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第31話 切実な願い

 国中の男や子供までが戦場へと招集され、国の存亡をかけた戦いが始まった。

 町は破壊と略奪の限りをつくされ、村は畑もろとも焼き払われた。

 それでも日を追うごとに、アージェス王の名のもとに団結を固めて王都への侵略だけは阻み続けた。

 敵に国土を蹂躙され、アージェスは愛すべき友人たちを次々と失った。

 戦が長引けば長引くほどに、彼の心は業火にも勝る激しい憎悪で燃え上がり、士気をも高めた。その気迫は敵兵を震え上がらせ、圧倒的な数を誇っていた東西の両軍をいつしか国境へと追いやるに到った。


 敗走する敵兵が出始めると、アージェスは徹底して一人残らず討ち取らせた。

 国王は各地に散らばった全軍に通達させる。


「モントロベルおよびタルタロゼル兵の屍を全て串刺しにし、国境に立てろ」


 死者に対してなお冷酷非道な仕打ちをすることに、さすがの兵士達も絶句して青ざめた。

 だが、異を唱えることのできるものは一人もいない。

 触れればたちまち刃で切りつけられそうなほど、国王はまさに鬼神の如く怒りを滾らせていた。

 そのすさまじさは、アージェスの幼馴染であり一番の親友であるセレスでさえ閉口するほどだった。


 平定した戦場跡の国境には、二国を睨むように串刺しにされた骸が、まるで柵のように整然と立てられた。

 骸は不気味な壁となり、国を荒らした侵略者に無言の抗議を放った。

 その残虐行為は、他国はおろか自国民をも震撼させた。

 ベルドール国王の神をも恐れぬ非道は、いまだ自国で争い続ける敵兵を怯ませ、瞬く間に国境の壁の一部へと姿を変えた。





 王の留守中、ルティシアは食事の間へ行くのを何度もやめようとした。

 王がいないのに、上座で食事をとることや、厳しい重臣らの視線に耐えかねていた。けれど、それを、アージェスが出陣前につけた護衛のオリオンが許さず、ファーミアに説得されて食事の席についた。


「申し上げますっ! ……」


 戦場から報せをもたらす伝令が駆け込んでくることもしばしばあり、ルティシアの心臓はそのたびに縮み上がった。

 戦況がどうなっているのかはルティシアにはさっぱり分からなかったが、重臣らがそれを聞いて安堵するのを見て、ルティシアも悪い知らせではないのだと胸を撫で下ろす。

 戦に出たアージェスが心配でならなかった。

 半月、一月と日を追うごとに、憂いは募り、夜も眠れず、食事も喉を通らなくなっていた。

 廊下を歩くときはどこへ行くのもついてくるオリオンが目を光らせ、いつも何かしら言われる誹謗中傷は全く聞こえなくなっていた。

 しかし、遠巻きにルティシアを見る目は恨めしげで、物言いたげだった。


 出て行け。

 お前がいると陛下に災いが降りかかる。

 悪魔、お前なんか死んでしまえ。


 物言わぬ彼らの心の声が聞こえてくるようだった。

 ルティシアのいないところできっと皆が口を揃えている。

 目が回る。

 何度かよろめいて、ファーミアや騎士のオリオンが助けてくれた。

 彼らは何か言っているようだったけれど、ルティシアの耳には聞こえてこなかった。


 ほら、どこからともなく聞こえてくる。


『出て行け』

『お前がいると陛下に災いが降りかかる』

『悪魔っ、お前など死んでしまえッ』


(ええ、死にたいわよ。私なんかがいるから、陛下が……陛下が……。でも、……でも、陛下は死ぬことを許しては下さらない)

 

(アーシュ、お願い、どうか無事に帰ってきて。お願い)

 

 聞こえてくる現実のものとも、幻聴ともわからない声は酷くなる。ルティシアはただ彼の無事を祈るばかりだった。



 夜、一人長椅子で横になると、どこからともなく声が聞こえてきて眠れずに起きた。

 アージェスが貸してくれたふわふわの毛布を抱きしめて、ルティシアは毛布に顔を埋めて泣いた。


『……そのような禍々しい姿で、厚かましくもまだ陛下のお傍にいさせてもらっているようね。貧相な身体で、一体どんな閨房術で陛下を惑わしているのかは知らないけれど、お前がその恐ろしい魔眼で、お爺様に侍女、マドレーヌを呪い殺し、父上を狂わせたことを忘れたわけではないでしょうね?』

『お前は恐れ多くも陛下を呪い殺すつもりなの?』


「いいえ、いいえっ、お姉さま」


 頭がおかしくなりそうだった。いや、もう麻痺していたのかもしれない。


 深夜、深い眠りに誘われた侍女や騎士を起こさぬように、ルティシアは王の居室から抜け出した。

 僅かな衛兵のみが残された王宮は、夜になると不気味なほどの静けさが漂っていた。

 外は柔らかな青白い光に満たされ、思いのほか明るかった。

 普段ならば、木々の奥は闇に閉ざされているが、目を凝らさずとも行き先が見通せた。

 どこにこれほどの光があるのかと空を見上げれば、丸い月がぽっかりと浮かんでいる。

 空には月光を遮る雲は一つもなく、煌々と輝く光は星の瞬きを霞めるほどに明るい。

 しっかりとした足取りで、ルティシアは迷うことなく木々の生い茂る裏庭を歩いていく。


 開けた場所まで来ると、自分自身を両腕で抱き締める。

 瞼を閉じると、白い光を全身に浴びた。

 そして、月を仰ぐ。

 懐から短剣を取り出すと鞘を抜いた。

 露になった硬質のそれが、月光を受けて反射し、ルティシアは鞘を捨てると白刃を高く掲げた。

 

 鋭利な先端を見つめ、瞳から溢れる雫が頬を伝って流れ落ちる。


「陛下、愛しています。どうか、私にもあなた様を守らせてください」


 切っ先が、両手が震える。

 呼吸が荒くなった。

 ルティシアは剥き出しの刃を一思いに引き寄せた。



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