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第1話 細工は流々

「マジかッ!?」


 ぎょっとする甲冑姿の兵士に、悪巧むアージェスは口角を引き上げた。


「おおよ。もちろん、やってくれるんだろ、心の友よ?」


 アージェスに肩を掴まれていた男は、するりと身を低くする。

 顔を引き締めて跪き、胸に拳を当て家臣の礼をとる。


「ご命令とあらば、我らが王よ」


「頼んだぞ」


 勇ましく応えた友人に、アージェスは大きく頷く。

 使いを放つと、砂地の広がるはるか遠くを見据えた。

 目視での確認はできないが、その先には国境となっている大河が横たわり、川を背に敵軍が陣取っている。

 そして、彼の背後には自軍が構えていた。

 にらみ合って一週間。

 雨が降ろうと砂嵐に見舞われようとも、敵軍が動く気配はなかった。

 

「陛下、そろそろ陣営にお戻りを」


 声をかけに来た近衛騎士とは別に、アージェスは強い視線を感じて振り返る。

 テントの入り口前で、槍を手に仁王立ちで目を吊り上げている男がいた。

 褐色の髪に同色の双眸。整った精悍な顔は勇ましく、武人らしいがっしりとした体格の騎士は、王室近衛隊長のセレス・アルドリスだ。誠実で真面目、武勇に優れたアージェスの無二の親友でもある。


「陛下、遠距離から狙撃されたらいくら我々でも庇いきれません。御身は先王陛下の最後の遺児なのですよ。少しは自覚をお持ち下さい」


 テントに入るなりセレスの苦言が鼓膜を打つ。


「ちょっと外に出ただけだろ。おまえまで古狸どもと同じことを言うなよな。やっと追い払って静かになったんだ。それにお前が煩いから、こうして解毒剤まで持ち歩いてやってるだろうが」


 懐にしまっている小瓶の詰まった布袋を出して見せてやる。

 テント内にいる他の家臣たちを手払うと、アージェスはクッションの置かれた敷物の上に寝転がった。

 お目付け役はまだ言い足りなさそうに不満顔だ。

 筋肉質の腕を掴んで引寄せる。

 物心ついたころから共に剣や学問を学んできた長年の親友は、諦めたように肩を下げると、アージェスに促されるまま傍らに胡坐をかいた。

 心得ている親友の膝を枕に、アージェスが頭を委ねる。

 

「解せんな。前の戦で敵軍もかなり痛手を受けたはずだ。こちらには余力があった。あのまま追撃しておけば、やつらを完全に退かせられたはずだ。だがお前はそれをしなかった。それどころか、軍の大半を王都に撤退させた。……一体何を考えてるんだ?」


(動くのをじっと待っているんだよ。やつらも、俺もな)


 思惑を伏せたまま、仰向けになってセレスの褐色の双眸を絡め取るように見つめると、太い首に腕を回して引寄せる。


「気持ちのいいことだ。だが生憎戦場に女は呼べん。相手をしてくれよ」


「キスだけならどうぞ。だが、身体は勘弁しろよ、アーシュ」


「そりゃ、残念」


 どこまで本気なのか、測りかねた様子でセレスが溜息をつく。


「ゲテモノ両刀使いめ」



 ベルドール王国は、常にいがみ合う東と西の大国の狭間で翻弄されていた。

 歴代のベルドール国王は、中立の立場を貫き、国を守る為に戦い続けている。

 激戦に多くの血が流れ、長きにわたる戦に兵士は疲弊し、追い討ちをかけるように国王が病に倒れた。東のモントロベルが西のタルタロゼルへの足がかりとして、まさにベルドールを支配しようと迫っている。この局面に、白羽の矢が立てられたのは、二十二歳になる先王の第八王子、アージェス・ロロアーヌ・ベルドールその人だった。

 誰もが国王になるなどと予想もしていなかった男だ。他の王子たちは、ことごとく戦で散り、巡り巡ってアージェスに王位が転がってきたのだ。


 それまでは彼自身も己が玉座に就くなど微塵も想像せず、自由に生きてきた。

 部屋で過ごすことよりも馬に乗って駆け回ることを好み、屋敷も持たずに流浪の旅を何年も続けていた。王都に戻ってきても、友人宅を転々として遊び暮らす日々だ。

 拘束されることを何よりも厭う性分で、自由を奪われる玉座など、最も性に合わない職業だ。しかし、軍略を巡らし戦場を駆け、思う存分に切りあう戦を彼は大いに楽しんでいた。

