第4話
第4話
「ゴッスン、ゴッスン」
正直呼び鈴と言えるか甚だ疑問である意味不明な音がしばらく館に響き渡るが、一向に誰かが迎えに出てくる様子はなかった。
「誰もいないのかしら?」
麻耶はもう一度呼び鈴を鳴らしては見たが、先ほどと同じく誰かが出迎えてくれる様子は見られない。辺り周辺は静寂で包まれており、民家などもないので、もしこのよく分からない地で夜を明かすとなると外で野宿するか、ここの館に世話になるかの二択になる。
「野宿は勘弁したいわね。どうしようか…」
麻耶は思い切って館の扉を開けて中に呼びかけてみることにした。
「ごめんください!」
重厚な音を立てながら扉を開けてみると、そこには豪華な造りの広間(恐らくここがロビーなのであろう)があった。豪華なシャンデリアや、いかにも高級そうなソファーなどが並んでいる。もし明るい時にこの光景を目の辺りにしたらさぞ感嘆な思いになったであろう。しかし今は夜にも関らず電気などの明かりがほとんど無く、所々に蝋燭が立っているだけでむしろ不気味な感じになっていた。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」
もう一度声をかけるが返答は無い。麻耶は意を決し、中に足を踏み入れることにした。
「一体この館はどうなっているのかしら? そもそもここは本当に妖祭館で合っているのかしら?」
とりあえず館の主を探そうと辺りをキョロキョロ見渡すが、外観から察せるように中は広大であり扉がいくつもある。これではどれが館の主の部屋であるか検討もつかない。チルノとかなら部屋を手当たり次第開けていく荒業をしそうではあるが、生憎麻耶はそんな常識知らずではない(本人談)のでどうしようか思い悩んでしまう。
「この館の案内図みたいなものは無いのかしら? あると便利なのだけど…」
これだけ広大なら地図があっても良さそうではと思い、ロビーをぐるりと見渡してみるとそこには「妖祭館」と書かれている案内図と思わしき壁紙を見つけることができた。そこにはその他にも何か書かれている事があったみたいだったが、擦れてその後に何が書かれているのかは分からなかった。
「この後に何が書かれていたのかは分からないけど、ここが妖祭館であるのは間違いないみたいね。ならスクープを追い求めるためにも調査開始!」
麻耶は主の事はとりあえず後にする事にし、スクープ調査の為手始めにここのロビーの風景を数枚カメラに収めた。
「本当に豪華な造りね。ここの主人はどのような方なのかしら。この感じだととても裕福に思えるけど、それにしては静か過ぎる気がするし…」
生憎裕福な暮らしとは縁遠いにも程がある暮らしを送っている為、裕福な暮らしがどういったものであるかはテレビや小説の話を参考に想像するしかないのだが、麻耶の中のイメージでは使用人がいっぱい居て、もっと生活感が溢れているイメージがある。だがこの館は本当に人が住んでいるのかさえ疑問な程の静かさなのだ。
ある程度写真を撮り終えると、ふといなくなってしまったチルノについて思い出した。
「そういえばチルノはどうしたのかな。この館に居てくれるといいんだけど…」
一応はあれでも(全くといっていいほど役にはたたないが)相棒である。このまだ実態が解明できてない不気味な館では必要となる事もあるだろう。…多分、…もしかしたら、…万が一の確立だけど。
とにかくこうしていても始まらないと思った麻耶は館の内部へ足を踏み入れる。すると一番手前にあった扉に目を留める。
「釘の間?」
扉の上に張ってあるプレートにはそう書かれている。少し考えてみるがさっぱり意味が分からない。何かの本で「鳳凰の間」とかそういうのは見たような記憶があるのだが、こんなのは見たことがない。麻耶は興味を惹かれたので扉を開けてみることにした。
「こ、これは…」
その内部は壁や床といった、至る所に桁はずれな数の釘が刺さっていた。そして所々に置かれている人形にはこれでもかというほどの釘が刺さっており痛々しさに包まれていた。
「な、何なの…、この部屋は…」
麻耶は手が震えながらも一通りシャッターを切り終えると逃げるようにその場を後にした。
次に麻耶は再び奇妙な部屋を目にすることになる。
「生命の部屋?」
生命という表現をするということは、このは生き物ということなのだろうか。とすれば動物などを飼育しているのであろうか。だとしたらここでしか見ることができない希少な動物を見ることができるかもしれない。それを写真に収める事ができればスクープになる。
「入ってみる価値はありそうね」
意気揚々扉を開けて中に入った麻耶は、すぐにその扉を開けたことを後悔することとなる。
「こ、これは……」
