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第9話 色男も棒に当たれば悩みだす

 アージェスは、服を脱ぐのも面倒で、そのまま寝台に倒れ込むと、盛大に溜息をついた。

 

(分かりづらい女だ)


 ルティシアとは、部屋の外ではせいぜい食事時に会うぐらいなのだが、常に俯いて萎縮していた。家臣らがまるで監視でもするように見ているからだろう、話しかけてもこない。アージェスが庇うにも限界があり、所有の証たる『隷属の首輪』をつけておいて正解だったとさえ納得するほどだ。

 居室でアージェスの前だけ見せる反抗的な態度は、反動による甘えなのだろうと解釈していた。

 しかし、あれは違う。本気で怒らせて処刑されるように仕向けていたのだ。たかが小娘と侮っていた。優しくしてやればすぐに靡くと。

 裏切り者の娘で、主であるアージェスに多少の罪悪感を抱いていたとしても、不思議ではない。だが、例え親や兄達が処刑されたとしても、他の者達は極刑を免れたのだ。戦利品といっても命の保障はされている。それがどうして死を覚悟することになるのか。


 年頃の娘なら恋に目覚め、憧れや夢を抱くものではないのか。

 若く独身の王は女達の憧れの存在だ。それでなくとも女が放っておかない。若い娘から熟女まで寄り付くというのに。ルティシアにはそれらが一切ない。

 思い返せば出会いが少々悪かったのかもしれない。

 何せ助けられておきながら、ルティシアの侍女を抱いている現場を目撃された挙句、揶揄して追い返してしまった。

 口に出す気はないが、ルティシアに助けられたことを、今でも忘れてはいない。深く感謝している。

 だから守ってやろうとしている。

 傷つけるつもりも、まして命を奪うつもりもない。それなのに、命を差し出すような真似をされて、無性に腹が立った。

 殴るつもりもなかったが、気がついたときには打っていた。無論、無意識でも手加減はしたが、殴った手がやけに痛んだ。


「何をやってるんだ、俺は……」


 アージェスは結婚相手に悩んでいた。

 家臣の娘の中から選べば、確執を生むことは避けられない。

 派閥が生まれ、花嫁を輩出できなかった別の派閥から側室を押し付けられる。そうして迎えた妻たちの間では、誰が先に世継ぎを産むかで火花が散り、権力争いは加熱していく。

 家臣らに煽られ、焚きつけられ、勃発した王位争いで血を流すことも珍しくはない。

 王が代わり、妻達が入れ替わっても、いつの時代も繰り返される負のループだ。

 今は亡きアージェスの母は、権力争いに巻き込まれることを恐れ、後宮の片隅で部屋に閉じこもる日々を過ごしていた。

 成長したアージェスは醜い争いを見るのが嫌で、王宮から離れ、旅人となった。

 生涯関わらずにすむと思っていたアージェスに、玉座はまさに晴天の霹靂。


(民と家臣らの切望を叶え、諸国から国を守り、平穏を取り戻してやったのだ。妻まで、やつらの思惑通りにしてたまるか。俺が玉座に君臨する限り、家臣の機嫌取りも無駄な権力争いもさせん。その為には、派閥を産まない女が必要だ。それがお前だ、ルティシア)


 反逆者の娘だが、貴族で血筋は正しい。

 ある程度の教養も身についており、国王の花嫁に迎えるにあたって差し障りはない。

 ベルドールには珍しい黒髪も、真紅の瞳も、アージェスにとってはたいした問題ではなかった。


 しいて挙げればルティシアに拒絶されていることか。

 だが、一緒にいればそんなものはどうとでもなる。


(ルティシアにはもう頼れる者が俺しかいないのだからな。后にすれば、俺の願いは叶い、それがお前を守ることにもなる。だから早く俺のものになれ)


 アージェスはそう思いながらも、溜息をついていた。





 食事の席でルティシアと会っても会話はなく、日が経つにつれアージェスは無口になっていた。

 どこか精彩を欠いた国王を、家臣らは怪訝に眺めた。

 午後のお茶の時間に、近習が探りを入れてくる。


「あの娘は相変わらず、陛下に冷たいようですね」


 執務室の長椅子で紅茶を一口すすると、アージェスはうなだれた。


「強情な女だ。あんなにそっけないやつも珍しい」


 意気消沈する主に、近習が意外そうな顔をし、すぐに気を取り直したように笑んだ。


「寝台ではお相手をさせているのでしょう? でしたらそのうちに……」


「させてない」


 聞くに堪えかねてぼそりと口を挟んで遮った。


「え?」


 近習が驚いた様子で間抜けな顔をし、アージェスは不貞腐れる。


「俺を受け入れようとしない」


「まさか、ご冗談を。あなた様を袖にするご婦人などおりませんよ……」


 憂いに翳る主の横顔を、近習は信じられないといわんばかりの表情で見てくる。


「誠ですか?」


「おまえに嘘をついて何の得がある?」


 気の置けない近習の名はトルテ。

 極身近な側近として、長年の友人の中からアージェスが選んだ男だ。二歳年下の弟分で、いたずら好き。お調子者だが、意外と細かいところにまで気が回り、アージェスのこともよく理解してくれている。裏表のないさっぱりとした性格で、疲れたときの話し相手には調度良かった。


「それもそうですね」


「自分の父親が俺を裏切ったからだろうが、反逆罪で俺に処分を煽ってきた」


「……なにやら、複雑なご事情でもありそうですね」


 神妙な顔つきになるトルテに促されて、アージェスは誰にも話していなかったことを語る。


「アレは俺の恩人だ。旅先で死にかけていたところを助けられた。ルティシアがいなければ、俺は野垂れ死んで、今ここにいなかったかもしれん」


 トルテは納得したように、口元を綻ばせた。


「そうでしたか。……では、あの娘に部屋をお与えになり、少し距離を置いて冷静になられてはいかがですか?」


 王宮で働く大半の者が、ルティシアが王の傍にいることを快く思ってはいない。アージェスが、自国の王宮でしか暮らしたことのない王子であったなら、現状はなかっただろう。彼らと同じ認識を持ち、戦利品の中からルティシアを見つけても、近づくことも目に留めることもなかったに違いない。だが生憎、市井を知り、地方や辺境、他国を巡ったことのあるアージェスには、ごく一部の狭い見識など馬鹿らしくて話にもならなかった。そんな彼のことを友人達は熟知し、ルティシアを傍に置くことに別段何も言わない。むしろ、好意的に見守ってくれている。

 

「部屋……か」


 トルテが言うことは最もで、周囲に認められた間柄であればすぐに頷けただろう。いやそれが出来るなら、初めから己の居室に住まわせてなどいない。とっくに後宮の一室を与えている。

 アージェスは王宮に集う者たちを信用していなかった。共に戦乱を生き抜いた家臣らですら、未だに信用しきれていない。

 信じられるのは長年の友人とごく一部の家臣のみ。無意識の内から、確実に守れる場所を的確に選んでいたのは防衛本能によるものだ。 

 手放さずとも、部屋を与え、その分目が届かなくなれば、ルティシアを排除したがる者達に隙を与えることになる。ただでさえ、ルティシアはアージェスに頼ることもなく、死ぬことさえ覚悟しているのだ。不満を持つ者たちに、いいように追い詰められかねない。

 薄い氷上を歩くような危うさだ。

 

「……考えてみる」


 しばし逡巡したが答えは出ないまま、いつになく歯切れが悪くなった。



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