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「起立!」
授業終了を告げるチャイムに合わせて、クラス委員の号令が静かに室内に響いた。
生徒の大半はそれに素早く反応し、席から立ち上がる。反応が遅れたとしても、或いは寝ぼけているにしても、他者に促されるままに席を立つ。
彼を、除いては。
窓際の一番後ろ。日当たりが良く風通しの良い、そして尚且つ教師に目を付けられ難いその席を、先日の席替えの際に運良く引き当てた彼。
そんな彼は今、心地の良い春の陽気に誘われて深い眠りについていた。
周りに突かれ、或いは激しく揺さぶられても彼が目を覚ますことはない。ただ身じろぐだけで、後は只管沈黙を貫く、というより気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「……、」
全員が立っているのだし、教師からあの席は見えないだろうか。
ふとそんなことを思ったクラス委員は、でもなと考え直す。つい先程まで熱心に教鞭を振るっていたこの教師は、陰険で嫌味ったらしいことで有名だ。気付かれたら、それこそ何て言われるか分かったもんじゃあない。
けれど、考え過ぎかもなと苦笑いした彼は「礼」結局のところ、彼もこの授業からの解放を望んでいるのだ。大して感情を篭めるでもなくありがとうございましたと頭を下げ、他の生徒もそれに倣う。
教師はそれに満足でもしたのか、小さく頷いてみせると教材を抱えて足早に教室を出て行った。それに安堵した彼は、ちらりと左斜め後ろの席に視線を向ける。
そうすれば、先程までは微動だにせず眠っていた彼は、猫顔負けの大きな伸びをして、彼に話しかける生徒に対しておざなりな返事をしているところだった。
そりゃあねぇよ。
クラス委員である彼、瀬尾未散はそう呟いて深い深い溜息を零すのだった。