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第4話 思わぬ転属

 筒に入れられた書簡を手に、シャーリーは大臣の執務室から別の大臣の執務室へと渡り歩く。

 廊下の窓から訓練場が見え、汗を流す騎士達の様子を眺めた。

 半年前、父に連れられ騎士見習いとして初登城し、父のような騎士を目指そうと意気込んでいた。

 だが、今シャーリーは武術を磨く為の武器ではなく、それよりもはるかに軽い書簡を手にしている。

 書簡を大臣に届け終えれば、この後は各領地への伝令の代筆作業が待っている。

 騎士として王宮を守ることも重要な務めであるが、大臣の指示に従い文書作成や整理等も重要な務めだ。

 頭では理解しているのだが、気が緩むと、自分は何をしているのだろうかと、溜息がでる。

 きっかけは、三ヶ月前の事だ。

 宰相の補佐官に声をかけられ、書庫の整理を手伝うことになった。

 広い書庫には、時と共に歩んできた王家の貴重な歴史資料が収められている。そこへ、大臣達が保管していた古くなった資料が、新たに加えられることになったのだ。

 紙の束が紐で綴られた分厚い書類を手に、連れてこられた部屋を見回した。


「確かここは、政務官か大臣、王族しか入れないと聞いたことがあるのですが、僕なんかが入っても良かったのでしょうか?」


「生憎、人手不足でそうも言ってられないんだよ」


(だからって、休憩中の見習い騎士に手伝わせることじゃないと思いますが……)

 

 あたりに物陰で休んでいた訓練生は数人いた。その中から教官に声をかけた上で、政務官の彼はシャーリーを名指ししたのだ。

 父が軍の総司令官で有名だからか、あるいは数いる見習い騎士の中でも目立つ存在だったからか。理由は定かではない。

 とにかく早く整理とやらを片付けて戻らねば。

 軍の一部隊の副官に昇進した一番上の兄。

 二番目の兄ポトスも力量を買われて第一線で活躍している。

 兄たちを見ていると、無性に奮い立たされ、自分もそうなりたいと上を目指して奮闘中だ。

 書類の中身など見るつもりなど毛頭なかったのだが、不意に開かれた綴りの文面に目が留まった。

 それは孤児院の設立に至る経緯や政策について、詳細に書かれているものだった。


「ああ、それか」


 いつの間にか読みふけっていたシャーリーに、補佐官は別段咎めることはしなかった。近づいてきて紙面を覗き込んでそう呟いた。

 シャーリーは目で文面を追いながら淡々と告げる。


「十七年前の戦後、親をなくした孤児がこの国に溢れ、それを嘆いた陛下が孤児院を設立されたそうですね。そのとき陛下は国庫ではなく、自ら私財を出され、王都のみならず、地方にもいくつもの施設を建てられたとか」


「そうだ。よく知っているな」


 王の親友である父の影響だ。物心つくころから王の話を度々聞かされてきた。話しぶりから父がいかに王を敬愛し、案じているのかが、子供ながらに伝わっていた。

 補佐官が感心するのを聞いて、ハッと我に返って慌てて資料を閉じた。


「申し訳ありません。見るつもりはなかったのですが……」


 すぐに手にした資料を本棚へ入れ、おもむろに頭を下げた。

 決められた者しか入室を許されない書庫に収められる文言だ。自分などが軽々しく読んで良いわけがない。

 その様子を補佐官が観察するように眺めた。


「……見なかったことにしておくよ。こっちも手伝ってもらって助かってるからな」


 思考はどうであれ、生真面目もたまには役に立つらしい。お咎めなしで作業は続行することになり終了した。

 補佐官には感謝され、無事に終わったと気を緩めれば、書庫の鍵を掛けた補佐官が含み笑った。

 嫌な予感を覚える間もなく、鋭い質問が飛んでくる。


「シャーリー・アルドリス。おまえ、王宮の図書室に良く忍び込んできては、本を読み漁っていたあの子供だろう?」


 シャーリーは頭から血の気が引いていくのが分かった。

 幼い頃、父に王宮へ何度か連れてきてもらったことがある。

 決められた場所意外に立ち入ることを固く禁じられていたが、好奇心旺盛なシャーリーは、こっそり王宮内に侵入して探検していた。

 そんなあるとき、本棚の並ぶ部屋を見つけてこっそり忍び込んだのだ。

『兵士といえども騎士は、無知ではいけない』

 文武両道を目指せと、常々父から言われていた。

 それに応えるように、シャーリーは学問への意欲を持ち、好んで本を読むようになっていた。

 

