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第18話 秘密の部屋と青い鳥 1

 心地よく目覚めると、見覚えのある天井が見えた。

 大きな手がルティシアの頬に触れて、次いで部屋の主が乗り出してくる。


「起きたか?」


「はい、おはようございます」


 挨拶の最中に迫るアージェスの顔にドキドキと鼓動が高鳴り、顔が火照って熱くなる。

 初めての口づけから三日目の朝だった。

 アージェスは、目覚めと寝しなに必ずキスをしてくる。

 顔を離すと抱きしめられ、束の間の抱擁もまだ慣れない。

 同時に背中や後頭部に留まっていたアージェスの手が、もぞもぞと落ち着きなく寝衣越しに這うようになり、ルティシアは気が気ではない。

 身体の線を確めるような手つきで、脇や足、胸にまで伸ばされると羞恥で涙が滲む。

 髪に頬を寄せられ、優しく頭を撫でられる。


「いい子だ。続きはまた夜だ。少しでいい、俺の相手をしてくれ」

 

(私など、相手になさらないでください)


 以前のルティシアなら、そう言って王を拒めただろう。けれど、今のルティシアにはそれを口にすることができなくなっていた。

 望んではいけないと自制するも、また夜に触れてもらえると思うと、それだけで頬が上気して、胸が高鳴った。

 抱きしめられる陛下の腕の中が心地よくて、ルティシアは素直にコクリと頷いた。



    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆

 


「今日からお前の世話と話し相手をしてもらう」


 朝食の後、珍しく執務の前にルティシアと居室に戻ったアージェスが、侍女を紹介した。


「ファーミアと申します。実家の屋敷から出てきたばかりで、分からないことばかりですが、一生懸命勤めさせて頂きますので宜しくお願い致します」 


 整った顔立ちに、目は忙しなく動いて落ち着きには欠けているが、溌剌として清清しいぐらい礼儀正しく挨拶をした。

 しかも、ルティシアを見ても、嫌な顔をする気配が微塵もない。

 

「ファーミアの父親の男爵は偏屈で変わり者だか、根拠のない噂を鵜呑みにしない孤高な男だ。そんな父親が育てた娘だ。お前のことも怖がっちゃいない。だから、顔を見せてやれ」


 促されて、ルティシアは恐る恐る顔を上げた。


「うわ、本当に赤い、ガーネットみたい。それになんてお綺麗なのかしら」 


 声を高くして目をキラキラと輝かせるファーミア。

 今まで誰にもされたことのない反応に、ルティシアは面食らう。

 

「そうだろう。お前も可愛いがな」


 ルティシアと背丈も年頃も変わらない少女の頭を、アージェスがガシガシと乱雑に撫でた。

 綺麗に束ねた髪を乱されて、ファーミアが苦笑する。


「お気遣いはいりません。陛下のルティシア様自慢のお話は充分伺いましたから」

 

 ちらりとアージェスを見上げると、快活な笑顔に冗談めかしてウインクしてみせた。

 ルティシアは頬が熱くなるのを感じてすぐに俯く。



 アージェスが執務へ向かってしばらくして、長椅子にじっと座っていた。

 ルティシアは困惑していた。

 拒絶されるばかりだった彼女には、これまで友達ができたこともなければ、アージェス以外に気軽に話せた者さえいなかった。

 接っし方も分からなければ、何を話して良いのかも検討がつかない。おまけに顔は、癖ですぐに俯いてしまう。口下手な上、自慢できるような取柄もない。根暗で面白みのない人間だ。きっとすぐに飽きられてしまうだろう。そんなことを考えていると、ファーミアに声をかけられた。


「お天気も宜しいですし、お庭にでも出られますか?」 

   

「庭ではないのだけど、行くところがあるの……私といてもつまらないでしょうから、私の事は気にせず自由にしていて」


 こういうことは先に話しておくに限る。

 何をしても不審がられ、気持ち悪がられてきた。ならば、初めから一緒にいない方が良い。

  

「そういうわけにはまいりません。陛下より、なるべくルティシア様のお傍にいるように、と仰せつかっておりますので」


 即答したファーミアはきっぱりと言い切った。

 アージェスのその心遣いだけでルティシアの胸はほかほかと温かくなる。それだけでもう充分だ。せっかく好意的に近づいてくれた彼女を、忌み嫌われる自分に巻き込みたくはない。


「……ごめんなさい、私のせいであなたにこんな役目を。このお部屋以外では陛下にお話できないから、夜にでも……」


「そ、そんな、もうお役御免ですか? 私、何かルティシア様に失礼なことをしたのでしょうか?」


 すぐに察したファーミアが、悲壮な顔をして涙ぐんだ。

 予想外の反応にルティシアは慌てた。


「ち、違うのあなたが悪いのではなくて……」


「ではお傍において下さい」


 両手を組んで嘆願されてはもう何も言えない。

 そんなこんなでルティシアは、新しい侍女と一緒に過ごすこととなり、王の居室を後にした。



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