そこは確かに生命の部屋で間違いなかった。しかしそこは動物が飼育されているような生易しい部屋などではなかったのだ。
その部屋はいわば肉体の部屋、いや『肉塊の部屋』といった表現が正しいのかもしれない。
部屋には様々な生物が解剖され、ホルマリン漬けにされて展示されていたのだ。普段目にする犬や猫などを始め、少女や少年といった幼い子供など人間なども多く保存されていた。
「ひ、ひどい……。一体だれがこんな事を……」
麻耶は罪悪感に悩まされながらこの部屋もシャッターに収めながら慎重に辺りを調査することにする。すると一つの本棚を見つけることができた。そこには麻耶の知識では理解できない程難解に書かれている医学書が多数陳列されていた。
「難しい医学書ばかりあるようね…。あれ、これは?」
全部が医学書だと思っていた麻耶は棚の中に一冊明らかに違う本が混じっていることを発見する。明らかな違和感が気になって手にとってみるとそれは日記のようなものであった。
「手記みたいなものかしら。これはこの館を調べる手がかりになりそうね」
冊子にはタイトルの様なものが書かれていたが擦れていて読むことはできなかった。しかし、書いていた本人の名前のようなものは何とか読み取ることができた。
「アークライト・シューワン…。この人がこの館の主人なのかしら」
その人物の名を手帳に記入しながらとりあえず手記に目を通すことにした。手記は所々ボロボロになっていたため酷く昔のものであることが推測された。辛うじて読むことができたのは随分後のほうからであった。
十二月 八日(木)
私はこれまで多くの動物を解剖してきた。しかし未だに目的を達成するには至らなかった。一体どうすれば私の目的は達成されるのだろうか。私には時間が足りない。運命の日は刻々と近づいている。早く目的にたどり着かなくては取り返しのつかないことになる。早くしなければ…。早く…。
麻耶はもう一度辺りを見渡した。そこには相変わらず目を背けたくなる光景が広がっているが、この手記を読む限りではまだこの時点で『動物』と表現しているので少年や少女を手にかけていないようだ。まあ狂った人間であるならば人間も『動物』と表現するのかもしれないが。
残酷な事を言うようになるかもしれないが、何かの実験をする際に動物を対象とした実験をする事は割とある話だ。主なものはモルモットだろう。この部屋にはモルモットではなく、犬や猫といったものだが、この地域では一般的な可能性もある。。だからそれだけだったら研究の一環として納得できる。だが…。
「でも現にこの部屋では動物だけでなく、私と同じ人間が解剖され、ホルマリン漬けされている…。彼は一体何を目的としているの…? それに運命の日って一体…」
麻耶は続きが気になったので続きを読んでみることにした。
十二月 十四日(水)
ついに私は決心することにした。それは人体、つまりは人間を解剖することだ。人間を解剖するといっても死体を解剖するなら警察などでは司法解剖などがあるためそこまで異質ではない。しかし私にはそれでは役に立たない。私の目的を達するためには生ある状態の人体の解剖、つまり生きている人間を解剖する事が必要なのだ。これは正常な人間からすれば正気の沙汰だとは思えないだろう。実際私ですらそう思うのだから。しかし反面、何の感情も浮かばない自分が居る気がする。恐らく私はすでに人間の心を失くしかけているのかもしれない。しかし、私は目的が達成されるのであれば人間の心など惜しくはない。悪魔にだって魂を売ろう。目的を達成するよう研究を始める決心する時に私は何もかも捨てると決意したのだから…。
麻耶は文章を読みながら確信を得ると同時に恐怖を覚え始めた。やはり今までは人に手をかけていなかったのだ。そしてこの時から彼は狂気に走っていったのだろう。
ただ麻耶はスクープを追い求める時、つまり目的を達成したいと願うときは多少のことなら犠牲にし、手段も選ばずに行動をすることが多々ある。しかしここまでの彼のような思いをもって行動をしたことが無い。
「彼をここまで突き動かす目的というのは一体何なのかしら…」
麻耶はすぐさま続きを読むことにした。しかし続きのページは無く、その後は白紙が続くだけであった。不審に思い何度か見直すとページが破られているような形跡を見つけた。恐らく誰かが続きを破いたのだろう。誰が、何の目的で破いたのかは見当が付かない。
「続きを読みたいけどこれじゃどうしようもないわね…。とにかくもうここにいても仕方ないわ。あら?」
麻耶は手記を棚に戻そうとして一枚の写真が床に落ちた事に気づく。
「写真…、みたいね。これが手記を書いたアークライトさんなのかしら?」
そこにはとても穏やかに笑う一人の男性が写っていた。そこからは手記で書かれているような狂気を行うとはとても思えない、人の良さそうな男性がいた。
