第3話
第3話
麻耶は逸る気持ちを抑えながら村の中へ足を踏み入れた。そこはお世辞にも栄えていると言えるような村ではなかった。こんな村に噂の館があるのだろうか…。しかし看板を見るにここは間違いなく清流村であるのは確かである。
「うわ~、田舎だな!」
チルノはなんにも考えることなく、思ったことを口にした。この子には空気を読むということはできないのかしら、と麻耶は思った。…まあ否定はしないけど。
「とりあえず情報収集をしましょう。噂では館があるはずだからその点を詳しく聞いていきましょう」
「わかった!」
元気よく返事したチルノはどこかへ駆けていった。とりあえずチルノは放って置く方が賢明と思い、麻耶はとにかく情報を得るために村人を探すことにした。
村をウロウロしていた私は人影を見かけた。第一村人発見!
「すいません、ちょっとよろしいですか?」
「あん?」
「実は私ここの村にある館の噂を耳にして来たのですが、何かご存知ではないでしょうか?」
「あんた見ない顔だな? 他所から来たのかい?」
「はい、そうです」
「帰りな」
「え?」
「ここはよそ者が居ていい場所じゃない。悪いことは言わない。早々に立ち去りな」
そう言うとその村人は足早に立ち去っていった。
「どういうことなのかしら?」
麻耶は諦めず他の村人を見つけるたびに話を聞いてみたが結果は一緒だった。村人は一様にして館のことは何も話さず立ち去りを警告し去っていった。
「全然情報が集まらないわね。さて、どうしたものか…」
情報は一切集まらないが、村人があそこまで警告するという事は館の存在は確かなようだ。そして重要なことが一つ分かった。それは村人皆が口を閉ざす程の「何か」がその館には在ると言うことである。
「お~い、どうしたの?」
「あら、チルノ。どこ行ってたの?」
気づくと横にチルノが立っていた。それに気づかないほど物思いに耽っていたらしい。
「もちろん情報収集! ばっちり館の情報を掴んできた!」
「それ本当!?」
「なんてたってアタイは天才だからね!」
チルノは鼻をこすり自慢げにふんぞり返った。いつもなら腹立つので顔を1発や2発ぶん殴ってるところだが、今は頼もしく見える。出発してから今までで初めてチルノが一緒に居てよかったと思えた瞬間だった。もはや二度と来ない瞬間であろう。
「じゃあ館の情報を教えて。村の人に話を聞いてはみたんだけど、皆口が重くてなかなか情報が入ってこないのよね。んであなたの得た情報はなんだったの?」
「えっとね、詳しいことは分かんなかった」
前言撤回。やっぱり必要なかった。明らかに失望した目でチルノを見ていると
「で、でも。場所については聞いたもん!」
「…本当?」
「うん! この先に大きな館があるって言ってたもん」
「誰が言っていたの? 私が聞いても誰も答えてくれなかったのに…」
「うんと、小さな女の子」
本当だろうか…。しかし、他の情報がない今、それを信じるしかない。
「分かったわ。では行ってみよう!」
「お~!」
意気揚々と歩き出したチルノの横に並びながら麻耶はチルノが言った場所を目指した。
「チルノ?」
「何?」
「………これ?」
「そう!」
それは確かに館だった。間違いなく館ではあった。しかし……。
「ねえ、チルノ」
「うん? 何?」
「これはね、ハリボテっていうの」
「ハリ…ボテ?」
チルノは「ハリボテ? 何それ? おいしいの?」みたいな顔をしながら麻耶に尋ねた。恐らく本当に分かってないのだろう。
「はぁ…」
麻耶は本当に困り果てた。何せ未だに館の情報が皆無という状態なのである。このままでは大賞を取ることはおろか、参加することさえままならないという最悪の事態も現実味を帯びてきた。
「このままではまずいわね…。どうしたものか…」
麻耶は何か方法は無いかと考えながら、ふとある疑問を感じる。
「そういえば、何でこんな所にハリボテがあるのかしら?」
そう、そもそもこんな所にハリボテがある事自体が不自然なのである。なぜすぐにその事に気づかなかったか不思議であるが、今はまずこのハリボテの謎を解明することが先決である。もしかしたらこのハリボテには館への重要なヒントが隠されているのかもしれない。