 

 これまでの王とは毛色の違う国主に、戸惑う家臣も多かったが、大胆不敵な戦術と、縦横無尽に戦場を駆ける勇姿は、諦めかけていた兵の士気を急速に高めた。

 血気盛んな新王率いるベルドール軍は、自国の王都の目前まで押し寄せてきていたモントロベル軍を、圧倒的な勢いで国境近くまで退け、あと一歩のところまできていた。だが、連戦で既に兵士の疲労は限界に達している。

 そんな中、アージェスの側近である伯爵メリエールから進言があった。

 形勢を立て直すべく半数の兵士を王都へと帰還させてはどうか、というものだった。

 その提言を受け、更に多すぎるとして僅か二千を残して十万もの兵を撤退させた。それには大半の重臣らが猛反対したが、王は勝利を約束し断固として譲らなかった。諦めた古参の将軍らは、体力を温存している若者達に主君を託し、渋々帰途に着いた。



「陛下ッ、陛下ッ、大変……」


「ふうっ、ううッ!」


 血相を変えてテントに飛び込んできた伝令が、垂幕を払いのけたところで、ぴたりと動きを止めた。

 視線の先には、『鬼の教官』の異名で騎士から恐れられる男が、緋色の上質な衣をまとう金髪の男にのしかかられて、苦しげにもがいている姿がある。思わず見入らされて絶句した。

 日々の鍛錬で鍛え上げられている男の腕を、金髪男が頭上で押さえつけ、唇を奪っていたのだ。

 だが次の瞬間、ブロンドが舞う。


「てっめぇ、くそアーシュっ、どこまで……うぉふぉんっ」 

 

「何事だ?」


 叫びながら飛び起きたセレスが訪問者に気づいて誤魔化すように咳払いし、蹴られてひっくり返ったアージェスが呆然とする兵士に、平然と声をかけた。 

 我に返った兵士が慌てて王の前で膝をつく。


「大変です。メリエール伯が寝返りました。二千の兵を率いてこちらに押し寄せております」


 緩慢な動作で起き上がったアージェスは、ギラリと目を光らせて下唇を嘗めた。


「直ちに将校らを召集し、兵士どもには出陣の準備をさせておけ」


 伝令は快諾すると、早々にテントを出て行った。



 

「メリエール兵はせいぜい千がいいところだ。……モントロベルから兵を預かったか。国境の敵軍が……」


 敷物の上に地図を広げ、その周りに武具を纏った男達が集まると、テント内は急に狭くなる。


「三千、こちらが二千。挟み撃ちだ」


 セレスが鋭くアージェスの語尾を受け継ぐ。

 絶体絶命の危機に、将校の一人が焦燥を滲ませて口早に進言する。


「ここは一時撤退を。王都から増援を要請し、体勢を立て直すべきです」


「そうなさいませ。皆命を掛けてあなた様をお守りする所存にございます。ですから陛下は一刻も早くお逃げください」


 別の将校が同意して促すと、他の男達も賛同するように頷く。

 そんな男たちを眺めると、アージェスはのんびりと立ち上がった。


「冗談はよせ。どうせ、帰れば苔むした城に詰め込まれるんだ。ならば今のうちに存分に暴れておかないとな」


「悠長なっ。無謀すぎます。あなた様とて連戦でお疲れのはずです。ここはどうか……」


 将校の一人が説得を試みようと、アージェスの前に立ちはだかろうとした。

 その肩を、セレスが掴んで引き止める。

 無言で首を横に振った。

 控えていた近衛騎士が、アージェスの肩に外套を羽織らせ、片膝をつくと剣を差し出した。

 それを受け取ると、腰に携え外套を翻して外へ出る。


 

「おいっ、倍以上の敵に挟まれてるんだぞ。陛下は正気なのかッ!?」

  

 テント内では肩を掴まれた男が、その手を振り払ってセレスに詰め寄っていた。


「陛下は昔から好んで争いごとに入っていかれるお方だが、どんなときも負ける喧嘩はしない。何か秘策をお持ちなんだろう。我らが王を信じようではないか」



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