表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/79

お姫様ではないもの

 少女は生まれたばかりの妹の部屋に忍び込んだ。

 家族から会うことを固く禁じられていたのだが、どうしても見てみたかった。

 ゆりかごの中には、気持ち良さそうに眠る可愛らしい赤子がいる。


(なんて愛らしいのかしら。まるで天使のよう)


 初めて見る赤子に感嘆の吐息がほうっ、と漏れる。

 何もかもが小さく、柔らかそうな頬に触れてみたくて思わず手が伸びる。 


「触らないでっ!」


 戸口に現れた美しい女が鋭く制し、少女は驚いてびくりと震えた。

 女は駆け寄って赤子を急いで抱き上げる。

 まるで賊でも見るような目で睨むと、視線を抱いている赤子に向ける。

 先刻まで警戒していた女の顔が見る間に青褪めていく。


「い、息をしてない。マドレーヌっ、マドレーヌっ、誰か、誰か来てッ!」


 赤子を抱いたまま女は狼狽え、屋敷中に響くような甲高い声で人を呼んだ。


(そ、そんなっ!)


 つい先ほどまでは、すやすやと気持ちよさそうにすやすやと眠っていたのだ。

 それが、この短時間で息を止めるなど信じがたいことだ。

 無論、少女は赤子に何もしていない。

 頭の先からつま先までサーと血が流れていくような感覚がして、少女は何も出来ずに青褪めた。

 思い出したかのように女が振り返る。


「この子に何をしたの?」


「わ、わた、わたしは……」

 

 血の気の失せた怒りの形相に、少女は震え上がって上手く話すことも出来ない。


「お前が殺したのでしょう?」


 何もしていない。触れることさえしていない。

 少女はただ愛くるしい姿を見ていただけだ。


「ち、ちが……」


 萎縮で狭まった喉からは上手く声が発せられない。


「悪魔……出て行け、出て行けッ!」


 女が狂ったように叫び、少女はろくに釈明もできないまま濡れ衣を着せられ、背後にある庭へと続く扉から追い出された。

 外は暗く、秋の冷たい夜風が少女の身も心も凍えさせる。

  

「母上様、私は……私は……」


 閉ざされた扉に呼びかけようとするけれど、喉が詰まり声が出せない。

 例え呼びかけ、その声が届いたとして、名前さえ呼んでくれない母を前に、何が言えるだろう。

 何かを言おうとして、話を聞いてもらったことがあっただろうか。

 いつも顔を見るだけで責められ、罵られて話しさえさせてもらえなかった。

 溢れた涙で木戸の木目が滲み、零れそうになる嗚咽を、鉛を呑むような苦しさで呑み込んだ。

 


 寝台に横たわり、少女は思う。


(私はなぜ、ここにいるの?)


 物語のお姫様は、どんな苦難に遭っても、王子様が必ず救出に来てくれる。主人公を苦しめていた悪は、退治されて悲惨な最期を遂げ、最後は王子様と幸せになれる。


(だけど私は……お姫様じゃない。いくら待っても、王子様は来ない。だって私は……)


 昼間であれば、本を読んだり、刺繍をしたり、何かしらすることがあるけれど、夜になると何もすることがなくて、眠れずに栓なきことを延々と考え、涙に暮れる。

 そんな日々が続いたある夜、気づけば少女は野外の草上にいた。

 すっかり体は冷え、緩慢な動作で起き上がろうとしたとき、草や木ではない何か温かいものに触れた。

 ぬるりとした感触に、月光に照らされた手を見れば真っ赤に染まっているではないか。

 周囲を木々に囲まれた林中、隣には男がうつ伏せになって背中から大量の血を流していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