太
太――…、それは、“ホソシ”を目指す健気な一人の男の名である。
あおかったソラに、雲がうずめき、またきえた。
そんな頃、チイサナチイサナ予備校に彼はいた。
そう、われらが太。
村上太、先生だ。
「太クン、また髪へったー?」
「あたしのあげよっか!」
「もぉーそんなに食べたらホソシになる夢叶わんよぉ!」
今日も絶賛、散々な言われよう。
だが、われらが太。
簡単にめげてたまるか。
大事な大事な、カマタマうどんのキーホルダーをジ、っと見て、……にやっ☆
や、やめるんだ太。
うどんが好きなのはわかった。カマタマが良いんだね?そうかいそうかい、だけどさ。
ニヤつくのはやめよう。
「せんせぇ、リーブ21つかわんのー?」
ある、ひとりの子がそう太に聞いた。
………
ねえやめよう!どうしてキミは、わたしたちがあえて聞かない、というよりも聞けないシークレットゾーンに目をつけるんだっ!それもかなり軽いノリで。
まあ、正直言ってさわたしも最初おもったよ?
『……ぅわ、ザビエルよりひどいわ…』
、ってさ。
だけど、よくよく見たら、キレイに円状になって見える茶色のゴワゴワお肌も、いかにも弾力満載でできたグワングワンのテンパも。
ザビエルの周りを飛んで、いかにも墜落しそうな天使に見えるんだよ!
そう、イッツヅァ、キューピット。
……こうして、心の中だけで弁解しつつもその子はさらに、聞き続けるのです。
ジ、と我慢する太クン。
が、ここで限界がきたか、やっとこさ口をひらいた。
「リーブ21……300万するんよ」
まって太クン、……怒らんのかぃ!
それに300万!?ねえキミ調べたの!?
リーブ21に旅立ってしまわれたの!?
数多くの太疑惑浮上。
「じゃぁ、ウィッグは!?」
「そうやん!ウィッグつけなよ太クン!」
これまたメゲナイ生徒たち。
太クンの、まだ割れた経験がない清らかなガラスノハートをバリンバリンに割り砕く。
太クンがかわいそうに見えてきました。
が、
彼もかなり楽しんでいるようです。
まさかのMなのか?
「せんせぇ気持ち悪ーぃ!」
「ひっどいなぁー」
あまりの言われようにもメゲナイぜ!我らが太!ホソシを目指せ!ついでにフサフサの髪の毛も!
これは、……Mだなオイ。
わたしが通っている予備校の職務室。
そこには、かつて太が使ったと思われるダイエット器具が放置されているのです。
そして只今、使われておりません。
太クンは夢を諦めたようです。“ホソシ”、になるという偉大なる夢を。
が、まさかの使わないのではなく使えないのだそうで、
「前はな?受付の前に置いとったんやけど、先生がそこでダイエットしたら。
保護者の方に、ここの予備校に子供入れて大丈夫なんか、不安なるやろ?」
よくできました太クン。見事な言い訳だよ。
……まあ実際、ほんとかもしれないけれど。
「痩せんの太」
堂々と、先生の下の名を周りに公表するわたしたちに、彼は言うのです。
「言いふらすなよ、太」
どうやら彼にとって、フトシ、はコンプレックスなようで、
コンプレックス多いな太。
「ホソシになってやる!」
彼の儚い決意。
それは、ユーフォーが、地球に降り立つよりも確率がひくく、まさにありえない、ことなのです。
時に人は、高望み、が必要なのです。
「ドンマイ、太クン」
わたしたち4人は、丸々とした彼にそれだけ告げると、迷うことなくコンビニへ直行したのでした。
こうして、太クンによる、太クンのための、自己満足としか言いようのない、ダイエット生活は始まったのであった。
実はこれ……事実です。
ごめんなさい先生。ごめんよ太。
アーメン。




