第7話
第7話
静かな音を立てエレベーターは上昇し、再び館の中に戻ってきた。部屋を出て廊下に出てみると、少女は最奥の部屋の前に立ち止まって笑みを浮かべ、音を立てることなく姿を消した。
「幽霊…かしら? でも彼女何か見覚えがあるのよね…」
麻耶は少女が消えた場所に行きドアの前に立った。
「この部屋はさっき開かなかったのよね。今度は開いているのかしら?」
もちろんこの部屋も先ほどの際に調査済みである。しかしその時はどうやっても開ける事ができなくて渋々断念したのだ。麻耶は半信半疑でそのドアのノブを捻ると、何の抵抗もなくドアは開いた。
「一体何なのかしら? まあここまで来たらなんでも来いよね」
麻耶は腹を括りその部屋に足を踏み入れた。そこは何も無い部屋だった。あるのはタンスとベッドぐらいであり、よほどの秘密があると勢い込んでいただけに肩透かしを食らった気分である。あの少女はここに招き入れてどうするつもりだったのだろうか。
「特に何かあるわけでもないし…」
念入りに調査をしてみるが、そもそも物自体がないので直ぐに終了する。とそこでふと気づく。そこに少女の姿が無いのだ。
「彼女はどこに行ってしまったのかしら?」
麻耶は頭を傾げていると
「初めまして、お姉さん」
と急に頭に声が響き、音も無く目の前に少女が姿を現した。
「わっ! びっくりした~」
まるでドッキリをされたかのようで心臓がバクバクいっている。少し落ち着こうと深呼吸し、少女に疑問を投げかけてみることにした。
「あなたは一体誰なの?」
麻耶は少女に問いかけると
「お姉さんはもう気づいているんですよね?」
と少女はあどけない笑顔で答えた。といっても声を出すわけでもなく、頭に声が響く。麻耶は少女の言葉を考え、半ば確信を持って
「あなたは…、ミリアさん?」
と聞くと
「はい。私の名前はミリア・シューワンです。ミリアって呼んでくださいね」
と答えた。彼女がミリアである以上、この少女の正体は明らかだった。
「あなたは幽霊なのね?」
「はい。私はこの世にはいてはいけない存在です。でも今はこの世を離れるわけにはいかないのでこの世に留まっています」
「やっぱり…。アークライトさんの事ね?」
「はい。彼は私を生き返らせる為に多くの人の命を奪ってしまいました。本来であれば私自身でとめたいのですが、この通り、実体も無く、声を発せれるでも無く、そもそも見える人さえ僅かです。なので私は彼を止めてくれる手助けをしてくれる人が来てくれるのをずっと待っていたんです」
「それを私に頼むって事なの?」
「はい。これは私の最後のチャンスなんです」
「最後ってどういうことなの? こんな事を言うのは何だけど、幽霊である以上、時間はありそうだけど…」
「私にはこの世に留まる力が段々と薄れていっています。恐らくもう殆んど時間は無いでしょう。この世に留まれるのも無制限ではないのです」
「そうだったの…。知らなかったわ。私が前にいた世界ではずっと留まっているみたいな話を聞いたことがあるから、ずっとだと思ってたわ…」
しかし実際に幽霊に会ったのは初めてなので、この情報はあてにはならないが。
「この館に訪れた人は何人もいましたが、私の姿が見える人はいなく、声も届きませんでした。あなたは初めての人なんです。どうかお願いします! 彼を止めてください。これ以上犠牲を出す前に!そして彼には幸せに生きていて欲しいんです!」
少女は声が出ずとも涙を流して泣いていた。恐らく彼の事を心の底から救いたいと願っているのだろう。そして同時に彼の幸せを願っていたのだろう。麻耶は心を決めた。
「分かったわ。あなたの願いを叶える。彼を止めて見せるわ!」
麻耶は少女に固く誓った。かならずこの悲しい悲劇を救ってみせると。
「でも問題があるわ」
「え?」
そう、行動に起こすのにはある問題があった。
「彼を止めるにして方法がないわ。さっき彼と対峙したけど、相手にならなかった。まともに彼とやりあっても敵わないわ。彼の力は強いし、それはさっきの件で実感しているわ。だから何か方法が無いと彼を止めるのは不可能よ。何かいい方法とかある?」
麻耶は希望を込めて少女に聞く。すると
「一つだけ方法があると思います」
と答えた。
「本当? 一体どうやるの?」
「もう一人の彼女を使うんです」
「もう一人の彼女って…、チルノの事?」
「はい。あの捕らわれている彼女は少し人とは違う感じがします。彼女は人間では無いんですね?」
「え、ええ…。たしか妖精だったはずよ?」
ただし妖精の前に『馬鹿』が8個ぐらいつくが。
「人とは違う存在である彼女なら私とリンクができるはずです。もし彼女とリンクすることが出来たのなら私の声が直接彼に届くはずです。それができたのなら必ず父を止めて見せます」
「そんな事できるの? 仮にできたとして、もし説得に失敗したら?」
もしミリアの声が彼に届いたとしても、必ず彼を止められる保障は無い。むしろ説得できなかった事を考えておくのが妥当であろう。
