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第3話 冷めぬ熱情

「では、数日中には登城するよう申しつけましょう」


「ああ、そうしてくれ」


 国王の執務室でアージェスは、わずらわしげに受け応えた。

 窓外はすっかり暗く、星が瞬いている。

 重い足取りで疲れと汗を浴場で流すと、私室の寝台に入る。

 何をしてもだるく、身体が重く感じられた。

 頬をつけたシーツが冷たく虚しい。

 後宮では、王の妻達が侍女を通じてアージェスを誘うが足が向かない。

 誰よりも、一日も早く世継ぎを設けたいと願いながらも、女達の誘いを断ってしまう。

 長い夜を一人で過ごしたいわけじゃない。

 愛情をかけられない婦人を抱くことに抵抗を感じるのだ。

 かつては女であれば直ぐに寝台へ連れ込んでいた自分が、今では信じられないほどだ。

 寝付けず、アージェスは着替えて外へ出た。



 黙っていてもついてくる供を引きつれて、夜の闇を馬で走った。

 白い月の光が、花の咲き乱れる庭を照らす。

 馬を下りて誰もいない庭へと足を踏み入れ、薔薇の甘い香りがする庭を横切った。

 一階の部屋の窓が開け放たれている。

 不意に、部屋の中から手が伸びてきて、窓の戸板にかけられた。

 華奢な腕をアージェスが無言で捉えると、腕がビクリと震える。


「どなた?」


「お前を奪いにやってきた誘拐犯だ」


 窓を覗き込むと、そこには真紅の瞳の女がいる。

 月の光に照らされて、青白く見えるその顔は、幼さを脱ぎ捨て、麗しく香る花のように美しい。

 アージェスだと気づくと、彼女は安堵したように微笑んだ。


「あなた様がそのようなものになられずとも、わたくしはあなた様のものにございます」


 誘うような艶やかな唇から紡がれるその言葉が聞きたかった。

 アージェスは手を伸ばし、愛しい人の頬に触れる。


「……そうだな、ルル」


 囁くと引き寄せ、ゆっくりと唇を重ね、吸い上げて柔らかさを堪能する。

 半月ぶりに触れる愛する人の唇。

 触れられる喜びと、孤独を耐え抜いた日々が思い出されて、胸が熱くなる。

 一度離れれば、またしばらく会うことを耐えねばならない。

 ルティシアは王宮のことを常に気にかけ、アージェスが頻繁に会いに来たり、長時間滞在すると落ち着きを失う。

 過ぎた愛情は、ルティシアの負担にしかならない。

 時が惜しく、戯れる余裕も失って窓から部屋に押し入ると、ルティシアを抱き上げて寝台に押し倒した。


 愛した女を抱かずにはいられない。

 男とはどうしてこうなのだろうな。


「陛下、なにかありましたか?」

 

 纏っている寝衣を脱がされながら、怪訝に質してくる。

 今日の主な出来事といえば、生まれた我が子がまた女児で、家臣に新しい側妃を見繕うように命じたことだろうか。

 そんな話をルティシアにはしたくない。


「なにもないが、少々虫の居所が悪い。お前の身体で宥めてくれるとありがたいんだが」


 アージェス自身も衣服を脱ぎ捨てて、ルティシアを抱きしめた。


「わたくしで宜しければ」


 己の肌で、愛しい人の温かく滑らかな肌に触れる。

 その瞬間、何もかもがどうでもよくなる。

 泣きたくなるほどの充足感に満たされて、幸せを噛み締めた。


(昔のように、毎晩お前を腕に抱いて眠りたい。こんな離れた場所ではなく、もっと近くにいてくれ)


 離れて暮らす長い年月の間に、アージェスは同じことを何度思ったことだろうか。

 だが、ルティシアに会うたび、何も言えなくなってしまう。

 他の女とルティシアは何も違わない。

 同じ女なのになぜこうも、ルティシアだけに悦びを感じてしまうのか。

 細い首には今も王の首輪が嵌められたままだ。

 懊悩と満たされない思いが、柔肌に所有の証を残していく。

 行為を終えると、言いにくそうにルティシアが口を開く。 


「あ、あの……子種は、お腹ではなく……その……」

 

 顔をそむけたルティシアの表情は、読み取ることができない。たが、僅かな間が本音を表していた。

 彼女は今でも、己の立場を弁え、王と敬い大切に想ってくれている。望めば、例え意に沿わぬことでも、アージェスの為に従順になるだろう。


「懐妊したくないのか?」


「頂いている避妊薬が効かないこともございますし、お子を授かることになれば、しばらくはお相手を務められなくなります」


 子を成すのは妻の役目で、あくまでも愛妾であるルティシアにその責はない。囲われている愛妾にあるのは訪れた主を癒すことだけだ。

 教えずともルティシアは愛妾という立場を正しく理解している。

 アージェスにしても、会えばルティシアに触れずにはいられない。それを身体だけが目当てと思われても仕方がなかった。

 

「子ができたらできたでかまわん。俺の性欲は常に後宮の女達が満たしているんだ。抱けずとも、お前を腕に納めているだけで俺は満足だ」


(王宮にいる女たちなどどうでもいい。欲しいのはお前だけだ)


 ルティシアを覗き込むと、困った顔をしている。

 また面倒なことになるとでも思っているのだろう。

 なにせ溺愛するあまり、妊娠期間も医師の許しがある限りギリギリまで戯れるのだ。困らせたことも、呆れさせたことも、一度や二度ではない。

 飽きもせず、妻たちに目もくれず、妊婦の愛妾に見苦しいまでに欲情してしまう。

 愛し合った結晶を宿らせたのかと思うと、目がくらむ。妻が妊娠中に、他の女に走る男がいるのをよく聞くが、結局のところ本気で愛していないのだろう。

 英雄色を好むともいうが、ルティシアへの愛を知ったアージェスは、もう彼女一人で十分だった。


(惚れられた男の愚行をまた見るのは嫌か)


 我ながら苦笑を禁じえない。



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