表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/79

第28話 抑えがたい欲求

 先の戦から半年が過ぎ、ベルドールは平穏に包まれていた。

 いまだ抱くことのできない愛妾を、アージェスは飽くことなく傍に置き続けている。

 ある日の夕食時、銀の酒杯を手に左隣で食事をしているルティシアを眺めていると、そこへ血相を変えた伝令が駆け込んでくる。


「陛下、一大事でございますッ!」


「何事だ。騒々しい」


 寛ぎを邪魔されたアージェスは顔をしかめた。

 汗と砂に塗れた騎士は、王の機嫌など気にする余裕もないようだ。

 肩で息をしながら切迫した面持ちで、アージェスの前で片膝をついた。


「申し上げます、東のモントロベルと西のタルタロゼルが、それぞれの国境を越えて同時に我が国に侵攻しております」


「誠か、それは!」


 座っていた椅子を蹴り飛ばさんばかりに立ち上がって叫んだのは、同席していた重臣の面々だった。

 アージェスは渋面のまま押し黙っている。


「誠にございます」


「で、敵方の兵力は?」と、重臣の一人が質す。


「モントロベルが五千、タルタロゼルが一万近くに及ぶと」


 伝令の騎士が言い終わると同時にアージェスは立ち上がった。

 同じく沈黙を保っていた宰相に命じる。


「パステル、早急に出陣の仕度を整えよ。第1、第2部隊を東と西に早々に偵察に向かわせろ。残りの将校を招集し、軍議を執り行う」





 軍議は深夜にまで及んだ。

 こうしている間にも国土が荒らされているかと思うと、アージェスは怒りで体中が熱くなってくるようだった。

 国主でさえなければ、今すぐにでも馬に跨り戦場へ飛んでいっているに違いない。

 湯浴みを済ませて寝衣を纏っても、とても眠る気にはなれなかった。

 誰もいない居間に入ると、酒樽から杯へとぶどう酒を注ぐ。

 不意に寝室が気になり、手にした酒杯をテーブルに残して扉を開いた。

 部屋の中央に置かれた天蓋付の大きな寝台の隅には、小さな麗人が眠っている。

 離れた場所からでも静かな寝息を耳ざとく聞いてしまう。

 嵐の夜に、肌に口づけの跡をいくつも散りばめて以来、ルティシアはすっかりアージェスに怯えるようになってしまっていた。

 だが、自分の立場を弁えてのことか離れていこうとはせず、寝台で寝ろという命にも素直に応じていた。

 辛うじて逃げられることを免れたアージェスは、再びルティシアに触れることを耐えていた。

 そんな彼を、知ってか知らずか、近頃羽化した蝶のように、とみに美しくなり、アージェスは彼女から目が離せなくなっていた。

 滑らかな白磁の肌からは、甘い香りを漂わせ、添い寝することさえ難しくなるほどだ。


 花の蜜へと誘われる羽虫のように、アージェスは寝台へと近づいた。

 長い髪を波のように広げ、少女が毛布の中で体を丸めて眠っている。

 僅かに身じろぎ、小さな唇から悩ましげな吐息をつく。


 もう、限界だ。


 アージェスは寝台へと上がった。手を伸ばし、ルティシアの顔を自分に向けさせる。

 顔を寄せると、ふっくらと盛り上がる花弁に己の唇を下ろした。

 柔らかな感触に、たちまち抑え難い欲情が沸き上がる。上体を抱き上げ、呼吸を奪うほどの激しさで、唇を貪った。

 眠りを襲われたルティシアは、目を覚まして息苦しさにもがく。


「ふっ……んっ!」


 鼻で上手く呼吸ができないのか、苦しげに呻いた。

 唇を解くと、アージェスは上半身の寝衣を脱ぎ捨てた。

 ルティシアは息を切らしながら怯え、アージェスが手を離した隙に逃げ出す。

 寝室の出口は一箇所しかない。

 反対側から寝台を下りたルティシアを、アージェスは手前で待ち伏せ、逃げ道を塞ぐ。


「やめてください。お願いです、陛下」


 心もとなげに胸元に手をあて、泣いて必死で嘆願する。


(俺を受け入れないルティシア。

 以前は、キスも許していたくせに。

 何が気に入らない。

 俺の何が……)


 嵐の夜に死のうとしたルティシアが、目に焼きついて今も脳裏から離れない。

 これほど愛して、優しくしてやろうとしているのに。

 すべてのものから守ってやろうとしているのに。

 受け入れようとしない。

 

(死を望むほど、俺を受け入れるのは嫌か)


「戦場へと向かわねばならぬ兵士が何を望むか、わかるか?」


 怒りで胸の奥底は煮えたぎり、声は低くなる。

 ゆっくりと近づくアージェスに、ルティシアは震えて後ずさった。


「……分かりません」


「女の身体だ。一度戦場に出れば、生還の保証はどこにもない。だから死ぬ前に女を抱いて子孫を残そうとする。それが男の本能だ。もっとも、俺は死ぬ気などないが、子は残しておくに限る」


 ルティシアが背を向けて駆け出す。

 王の寝室は無駄に広い。何かあったときに家臣らを召集する為だ。

 追いかけっこをするには充分な広さだろうが、普段からほとんど運動をしないルティシアの足など、たかがしれている。

 すぐに追い詰められて、足をもつれさせたルティシアは、転倒して手をついた。追ってきた鬼を、身を反転させて警戒して見あげる。

 アージェスは最後の警告を放つ。


「優しくしてやるから抱かせろ」


(お前を守るのは俺だ。身も心も俺のものになれ)


「嫌です。絶対にっ……やッ」


 床に倒れたルティシアに、アージェスは静かな怒りを滾らせて馬乗りになった。寝衣の胸元を掴むと、乱暴に引き裂く。

 

(もう容赦はしない)


 ルティシアが息を呑んで、恐怖に顔を強張らせた。

 唇を奪おうとして、顔を背けて暴れだす。


「おやめください。私には無理、やっ、いやッ、許してくださいッ、許して……ふぐッ」


 胸を押し返して逃れようと激しく抵抗するルティシアから、アージェスは寝衣を剥ぎ取った。

 抱こうとして自殺を図った女だ。抱いている最中に舌を噛まれて自殺などされたら、たまったものではない。残った下着を剥ぎ取り小さく丸めると、煩い口に突っ込んでやる。それを抜き取らせぬように奪った寝衣で、細い両手首を後ろ手で縛り上げた。 


 乱雑に寝台へ転がすと、泣いて怯えるルティシアの目の前で全裸になった。


「今まで許してやってただろ? だがもうお遊びはおしまいだ。滅茶苦茶に愛してやるから覚悟しろ」


 冷たく言い捨てた。



読んで下さりありがとうございます。

いいね、など下さりありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