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第14話 気になる存在

「おめでとう!」


 二十五本の腕が杯を手に挙げられる。

 広いはずの部屋がむさくるしい男たちでいっぱいだ。

 寄せ集めのテーブルに料理が並び、男たちは不揃いな椅子を分け合って座っている。

 親しい友人たちに祝われた今夜の主役であるセレスは、戸惑いながらも感謝した。


「ありがとう。四人目の出産にしてこれほど祝ってもらえるとは、なんだか申し訳ないな」


「気にするな。皆が集まる口実に過ぎない。これまでゆっくり時間をとる余裕などなかったからな」


 そう言ってアージェスがワインを軽く煽った。

 平服でくだけた装いだが、仲間に囲まれていても彼は威風堂々たる王の風格が滲み出ている。

 だがあえて、セレスは隣に座るアージェスに親しく接するように心がける。

 それをアージェスが望んでいるからだ。

 彼が意外と寂しがり屋なことを知っているのは、多くの友人の中でも数少ないだろう。


 集まった仲間は、近習のトルテに近衛の副官、騎士が数名、他にも王に仕える文官と大半が家臣だ。残りは都で商いなどを営む者たちだ。

 皆、アージェスとの付き合いは、もう十年以上になる。

 王位につくまでは、旅から都に帰ってくるたびに集まっては、明け方近くまで一緒に酒を酌み交わしていた。

 懐かしく思いながらアージェスは友人との会話や酒を楽しんだ。

 そこへ、セレスの妻が生まれて間もない赤子を抱いて、夫の友人たちに見せに来た。


 赤子を見に行った後で、トルテがアージェスの右隣が空席になっているのを目ざとく見つけて陣取った。

 そこへもともと座っていた政務官の友人が戻ってくる。


「トルテ、そこは俺の席だ」


「いいじゃん、少しぐらい」


「それはこっちの台詞だ。俺らの中でもおまえが一番アーシュの近くにいるんだぞ。こんなときぐらい譲れよ」


「分かったよ」


 仕方がないというように、手を挙げてその隣の椅子に座る。


「勝ち誇りやがって。相変わらず腹立たしい奴だ。俺のほうが年上で階級も上だってのに。少しは敬え」


 両手に拳を作ってトルテの眉間をぐりぐりと挟む。

 トルテは嫌がりながらも笑っている。


 戯れる二人をアージェスも笑って眺めたが、すぐに視線を別のところに向けた。

 左隣に座るセレスが、その視線の先を追う。

 そこには幸せそうに微笑むセレスの妻がいた。


「我が子は可愛いぞ。……お前も欲しくなったか?」


 アージェスの空になった杯に、ぶどう酒を注ぎながら訊ねた。


「いや、そうではないが、女の幸せがどこにあるのかと思ってな」 


「なんだ、幸せにしたい女でもできたのか?」


「いや、なんとなくだ」


 セレスは穏やかな笑みを浮かべた。


「愛されることじゃないのか? 一夜限りではない。生涯を貫く愛だ。おまえが一人に絞れない気持ちはなんとなく理解できるが、そうも言っていられない。……家臣としては一日も早いご成婚を望みたいところだが、友人としては焦らずじっくり相手を探すべきだと思うよ」


「俺も同感だ」


 大臣の一人である伯爵の副官を務める政務官の友人が頷いた。


「取り巻き連中は、自分の娘をわれ先に嫁がせようと躍起になってるが、もらう女次第で男は振り回されるからな。慎重に選ぶべきだ」


「そうだね。婿入りで出世街道もいいけど、僕は誰かの奥さんみたいにヒステリックなご婦人は願い下げだよ」


 料理をつつきながら、トルテが軽い調子で笑い飛ばす。


「誰かって、俺のことか?」


 再び政務官の友人がトルテの眉間を攻撃する。



 そんな騒ぎの中、部屋にセレスの子供がやってきた。

 寝ていたのか寝衣姿で目を擦り、母親の元へいく。

 母親にどうしたのかと訊ねられると、子供は外を指差した。


「ラーラが、また外へ行っちゃった」 


「またか、あいつは」


 そう言って立ち上がったのはセレスだった。


 彼は伝えに来た子供の頭を撫でると、部屋へ戻るように促した。

 セレスが、屋敷の外へ出て娘を探しに行った。

 やがて、娘を腕に抱いたセレスが戻ってくる。

 心配する妻に子供の無事な姿を見せてやると、子供部屋へと寝かしつけに行った。


「騒がせて悪かったな」


「また夢遊病か?」


 戻ってきたセレスに政務官の友人が声をかけた。


「ああ」


「パトリシアの次はラーラか。気が休まらないな」


「まぁ、少しは慣れたがな」 


 話しながらセレスがアージェスの隣に座った。


「睡眠状態で歩き回る、というやつか?」


「ああ。今日は急病人が出て来てないが、医者になったミーシャに相談したら心の問題じゃないかって言われた。厳しくしすぎたかもしれん。様子を見ているところだ」

 

「治るのか?」


「治るさ。さっきここへ来た上の娘も、この間まで夜中に徘徊していたからな」


「そうか」


 アージェスはそれっきり無口になり、何気に窓外へ視線を移した。

 先ほどから脳裏を掠める光景が頭から離れない。

 落ち着いていられず立ち上がった。


「悪い、急用を思い出した。帰る」


「そろそろご婦人の肌が恋しくなったか?」


「いや、そういうわけじゃない」


 茶化す友人に、ふざけて返してやる気にもなれず、真面目な顔で戸口に向かった。

 当然とばかりに、家臣組みが立ち上がる。

 城からセレスの屋敷に来るときは、二十人近くの友人と馬に乗ってやってきた。

 だが真夜中の城へ、仰々しく帰るのは好まない。

 やれやれとアージェスは振り返った。


「諸君、五人以下で頼むよ」


 これからしようとすることを考えると一人で帰りたいぐらいだった。

 しかし、国主の身では軽率なことはできない。

 己の身に万一のことでもあれば、彼らが宮廷より厳罰に処されることになる。

 近衛隊長であるセレスとその副官は、選ばれるまでもなくその任務にある。

 残る三人の座を、友人たちは揉めに揉めた後、じゃんけんで解決した。

 家臣組は、文官も含め腕の立つ頼もしい連中ばかりだ。

 最後の最後でじゃんけんで負けた政務官が、一人悔しげに呻いた。

 ナイト役を勝ち取ったトルテが、意気揚々と他の四人と馬に乗る。


「好きだからって、あまりいじめるなよ」


 アージェスがトルテをたしなめると、親しい近習はいたずらがばれた子供のように舌を出して苦笑した。



 

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