表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/79

第12話 白兎のお散歩 2

 国王には常に王を守るために護衛の騎士が就いている。

 部屋に入ればそれがどこの部屋であろうと、部屋の外、扉の両側に二人の騎士が立つ。

 護衛を務めるのは、精鋭で編成された王室近衛隊だ。

 近衛騎士の中でも、就寝時の警護にはアージェスが自ら人選した口の堅い者達にあたらせている。

 その中にアージェスの友人が含まれていないのは、私生活を覗かれて揶揄されるのを避けるためだ。

 友人といえど、揶揄われるのは恥ずかしい。


 任務に就いた騎士の話では、ルティシアは当初から毎早朝ではなく、深夜から部屋を抜け出し、そのまま朝まで戻ってこないそうだ。

 事実を知ったアージェスは、翌晩部屋に鍵を掛けて眠った。

 これで安心と寝室で眠っていると、にわかに隣室が騒がしくなった。


「開けてっ。ここから出してよっ!」


 何事かと飛び起きて隣室へ急げば、ルティシアが廊下へと繋がる扉を叩き、泣き喚いていた。

 アージェスはすぐに室内を見回したが、何も変わった様子はなく、何がルティシアをそうさせているのか全く分からずに混乱した。

 だが、苦しげに悲痛な叫びを上げる少女を見ていられず、アージェスは鍵を開けて部屋から出してやった。


 寒くないようにルティシアの肩にケープをかけてから外へ行かせる。

 裸のアージェスはすぐに寝衣を着て、ガウンを羽織ると後を追った。ルティシアは昨夜と同様の場所で眠りにつき、抱き上げて連れ帰ると、寝室で寝かせた。どっと疲れを覚えて、自身は長椅子に身を横たえた。


 翌朝、アージェスの寝台で目覚めたルティシアは何も聞かなかった。

 そしてその日も日が落ちた。



「何も仰らないのですか?」


 長椅子に陣取るルティシアが、寝室へ向かうアージェスに珍しく自分から声をかけてきた。

 アージェスは寝室への扉の柄に手をかけたまま、振り返らずに答える。


「人にはそれぞれ癖というものがある。癖は人に言われて直せるものじゃない。好きにして構わないが、おまえが風邪を引かないかが、俺は心配だ」


「……気味悪くないんですか?」


 悲しげなルティシアの声に胸がぎゅっと締め付けられる。

 アージェスは振り返った。

 ルティシアは泣いてはいない。

 今にも枯れそうな花のようにうなだれて、苦しみに一人で耐えているようだった。


「驚きはしたが、そんな風には思わない。少しでもおまえの力になってやりたい。全ての人間がおまえを非難しようとも、俺だけはおまえの味方だ。俺がおまえをどんなことからも守ってやる」


 ルティシアは、彼を真っ直ぐに見上げた。

 大きな瞳に、瞬く間に涙が盛り上がって静かに白い頬へと流れ落ちていく。

 

(お前はずっと一人で苦しんでいたのだな)


 ルティシアは両手で顔を覆った。

 アージェスは歩み寄り、彼女の前で床に膝をつくと、慰めるように頭をよしよしと撫でる。

 

「部屋に鍵はかけない。行きたいなら行けばいい。危なくないよう俺が守ってやる」


「いいえ、ご心配には及びません」


 感情を押し殺したような目で、ルティシアは迷うことなく言い切った。


(なぜ、俺に甘えない。辛くないわけがなかろう。俺が男だからか)


「若い娘が真夜中にたった一人で出歩いて、いつもいつも無事に帰ってこれるほど甘くはない。メリエールの離れで、おまえは外に出て男に襲われたんじゃないのか? だから男が嫌いなんだろ?」


 一瞬にして小柄な身体が強張る。

 その反応だけで充分だった。

 ルティシアの答えを待つことなくアージェスは再び口を開く。


「ずっと引っかかっていた。おまえはメリエールの屋敷でも、いつも部屋に篭もっていた。そんなおまえが、草むらに倒れた俺をどうやって見つけたのかって。おまえは出歩いていたんだ。それも夜中に」


 コクリと頷き、黒髪が上下に揺れた。

 困惑の色を滲ませておづおづと打ち明ける。


「寝ている間に身体が勝手に動いているようなのです。陛下が倒れておられたところは、いつも私が目覚めたときにいる場所でしたから」


「さぞ、驚いたことだろう」


 頷いたルティシアの頭を撫でて、子供に言い聞かせるように告げる。


「もう、怖い思いはさせん。だから安心して眠れ」


 明るく告げると、アージェスは立ち上がった。

 不安げに見上げる真紅の瞳を、安心させるように微笑んで見つめた。


「寝室の扉もいつでも開く。何かあれば俺を頼るといい」


 躊躇いながら、けれどルティシアは深く頭を垂れた。


「ありがとうございます、陛下」


 アージェスは笑みを消して寝室へ入った。

 頭を下げて欲しかったわけじゃない。

 もっと心を開いて頼って欲しい。

 それができないほど頼れないのかと思うと、どこまでも気持ちが沈んでいくのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