 父に指定された部屋に戻らなければと気になりつつも、自分が読めそうな本を探しては手に取り読みふけっていた。

 感心を持ち出すと集中力が自然と高くなり、周りが見えなくなるのは悪い癖だ。 

 しばしば、図書室を管理している室長に見つかってはつまみだされていた。

 シャーリーは自分より背の高い青年の顔を見て、瞠目した。


「俺はあのときの室長だったんだ。おまえ、俺のこと覚えてるか?」


「い、今思い出しました。……あの時は申し訳ございませんでした」


 今度こそ咎められると思いきや、補佐官は思いのほか機嫌が良い。


「あそこは基本、誰でも自由に閲覧が許されてるが、仮にも王宮内だ。名前も教えない身元不明者ではな。正直に親の名前を出せばゆっくり読ませてやれたんだが」


 シャーリーは苦笑した。


「あの頃の僕はまだ何も知らず、父の名を出せば、父に迷惑がかかると思ったものですから」


「なかなか父思いの良い息子だな。試すつもりで書類整理を手伝わせたが、なかなかの手際の良さだったぞ」


(文官でもない僕をなんのつもりで?)

 

 慄いていると、政務官は胸中の疑問に答えるように誘う。


「……おまえ、力試しに試験を受けてみないか? 政務官になれば、ここの資料の閲覧も許される」


(いやいや、僕は騎士になりたいんですけど)


 確かに先刻見た文面は興味深かく、他にも得たい情報がこの書庫には詰まっていそうだった。

 それは、兄たちに感化される以外に、王宮の上層部へと昇進したい理由でもあった。

 騎士となり地道に武功を上げていくか、誘われるままにエリート士官への試験を受けてみるか。

 騎士になることしか話さない父や兄になんと言われるか。

 身分社会において選べる選択肢など、大半の者には無きに等しい。

 気まぐれでも与えられた機会だ。

 なに、心配することはない。

 政務官は数ある文官の中でも上級だ。上級士官採用試験は最難関と、もっぱらの噂だ。現役の文官でも及第点を取るのは至難のわざだという。


(受かるわけがない)

 

 この人の言う通り、ただの力試しなら父上にもお許しいただけるかもしれない。


 父のセレスもそう簡単には受かるまいと、踏んでいたのかもしれない。渋りながらも許しは得られ、当のシャーリーも軽い気持ちで挑んだ。

 シャーリーを含め、二十人ばかりが受験し、及第点を取ったのはたったの二人だけだった。

 その合格者の中に、なんと名を連ねてしまったのである。

 通知と一緒に渡されたのは、文官のお仕着せだった。


 息子の思いもよらぬ急転換した進路に、父は深い溜息をついた。

 任命式で玉座の王が、シャーリーに政務官の任命を下した。

 王は全く喜んでいない父のセレスを盗み見てから、シャーリーにしか聞こえない声でこう言った。 


「おまえ、面白いやつだな」


 別段シャーリーは王を楽しませているつもりはないのだが、合格すれば王からの任命は避けられない。そもそも最難関試験を生半可な気持ちで受ける不届き者は、シャーリーぐらいなものだろう。渋々従うしかなかった。

 しかも真っ先になぜか宰相閣下に目をつけられ……。


「私の執務室で働いてくれていた文官が一人、病で辞めてしまってね。半年前から人手不足で困っていたんだよ。補佐官が君を気に入っていて部下に欲しいそうだ」


(ああ、それで)


 感情の読み取れない顔と冷たく光る双眸で、洞察するようにシャーリーは上から下まで眺められた。

 居心地の悪さを感じながらも、シャーリーは父への後ろめたさも後悔と一緒にひとまず封印することにした。


「お役に立てるよう精進いたします」

 

「宜しく頼む」


「はい、閣下」


 こうして、宰相の執務室に配属され、その副官の下で働くことになった。

 時折自己嫌悪に陥りながらも、空いている時間は体を鍛え、剣の稽古にも励んでいる。


(道草をしている暇はないんだけどな)


 シャーリーは溜息をつくと、目的の部屋へと向かった。



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