「一体彼に何があったのかしら…」
正直謎が深まるばかりだが、今の現状では知る由が無い。
「とにかくこの館にあまり長居しないほうがいいみたいね。スクープをとれる写真を撮ったらここから出たほうが賢明みたい」
何かの役に立つのではと思い写真をポケットに入れた麻耶はこの部屋を後にした。その後色々な部屋を開けてみたが、今までの様な奇妙な部屋は無く、普通の部屋が多かった。多少一部屋毎に本が多かったが今までの衝撃が大きすぎたのか何も驚くことは無かった。
「これでとりあえず一階は見終わったわね。それにしてもチルノはいったい何処にいるのかしら。恐らくこの館のどこかにいると思うのだけど…。この館に居ないとなると探すのも大変だし…」
一階でないと二階しかないのだが、この物音がしない館にあのやかましいチルノはいるとは到底麻耶には思えない。
「もしかしたらここにはチルノはいないのかもしれないわね。とりあえず二階も見てみることにしましょう」
ギシギシという音を立てながら階段を上り館の二階に上がった。階段を上る音が館全体に響くので不気味さが一層際立つ。階段を上り終えるとそこは相変わらず豪華な造りの広間に出た。
「豪華な所はやはり変わらないようね。ここにはどんな部屋があるのかしら?」
一通り廊下の写真を収めた麻耶はとりあえず一番手前の部屋に入ってみることにした。
「ここはどんな部屋なのかな? ん?」
ドアのノブを回すが、鍵がかかっているのか部屋に入ることはできなかった。
麻耶はそこを諦めて別の部屋を目指したがどこも開けることはできなかった。
「おかしいわね。一階の部屋は基本的にどの部屋も開けることができたのに…」
廊下を歩きながら開いている部屋を探すが、どの部屋も開けることはできなかった。
どうしようかと悩みながら一つ一つ確かめていくと、一つだけ開けることのできる部屋を見つけた。そこはいかにも怪しげな造りをしていた。
「な、なんだかここだけドアの造りが違うわね。ここは何の部屋なのかしら」
見た目からしていかにも怪しげな儀式を行っていますと言わんばかりな造りのドアだった。一階の部屋の内容を考え少し開けるのを躊躇ってしまう。
「まあ入ってみれば分かるよね」
ノブを回して部屋の中に入ってみる。一際ドアを開ける音がやけに館に響いた感じがしたのは気のせいだったのだろうか。
「これは…」
そこはテレビや漫画に出てくるような怪しげな部屋であった。魔方陣のようなものが壁などに書かれていたり、蝋燭が置いてあったりしている。窓があるみたいだが釘で打ちつけてあり開かなくなっていた。そして真っ黒なカーテンがかけられており、明かりを灯す蝋燭が一層不気味に思えた。
「また変わった部屋ね…。一階にも変なというか異質な部屋はあったけど…」
一階にあった生命の部屋は現代の医学に基づいた部屋という解釈もできなくは無い。つまり『科学』の部屋だ。しかしこの部屋ではそういうものとは違う。つまり科学では証明できない力、『魔法や魔術』の部屋だ。まったくジャンルの違う部屋に遭遇し麻耶は軽く混乱してきた。
「とにかくこの部屋を少し調査してみるか…」
部屋の内部をカメラに収めながら辺りを探してみると、この部屋にも案の定本棚があった。
本棚には多くの本が収納されており、そこには黒魔術に関して書かれている本が多数置いてあったが、黒魔術に関しての知識が無い私にとってそれがどんな事が書かれているのかは理解することができなかった。
「残念だけど私には何のことかサッパリね。こんな事なら魔理沙を連れてくれば良かったかもしれないわね。あの子なら何の事か分かりそうだし」
しかし今更そんな事を言っても仕方ない。仕方なく一通り部屋の様子を写真に収めた麻耶は部屋の椅子に腰をかけ今までの事を整理することにした。
「この部屋は何の目的で作られたのかしら。黒魔術の儀式って創作のお話では何かを召還したりする話をよく見るけど…。でも仮にそうだとして、誰が何を召還するって言うの…?」
そもそもこの部屋が召還する為の儀式と決まっているわけではないが、仮定と考えても推測は一向に進まない。今までの事から考えてここの部屋もアークライト氏が関わっていると考えるのが妥当だが、彼は何をしようとしていたのだろうか。
ふと私は部屋の左の壁に目をやるとある違和感を覚えた。そこには他の壁と同じく魔方陣が書かれているが、何か違和感を覚えたのだ。
「何か変な感じがするわね。ちょっと調べてみようか」
麻耶は興味本位でその壁を調べ始める。するとある一部分だけ他とは違うことが分かった。
「魔方陣に気をとられて気にならなかったけど、ここの下だけ埃が一切ないわね。もしかしたら隠し扉なのかしら。だとしたら隣には部屋があって、そこと繋がっているのかもしれないわね」
