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第2話 仕上げを御覧じろ

 敵の方が数が多い上に、逃げ場のない挟み撃ちだ。

 後方の兵らが振り返って青褪めるのも無理からぬことだろう。


「嘘だろ? こんなんでどうしろってんだ……」

「十万もの兵がいたってのに……」

「殺される、俺達は皆殺しだ」


 絶望する者に、憤る者、困惑する者。兵士たちが恐れ慄いている。 

 そうこうする間に、大地が僅かに揺れ始めた。

 彼らの遥か後方から、地を這う黒い影のように騎兵の大軍が迫ってきていた。

 寝返ったメリエール伯の兵である。

 そして彼らの前方にも、国境を背に陣取っていたモントロベルが怒号を上げて攻めてくる。

 国境を守るベルドール軍に死の恐怖が広がった。


 震撼する兵らを前にしても、逃走の二文字を持たぬ国王は、無情にも号令を発した。

 全軍をモントロベル軍へと突撃させる無謀な命に、兵士の誰もが両群に挟まれての討ち死にを覚悟した。

 いつもであれば、怒号を上げて真っ先に先陣を切る王が、その時は違った。殿(しんがり)でも勤める気か、王と近衛騎士の数人がその場に留まり、駆け出す兵らを見送っている。

 そんな王を兵らが怪訝な顔で眺めて駆けて行く。


 全ての兵が通過するのを見届けたアージェスは、少し遅れて騎乗して走る。

 大きく息を吸い込むと、大声を張り上げた。


「国を荒らした侵略者どもを切って切って切りまくれッ! 味方であろうと臆病風に吹かれる者あらば、わが刃の錆にしてくれるわッ! さあ、死に物狂いで戦えッ!」


 訓練場の厳しい教官よりも、鬼気迫る勢いで槍を振り回して追いかけてくる王に、兵士達はたちまち震え上がった。

 

「ドSなやつめ」

 

 国王の斜め後方を追従するセレスが、呆れて呟き、後方を確認する。

 猛進するメリエール軍が距離を詰めてきている。

 圧倒的な戦力を前に、戦い慣れたセレスでさえも嫌な汗が額に滲む。

 アージェスを伺えば、主人は余裕の笑みだ。

 長年の付き合いといっても、ずっと一緒にいたわけではない。

 表情だけ見ていてもその思考を図ることもできず、問い質しても上手くはぐらかされた。

 何を考えているのかさっぱりわからない。

 だが何かを企んでいることだけは確かだ。

 

 不意にセレスが異変に気づいて振り返った。


「なっ、何だ一体」


 突如として別の方角から新たに武装した軍勢が現れた。

 国王軍とメリエール軍の間に荒々しく割って入ってくるではないか。

 続々と押し寄せてきた正体不明の騎馬が、壁のようになってメリエール軍と激突する。

 更には、メリエール軍がやってきた山間からは、帰還したはずの自国の兵までが戻ってくる。

 まさに信じがたい光景に、何も知らされていなかった兵士たちも目を丸くしている。


 セレスはハッとして、近くで敵と交戦中のアージェスを振り返った。

 気づいて視線を合わせた顔は、どうだと言わんばかりの自慢げなものだった。 


「まさかおまえっ、俺たちを騙したのかッ!」


 アージェスに近づこうとして敵が阻む。

 邪魔な敵を、セレスは怒りに任せて剣で薙ぎ払った。


「我が親友よ、人聞きの悪いことを言ってくれるな。言い忘れていただけだ」


 二人は背中をつき合わせる。


 アージェスは血脂で切れ味の鈍った長槍を投げ捨てると、腰に携えている長剣を鞘走らせた。

 二人の男は向かってくる敵を競うように倒しながら口論を始めた。


「嘘つけ。帰還させたと見せかけ、味方を潜伏させておいてわざと黙ってやがったくせにっ。俺にぐらい教えてくれてもいいものを、何が親友だっ!」


「教えたら、お前の間抜け面が見れないだろうが」


「確信犯めっ」


 悔しげに歯軋りするセレス。アージェスはいたずらが成功した子供のように、満足げに笑った。

 やれやれとセレスが溜息をつく。


「それにやつらは何だ?」


「以前、東方の辺境で世話になった傭兵団と無頼漢どもだ。募集をかけさせたら、予想以上に集まったらしい」


「おまえ、メリエール伯の裏切りを予測していたのか?」


「まあな。初めて会ったときからどこか様子がおかしかった。兵の半数を王都へ帰還させることを勧めたのもやつだ」


「それで油断させる為に、ほとんどの兵を退かせたというわけか?」


「そういうこと」


「とどのつまり、裏切り者の炙り出しをする為だったんだな?」


「まあな、自分の新居に命を狙うやつがいたんじゃ、おちおち寝てられんからな。引越し前の掃除と王の威厳とやらを披露してやろうと思ってな」


「なるほど、さすがは我が君でいらっしゃる。で、王家とは無縁の傭兵団まで呼んだのか?」

  

 二人の周りにはすっかり誰もいなくなっている。

 形勢の大逆転に気づいたモントロベル兵たちが次々と敗走していた。

 それを眺めながら、アージェスは血を払って剣を鞘に収めた。


「王宮に戻って日の浅い俺が信用できるのは、ごく僅かな旧知の友だけだ。生憎俺は、強欲な貴族どもに容易く命を預けられるような温室育ちの王子サマではないんでな。使えるものは何でも使うが、貴族だろうと将軍だろうと、信用できない者はあてにしない。俺の信頼を得られる者こそが、真の家臣だ。そうだろ、セレス?」


 アージェスの祖父は子爵で、既に亡くなっており、跡目を継いだ息子は政務官の一人にすぎない。

 後ろ盾となる重鎮はおらず、戦後の政権争いは避けられないと思われた。しかも、長く王宮から離れていたアージェスにとって友以外の家臣は、この戦で初めて顔を合わせる者達ばかりだ。

 だが、この大戦で死線を潜り抜けてきた家臣らは同志で、彼らは率先して敵兵を討ち取り勝利へと導く王の雄姿を目の当たりにした。少なからず、王としての器を認めることになっただろう。

 

 セレスが真顔で頷く。

 二人の視線の先では、メリエール軍が傭兵団と国王軍に挟まれことごとく倒れていく。

 血と泥で汚れた顔をセレスがフッと緩めた。


「いよいよ我らがアージェス王の統治が始まるな。せいぜい執務から逃げ出さないように見張らせてもらうよ」


「頭痛のする話はよせ。ここはまだ戦場だ」


 うんざりとアージェスがぼやき、セレスが苦笑する。


「いや、もうすぐ跡地だ。終戦へと導いたのはおまえだろ? 喜ばしいことじゃないか」


「まあな」


 顔を合わせると二人は笑い出す。



 西日が大地を照らす頃、アージェスは捕らえさせたメリエール伯の首を家臣に撥ねさせた。 

 国王軍は見事に勝利の旗を挙げ、長い戦に終止符を打つと、ベルドール国王アージェスは全軍を撤退させた。 

 裏切り者となったメリエールの領地および全財産は王家が没収。

 その奥方と側室、四人の息子たちは処刑。

 六人の娘たちは王宮へ連行し、戦利品に加えさせた。



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