何もする気になれず、アージェスは後宮を後にすると、馬を走らせ、敷地内にある秘密の隠れ家へと向かった。

 屋敷から少し離れた場所で馬から下り、庭の方へと近づこうとして足を止めた。

 庭とアージェスが立つ位置の中ほどの茂みに、何者かが身を潜めていた。

 その横顔をよく見れば、セレスの息子シャーリーだった。 

 シャーリーは周囲を伺うようにしながら、庭の椅子に座ってくつろぐ貴婦人を見ているようだった。

 やがて少年は、近くに潜む王の存在に気づかぬままその場から去っていった。

 アージェスも彼女の様子を遠目から眺めて、引き返そうとしていたのだが、他の男の影があることに気づかされて、素直に帰ることなどできなかった。


 馬を連れて庭に入ると、馬の嘶きに座っていたルティシアが、敏感に気づいて椅子から立ち上がった。

 悪戯心で植え込みの陰にしゃがんんで身を隠し、隙間から彼女の様子を窺う。

 不安げな表情で、ルティシアが後ずさり、艶やかな赤い唇を動かす。


「どなたかいるの?」


「俺だ」


 短く告げて立ち上がって近づくと、ルティシアの顔に安堵と喜びの笑みが浮かぶ。


「陛下」


 高くなる声音は、アージェスの訪問を快く受け入れてくれているようで嬉しい。

 待ちきれずに細腰を浚い、抱きしめた。 

 顔を上げさせて唇を奪うと、キスを深める。


(俺以外におまえに会いに来る男がいるのか?)


 聞きたくて仕方がなかったが、それを呑み込んでルティシアを抱き上げた。

 彼女の部屋へと連れて行く。

 窓から明るい陽の光が射していた。

 昼間にルティシアを訪ねるときは、お茶を飲みながら午後の一時を過ごすに留め、触れることは控えているのだが、どうにも自分を抑えられそうになかった。

 寝台に横たえると纏っているドレスを脱がしにかかる。

 ルティシアが困惑しながら、アージェスの手を止めた。


「お待ち下さい、陛下」


「俺が嫌か?」


 柔らかな口調を心がけた。


「いいえ、決してそのようなことはございません。……」


 アージェスは、重ねられたルティシアの手を掴み、引寄せると自分の頬に宛て、何か言いたそうにしているルティシアの言葉を待つ。


「ではなんだ?」


「あの……」


 躊躇うルティシアの滑らかな手の甲に、唇を這わせる。

 手首を捻り内側の柔らかい肌を強く吸いあげた。

 ちゅっと、音を立てて唇を離すと、ルティシアが恥ずかしげに俯く。


「明るい部屋で、俺に裸を眺められるのは嫌か?」


「……その……」


 掴んだままの腕を引き、アージェスは彼女の白いうなじを嘗めた。

 止まらぬ愛おしさに、興奮して息が荒くなる。何度も何度も抱かせて欲しいと、請うように強く吸いあげる。その度に、ルティシアが息を詰めて体に力を入れた。

 その反応が可愛くて、また吸い付く。

 愛おしさが募ると、細身に己の痕を残さずにはいられない。

 独占欲で己の子懐妊させたくて仕方がなくなる。ルティシアが望んでいないと知るからこそ、なおさら求めずにはいられない。


 弱りきった声で、ルティシアはアージェスに告げた。


「身篭りました」


(やはりな)


 自分で分かっていた。後宮に側妃が増えるたびに妻達を抱くことに抵抗を感じ、その反動でルティシアへの想いが募っていくのを。ルティシアとの子が欲しいわけではないのだが、愛する女に己の子を身篭らせようとする男の本能に突き動かされていた。避妊薬と偽り、滋養剤を与え、無防備な体内へ子種を浴びせ続けていたのだ。

 以前、ルティシアが懐妊を恐れて奉仕を望んでいた。思えばルティシア自身、予感していたのかもしれない。


「……申し訳ありません」


 ルティシアは複雑な表情で謝罪を口にした。


「お前は俺の愛妾だ。務めを果たしたに過ぎん。お前に一切の非はない。子は国の宝、めでたいことだ、謝るな」


 深く愛し合ってできたのだ。喜びこそすれ、決して忌むべきことではない。

 ルティシアをシーツへ押し倒すと、滑らかな頬に手で触れて、不安の色を滲ませる真紅の双眸を見つめた。

 安心させるまじないを言ってやらねばならない。


「生まれたら、またすぐに孤児院へ送る。おまえはただ毎日、俺のことを考え、無事に子を生むだけで良い」


「はい、陛下」


 控えめな声で、口元を上げて微笑む。

 目が笑っていない。

 けれど、大人の美を備えたルティシアは、色香を漂わせ、アージェスを深く傷つけながらたまらなくさせる。

 懐妊はこれで五度目だった。

 前に生まれた四人の子は残さず皆孤児院へ入れていた。



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