第12話 白兎のお散歩 2
国王には常に王を守るために護衛の騎士が就いている。
部屋に入ればそれがどこの部屋であろうと、部屋の外、扉の両側に二人の騎士が立つ。
護衛を務めるのは、精鋭で編成された王室近衛隊だ。
近衛騎士の中でも、就寝時の警護にはアージェスが自ら人選した口の堅い者達にあたらせている。
その中にアージェスの友人が含まれていないのは、私生活を覗かれて揶揄されるのを避けるためだ。
友人といえど、揶揄われるのは恥ずかしい。
任務に就いた騎士の話では、ルティシアは当初から毎早朝ではなく、深夜から部屋を抜け出し、そのまま朝まで戻ってこないそうだ。
事実を知ったアージェスは、翌晩部屋に鍵を掛けて眠った。
これで安心と寝室で眠っていると、にわかに隣室が騒がしくなった。
「開けてっ。ここから出してよっ!」
何事かと飛び起きて隣室へ急げば、ルティシアが廊下へと繋がる扉を叩き、泣き喚いていた。
アージェスはすぐに室内を見回したが、何も変わった様子はなく、何がルティシアをそうさせているのか全く分からずに混乱した。
だが、苦しげに悲痛な叫びを上げる少女を見ていられず、アージェスは鍵を開けて部屋から出してやった。
寒くないようにルティシアの肩にケープをかけてから外へ行かせる。
裸のアージェスはすぐに寝衣を着て、ガウンを羽織ると後を追った。ルティシアは昨夜と同様の場所で眠りにつき、抱き上げて連れ帰ると、寝室で寝かせた。どっと疲れを覚えて、自身は長椅子に身を横たえた。
翌朝、アージェスの寝台で目覚めたルティシアは何も聞かなかった。
そしてその日も日が落ちた。
「何も仰らないのですか?」
長椅子に陣取るルティシアが、寝室へ向かうアージェスに珍しく自分から声をかけてきた。
アージェスは寝室への扉の柄に手をかけたまま、振り返らずに答える。
「人にはそれぞれ癖というものがある。癖は人に言われて直せるものじゃない。好きにして構わないが、おまえが風邪を引かないかが、俺は心配だ」
「……気味悪くないんですか?」
悲しげなルティシアの声に胸がぎゅっと締め付けられる。
アージェスは振り返った。
ルティシアは泣いてはいない。
今にも枯れそうな花のようにうなだれて、苦しみに一人で耐えているようだった。
「驚きはしたが、そんな風には思わない。少しでもおまえの力になってやりたい。全ての人間がおまえを非難しようとも、俺だけはおまえの味方だ。俺がおまえをどんなことからも守ってやる」
ルティシアは、彼を真っ直ぐに見上げた。
大きな瞳に、瞬く間に涙が盛り上がって静かに白い頬へと流れ落ちていく。
(お前はずっと一人で苦しんでいたのだな)
ルティシアは両手で顔を覆った。
アージェスは歩み寄り、彼女の前で床に膝をつくと、慰めるように頭をよしよしと撫でる。
「部屋に鍵はかけない。行きたいなら行けばいい。危なくないよう俺が守ってやる」
「いいえ、ご心配には及びません」
感情を押し殺したような目で、ルティシアは迷うことなく言い切った。
(なぜ、俺に甘えない。辛くないわけがなかろう。俺が男だからか)
「若い娘が真夜中にたった一人で出歩いて、いつもいつも無事に帰ってこれるほど甘くはない。メリエールの離れで、おまえは外に出て男に襲われたんじゃないのか? だから男が嫌いなんだろ?」
一瞬にして小柄な身体が強張る。
その反応だけで充分だった。
ルティシアの答えを待つことなくアージェスは再び口を開く。
「ずっと引っかかっていた。おまえはメリエールの屋敷でも、いつも部屋に篭もっていた。そんなおまえが、草むらに倒れた俺をどうやって見つけたのかって。おまえは出歩いていたんだ。それも夜中に」
コクリと頷き、黒髪が上下に揺れた。
困惑の色を滲ませておづおづと打ち明ける。
「寝ている間に身体が勝手に動いているようなのです。陛下が倒れておられたところは、いつも私が目覚めたときにいる場所でしたから」
「さぞ、驚いたことだろう」
頷いたルティシアの頭を撫でて、子供に言い聞かせるように告げる。
「もう、怖い思いはさせん。だから安心して眠れ」
明るく告げると、アージェスは立ち上がった。
不安げに見上げる真紅の瞳を、安心させるように微笑んで見つめた。
「寝室の扉もいつでも開く。何かあれば俺を頼るといい」
躊躇いながら、けれどルティシアは深く頭を垂れた。
「ありがとうございます、陛下」
アージェスは笑みを消して寝室へ入った。
頭を下げて欲しかったわけじゃない。
もっと心を開いて頼って欲しい。
それができないほど頼れないのかと思うと、どこまでも気持ちが沈んでいくのだった。