「その時は最後の手段を取ります」
「最後の手段?」
「ええ。幽霊というのは普通何かこの世に未練がある人たちが命果てる時にこの世に留まる事で成り立ちます。その留まる理由は様々で、家族などを思って留まったりする善の人もいれば、誰かを恨んで死んでしまった為にその人を憎んでこの世に留まる悪の人など様々です。もし悪のものであったのならば、いずれその者は幽霊から別のものに変化を遂げることになります」
「別のもの?」
「はい…。それは悪霊です」
「悪霊…」
私は以前いた世界でのオカルトの情報を思い返した。守護霊といった世間でいい霊といわれるものもいれば、人に害を成す霊といわれるものもいた。恐らくそういう存在なのであろう。
「悪霊はその者に取り付き、取り付かれた者が死ぬまで呪い続け、その者が死ぬと同時に地獄に行くのです」
「悪霊の話は分かったわ。でもそれがどういう関係になるの?」
そう。ミリアは彼女の話す善の存在だ。ならば悪霊では無く、今の話に繋がらない。ミリアはどういう考えで私にその話をしたのだろう。
「確かに今の私は善の存在です。でも…」
「でも?」
「善の存在は悪にもなるのです」
「え? 一体どう言う事なの?」
「人の心というのは非常に変化がしやすいものです。もし善の心が強ければ強いほどそれが悪の心に変化していってしまいやすいんです。あなたにもそういう経験は無いですか?」
私はある事件を思い出した。
その事件は父と娘の二人の一家の殺人事件だった。その家庭は特別な事は何も無い、普通のマンションに住む普通の家族だった。父は娘を愛し、娘は父を愛していた。
しかしある時転機があった。それは父が再婚を決めたのだった。父はもちろん娘を愛していたが、それは家族への愛だった。しかし娘は違った。娘は父を一人の異性として愛していたのだ。父の再婚の話が進むにつれ、娘はある思いを抱くようになった。それは誰かに奪われるくらいなら永久に自分の物にしてしまえばいいのではないかと。
娘は父が寝ている寝室に忍び込み心臓を一突きし、命を奪った。そして何か異臭がすることに気づいた隣人が警察に通報すると、そこには首が無くなって異様な匂いがする父の変わり果てた姿と、首を愛しそうに眺める娘の姿があった。
娘は逮捕されたが反省の言葉は一切でなかった。娘は最後にこう言ったのだった。
「お父さんは永久に私の物…。誰にも渡さない…」
そう言って笑いながら連れて行かれたのだという。
父を思う気持ちが強すぎたために、始まりこそ父を大切に思う善の心であったとしても、その思いが強過ぎたが故に悪の心になってしまった、悲しい事件だった。ミリアが言った事はこう言う事なのではないかと私は思った。
「わかったわ。それで?」
「善の者が悪霊に変化するのは自然と少しずつ変化しますが、その者が強く願うことで強制的に変化することもできるんです。もし私が説得できなかった時は、私は悪霊となって呪い殺し、共に地獄に行きましょう」
「でも! それじゃあなたは…」
恐らく善の心であるためにこうして会話もできれば姿を保てるのだろう。でも、もし悪霊になれば…
「お姉さんは推察力がいいですね」
少女はふっと笑いながら
「恐らく悪霊となってしまった時点で私の自我は無いでしょう。記憶も全てなくなり、その者を殺すことだけしか思うことはなくなるでしょう。でもそれは覚悟のことです」
少女の目には強い決意の光があった。麻耶は何か反論しようとしたが無駄である事を悟った。
「わかったわ。それで私はまずどうしたらいいの?」
心を切り替え、作戦の開始に頭を切り替えた。
「ありがとう」
少女は心の底からの感謝を、頭を下げることで伝えた。
「まずは彼女、チルノさんを助けなければなりません。鍵は地下の管制室にあるはずです。部屋には鍵がかかっていますが私なら開けられます。まずはそこに行きましょう。道案内をします」
「わかったわ」
麻耶は急いで部屋を出ようとすると
「待ってください! これを持っていってください」
そういってミリアはタンスを指差した。すると音も立てずにタンスが開き、中から腕輪のようなものが出てきた。
「これは?」
「通信機のようなものです。この部屋は私の部屋だったものなので、今のように鮮明に交信できますが、外ではそううまくいきません。それをつけてもらえば私が生前身につけていたものなのでうまくいくと思います」
「なるほど…、わかったわ」
麻耶は腕にしっかりと身に付けると気を引き締めた。
「じゃあ改めて行きましょう!」
「はい、よろしくお願いしますね! ええと…」
「そういえばまだ名乗ってなかったわね。私は林 麻耶。麻耶でいいわ」
「はい。では麻耶さん。よろしくお願いします!」
麻耶は再び地下へ目指すため駆け出した。絶対にこの少女ミリアを悪霊なんてさせない。必ず説得を成功させるんだという強い決意を胸に思いながら――――――