表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/79

第1話 望むものは……

「おめでとうございます、陛下」


 妻の部屋に入るなり、そこにいた侍女たちがアージェスに頭を垂れた。


「ああ、やっと生まれたか」


 部屋の奥では、乳母が産湯からあげた赤子を、真新しいリンネルに包んでいるところだった。

 閨での営みから出産まで長かった。深く吐息を吐いたアージェスは待ちきれずに、乳母の元へ行く。

 乳母が赤子を抱き上げて国王に見せた。


「おめでとうございます。姫君にございます」


 言い終わらないうちから、アージェスは背を向けていた。


「皆、ご苦労であった」


「申し訳ございません」


 寝台でぐったりと身を横たえていた王妃のマリアが、上体を起こして謝罪した。

 后の寝室を出ようとしていたアージェスは、無表情で振り返った。


「仕方があるまい、養生せよ」


「はい、お気遣い感謝いたします」


 頭を垂れたマリアは、小さく肩を震わせ、伏せた顔の下から涙を落とした。

 アージェスは溜息を漏らすと、マリアを抱きしめてやる。

 亜麻色の髪を優しく撫でると、そっと離して寝台に横たえさせる。


「ゆっくり休め」


 言い残し、部屋から出るとアージェスは項垂れた。

 期待していただけに、それを裏切られた反動は大きい。

 廊下の先から近づく足音に気づいて顔を上げれば、部下を従えた騎士がやってきた。


「おめでとうございます、陛下。産声が聞こえましたので、ご挨拶に参上いたしました」


 浅黒い精悍な顔に、穏やかな笑みを浮かべた長年の親友セレスを、アージェスは無愛想に眺めた。


「軍の総司令官殿は忙しかろうに、部下だけを寄越せば良いものを、ご苦労なことだな。期待させて悪いが、生まれたのは元気な姫だ。これで、何人目だったかな?」


 投げやりに言いながら、アージェスは歩き出した。

 後をついてくるセレスの部下の中に、背の高い男達に交じって、見かけない少年がいることに気づいた。

 少年は柔らかそうな栗色の髪に青い双眸を持ち、整った小さな愛らしい顔は、遠い日の彼のひとを思起させた。

 セレスが主の視線の先に気づいて紹介をはじめる。

 だがその声はアージェスの耳には届いていなかった。

 手を伸ばし、男達の中から引っ張りだすと、驚く少年の唇を奪った。


「陛下っ!」


 セレスが仰天して叫ぶ中、アージェスは少年を抱き上げた。

 瞠目して声もだせない様子の少年に命じる。


「俺の側妃になれ」


「できるか、馬鹿アーシュッ!」


 あらぬ疑いが広まるのを恐れ、セレスは立場も失念してアージェスから無理やり少年を奪い返した。


「これは男だっ」


「本当に?」


 アージェスは信じられず、親友の背後に隠された少年を覗き込む。

 セレスが疲れた様子で溜息をつくと、幾分冷静さを取り戻した。


「正真正銘の男にございます。親の私が申し上げるのですから間違いありません。……ご挨拶をしなさい」


 促された少年が父の背中から出てくる。

 青ざめて顔をひきつらせながらも、アージェスを見上げた。


「お初にお目にかかります。セレス・アルドリスの三男、シャーリーにございます。本日より、騎士見習いとして登城させて頂きたく、陛下のお許しを頂に参りました」


 見た目とは違いその声は低く男らしい。よく見れば喉仏もある。

 堂々たる物言いに、真っ直ぐ王を見上げる双眸は、なかなかに意思の強さが見て取れた。

 アージェスの高鳴った胸は、落ち着きを取り戻し、納得と同時に気持ちは降下してゆく。

 大きな溜息を吐き出した。


「悪かった。転んだとでも思って忘れてくれ」


「はい、そのようにいたします」


 アージェスは自嘲気味に笑むと、シャーリーの肩をポンと叩いた。


「さすがはセレスの息子だな。よく教育がされている。父の為にも励むが良い」


「はい、陛下」


 胸を撫で下ろして安堵するセレスに、アージェスは悔し紛れに助言する。