広い館なので気をとめなかったが、ここは元々二つの部屋だったかもしれない。しかし敢えて部屋のドアを無くし、ここの隠し扉で繋ぐことにしたのかもしれない。しかしそのような事を何故する必要があったのだろうか…。
「入ってみれば分かるかもしれないわね。一体どんな部屋なのか気になりなるし。でもどうやれば入れるのかな?」
隠し扉にはノブなどは見当たらない。そもそも簡単に入れれば隠し扉にする必要は無いだろう。
「どうしよう…。何か方法はないのかしら? !?」
何かの気配を察し、後ろを振り返るとそこには一人の少女が立っていた。調査に夢中で入ってきたことに気づかなかったのだろうか? いや、そんなはずは無いとすぐに否定する。さすがにドアが開いた音がすれば気づくだろう。何故なら麻耶自身が開けた時にあんなに音が響いたではないか。
「あ、あなたは誰? どうしてここにいるの?」
恐る恐る問いかけるが、少女はニコニコしながらこちらを見ているだけであった。そしてこちらを指差してきた。
「あ、私は気づいたらここに居て、野宿はいやだったからここにお世話になろうと思ったんだけど誰も出てこなくて…。な…、何を言ってるのかわからないと思うけど、私にもさっぱりで…」
麻耶は必死に今までの事を説明するが、少女はニコニコしながら何かを指差したまま何も言わないでいる。
「え、えっと…その…。ん?」
よく少女を見ると指差しているのは麻耶ではなかった。少女は壁の一点を指していたのだ。麻耶は少女が指差している点を注意深く調べてみる。するとそこにはわずかに窪みがあった。
「この窪み…、何なのかしら…」
少女はニコニコしたままで何も語らない。麻耶はとりあえず窪みを押してみると、すこし沈んだあと壁の一部がスライドし、番号を入力するようなテンキーが出てきた。ただ普通のテンキーとは違い、そこには数字は存在しなかった。あるのはアルファベット。パスワードを打ち込めばいいのだろうが、ただでさえ数字の組み合わせでは何通りもあるのにアルファベットの組み合わせなど無数に存在する。ヒントも無しに見つけるのは不可能だ。
「こんなの無理じゃない…。何かヒントになるようなものはないのかしら」
辺りをキョロキョロするが当然答えなど書いてない。そもそもパスワードを入力するところに答えを書くなど愚の骨頂だろう。以前何かのニュースで銀行のキャッシュカードに暗証番号を書いてあって、それを落として現金を盗まれた事件を見たが、あの時は開いた口が塞がらなかった。
「何か…何か無いかしら…」
それでも必死に手がかりを探す。すると少女は再び何かを指差した。どうやらポケットを指差しているようだ。
「ポケット? そういえば写真があったっけ」
ポケットを探ると先ほど拝借した写真があった。でもこれが何なのだろう?
「これが何なの? え?」
気づくと少女はどこにも居なかった。当然扉を開け閉めしたような音も無い。ただ気のせいか最後に
「またね、お姉ちゃん」
と聞こえた気がした。
「とにかく写真に何かあるのよね」
写真を注意深く観察するが、先ほどと変わりない。裏返ししても特に変わった所は――。
「あら? 何か書いてある…」
かなり薄くなってしまってはいるが端のほうに小さく何か書かれている。どうして気づかなかったのか自分を殴りくけてやりたいのはやまやまだが今は後回しだ。
「えっと…、愛しの…ミリアと共に…かな」
何とか読むことができた。しかしミリアとは一体誰なのだろう。そしてこれがパスワードなのだろうか…。
「それにしてもさっきの子は誰だったのかしら。まさか幽霊?」
以前の麻耶であったら幽霊は信じてなかったのかもしれないが、今は鬼やら天狗やら何でもいる幻想郷だ。幽霊だっていてもおかしくもなんともない。
「まあ今はそんな事後回しね。この扉を開けてみないと」
今の状態では手がかりはこれしかない。麻耶は祈る思いでテンキーに打ち込む。
「ミリア…Miriaでいいのかしら」
打ち込みを終えEnterを押すと認証を完了したのか音を立てながら扉が開く。麻耶は中に入ってみるが、すぐに行き止まりだった。
「どういうこと? 部屋にしては小さすぎるじゃない。そもそも何もないし…。どうしてこれを隠す必要があったのかしら…」
辺りを見渡すと何かのボタンを見つけた。部屋にはそれしかない。
「押して…みるか…」
恐る恐るボタンを押してみる。すると先ほど開いた扉が閉まり静かに下降するのを感じた。
「なるほど…、これはエレベーターだったのね。でもこの館には何か不釣合いというか別世界な気がする…。この先に一体何があるのかしら…」
鬼が出るか蛇が出るか、麻耶は静かに扉が開くのをじっと待った。