「材質に関しては普通の木みたいね。特に変わったところは無いようだけど…」
ハリボテを一通り眺めてみるが特別な物のようには見えなかった。いたって普通である。
「しかし見事な絵ね~。誰が書いたのかしら?」
普通のハリボテではあるものの、ハリボテに書かれている館の絵に関しては目を見張るものがあった。恐らく遠くから見かけたのであれば館と見違うのも無理ないであろう。
「特に異常はないわね…。チルノ、あなたは何か気づいたことはない?」
麻耶は一応不本意ながら相棒であるチルノに意見を求めようと振り向くと
「わ~い!」
と無邪気な顔で蛙を追い掛け回していた。
「ピキっ!」
と音が鳴ったかのように私の中で何かが切れ、疾風の如くチルノの隣にたどり着き、燕の如く素早い速さでチルノの頬を抓りあげた。
「ひたい、ひたい!」
「い、い? もうあまり時間は無いのよ。いい加減情報を得ないと大変な事を自覚して! わかった?」
「・・・(コクコク)」
物凄い速さでチルノは頷いた。
「まったく…。この先どうしよう…」
麻耶は近くにあった石に腰を下ろし、この後の事を考えていると
「あ、あれ!」
と何かを見つけたのかチルノが声をあげた。
「何? また蛙でも見つけたの?」
いい加減そんなことには飽き飽きしていたが
「違うよ! あれ見てよ!」
と何やら必死な顔をしてチルノは何かを指差していた。
「何よ?」
麻耶はチルノが指差すほうを見るがそこには例のハリボテしかない。
「そのハリボテはもうわかったわよ…」
「だからそのハリボテになんか書いてあるの!」
「え?」
麻耶は慌ててチルノが指差すハリボテの館の絵の門の扉の部分を見てみると、そこには
妖祭館入り口 ココダヨ!
と書いてあった。
「まさか…」
一応は書いてある。しかしハリボテは木。入ることなど不可能である。そもそもこんな文字書いてあっただろうか?
「どういうことかしら…?」
麻耶は頭を捻りながら考えていると
「へぇ~、ここが入り口なんだ! 早く入ろうよ!」
とチルノは言いながらテクテク歩きながらその場所に向かっていった。私はあきれながら
「あのね、チルノ。これは木なのよ。だから入れ…」
と言いながらふと見るとチルノはその場にはいなかった。確かにさっきまでここにいたはずなのだが…。
「まさか…」
いや、まだそう考えるのは早いと考えた麻耶は一度先ほどの村に引き返してみる事にした。
チルノの事である。また蛙を見つけたとか、お腹すいたとかで村に戻ってしまった可能性も十分に考えられた。しかし、先ほどの村に戻って愕然とする。
「な、無い…」
そこは村どころか人、建物すら何も無かった。ただの更地と化していた。
「な、何なの…」
しかし幸か不幸か、何も無いせいでチルノはここにいないということだけはわかった。ということは、非常に考えづらい事ではあるが、あの絵の中に取り込まれたということが今一番可能性が高いことになる。急いで麻耶は先ほどの所に戻り
「やってみるか…」
と入り口の所に手を触れると
「え!?」
突然の光とともに周りが見えなくなり――
気づくと麻耶は知らない森の中に倒れていた。辺りはすでに日が落ち、暗闇と静寂が辺りを包んでいる。
とにかく現状把握が重要と考え、周囲の状況を知ろうと周りを見渡すが、見たことも無い植物などが生えており、先ほどまでいた場所とはまったく異なっている事は明らかだった。恐らくまったくの別の場所に飛ばされたのだろう。そしてその推測が、先ほどまであったハリボテがそこには跡形もない事が確信に変えていた。
「まったく別の場所に飛ばされたみたいね。でも場所移動とはどういった原理なのかしら。そもそもここはどこなのかしら…」
あの場所を基点にしてここに転移したって事を考えるとチルノもここにいる可能性が高い。だが軽く辺りを散策してもチルノを見つけることはできなかった。
とりあえず道はあるみたいなので歩き出した麻耶は、お守り兼護身刀である千本桜を握り締め、先のほうに光が見えたのでそこに向かって歩き出した。するとあるものを目にする。
「これは…」
そこには先ほどまであったハリボテの絵を実際に立てたかのような広大な館が建っていた。
「これが妖祭館なのかしら?」
麻耶は恐る恐る館に近づき呼び鈴を鳴らしてみることにした。