「俺のような良からぬ虫にたかられんよう、せいぜい男を磨かせておけ」


「心得ております」


「……残念だったな」


「何が、でございますか?」


「シャーリーが娘なら、俺に嫁がせられただろうが。側妃となり男児を生めば、おまえの孫が王位に就くことも夢ではなかっただろうに」


「そのような大それたこと、考えたこともございませんが、私はむしろ息子で安堵しております。陛下の一時の戯れに泣かされずにすみますからね」


「それもそうだな」


 アージェスは苦笑して、もう一度少女と見誤った少年を見やった。

 シャーリーは気後れすることなくアージェスを見上げている。


「おまえがうらやましい限りだよ」


 言うつもりのなかった言葉が漏れてしまった。

 アージェスは誤魔化すように、友から背をむける。


「戯言だ。俺はまだまだ諦めてなどいない」


「当然です」


 セレスが励ますように、背に投げかけた。

 アージェスは振り返ることなく手を上げる。





 ベルドール国王アージェスが即位して十八年の月日が流れていた。

 その間にセレスは実力を認められ、王の近衛から軍の上官に昇進し、この春軍の総司令官にまで昇った。

 妻のエミーナとの間に設けた長男と次男は、すでに騎士の叙任を受けてそれぞれの任務についている。 

 そして、此度は三男のシャーリーを騎士に育てるべく自身の傍仕えをさせることができた。

 国王の背をいつまでも見送る父を、シャーリーが怪訝に見つめている。


「父上、陛下は何を望んでおられるのですか?」


 セレスは頭一つ分背の低い息子を物憂げに見やった。


「お世継ぎだ。お子は此度で六人目なのだがな。何の因果か、姫君ばかりお生まれになっている」


 アージェスの威光は諸国にも届き、かつてのように侵略者に国土が荒らされることはなかった。平穏ではあったが、ただ一点のみの不安は続いていた。

 後宮には王妃マリアを始めとし、五人の側妃が埋めていたが、誰一人として王子を授かることができなかったのだ。


「そうですか、お気の毒ですね」


 同情的な息子に、セレスは言わずにはいられない。


「陛下には近づくなよ」


「なぜですか?」


 濁りのない息子の青い双眸を眺めて、セレスは息子に耳打ちする。


「あの方に性別の違いは通用しない。陛下の愛人になりたくなければ近づくな」


 息子は一瞬で硬直して顔を引きつらせた。





「ことごとく姫とは、なんということだ」


 国王不在の議会室では、重臣達が嘆いていた。


「やはり、これはもうあの女の呪いに他なりませんな」

「全くだ。このままでは、婿養子も避けられまい」


 入り口から聞こえてきた雑談に、アージェスは嫌気を通り越して吐き気を覚える。


「くだらん浅知恵はそのへんでやめておけ。忘れたわけではあるまい。ベルドール王家始まって以来、我が国は代々直系の男児が玉座を埋めてきたのだ。婿など王に据えてみろ、民が黙ってはおるまい」


 定刻より遅れてやってきた国王の登場に、大臣らは慌てて閉口する。

 居住まいを正して立ち上がった面々を、アージェスは睨みつけた。


「王子が望みなら、養子の議論をする前に新しい側妃でも後宮にあげるんだな」


 アージェスは女児が生まれる度にこうして側妃を増やしてきた。

 宰相であり王妃マリアの父であるパステルが、アージェスに深々と頭を垂れた。


「娘が此度もお役に立てず、誠に申し訳ございませぬ」 


 后は二人目の出産だった。

 アージェスは宰相の顔を見ることなく吐き出す。


「全くだ。どれだけ俺をこき使えば気がすむのか。俺は貴様らの生贄ではない。世継ぎも生めぬ娘ばかり送りつけておいて、この期に及んで『呪い』などとよく言えたものだ。責任転嫁しかできぬ貴様らは、所詮口だけの負け犬ではないか」


 側妃の父親達が身を縮め、部屋は静まり返った。

 椅子に荒々しく腰掛けると、不機嫌を露に議長に進行を促した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