第11話 日常への乱入者
サラサラと風に吹かれ揺れる草を見ながら、零は思考する。
こないだ見た父と慕う人のことを思う。
「…………訊いても答えてはくれないんだろうな」
人は誰でも秘密を持つ。それは当り前で当然のこと。自分にだって隠し事はあるのだ。
それなのに疑ってしまう。不安になってしまう。
それは自分が捨てられた子供だからなのか、それとももっと違うところからくるものなのか、零には分からなかった。
揺れる草の後ろの透き通った空を見ながら、零は悲しそうに微笑んだ。
その笑みはとてもきれいで、とても儚く見えた。まるで消えてしまうかのように見える。
「ねぇ、お姉さん」
そこに一人の少年が現れる。にっこりと笑いながら、どことなく焦ったように声をかけてきた。
零は内心驚くが、無表情を作り目を横に向けた。
「ああ、良かった! 無視されるかと思ったよ!」
黄緑色の髪を風に弄ばせながら、昇は笑った。その笑みを見て零は目を閉じて顔を背ける。
「あれ……? なんでそっちを向くの? もしかして僕が言ったから、本当に無視する気!?」
「黙れ。私に近づくな。あと五月蠅い。帰れ、今すぐに」
淡淡と言う零に、昇は止まる。
「卓と満の話とちょっと違うね。ね、なんで?」
興味深そうに、近づいてそう言った。
「私は嘘付きは嫌いだ。猫を被っているやつも。その全てにお前は当てはまっている。それに何か勘違いしているそうだが、私は基本信用し、信頼した者以外近づけたくはない。むしろ排除する。お前の言っている二人が誰かは知らないが、私が覚えていない以上そいつらとお前は私は同じだ」
「また長い言葉をありがとう。それにしても、……分かるんだ?」
凄みを増した笑みを浮かべながら、零に迫る。
「お前はあいつと同じ臭いがする」
「誰?」
「バカだ」
「は? 馬鹿?」
少し呆気に取られた様に昇は訊いた。
「ああ、私からしたらあれはバカだ。そしてお前も同じ臭いがする」
「僕が馬鹿だと……?」
「私は只同じ臭いがすると言っただけだ」
瞼の裏で昇と同じ臭いをした奴を浮かべながら、零は言う。
「そいつの名前は?」
「さぁ?」
「知らないの?」
呆れたように昇は言う。
「興味がなかった。私を見ているのに私を見ない者に興味が出来ようはずがない」
「……?」
零が何をいっているのか、昇はよく分からなかった。
「ああ、お前には分からないのか。まぁ、分からないよな。見らている本人でさえ、分からないものがいるのだから」
「……君はそれが嫌なのか?」
笑みを引っ込めた昇は言う。不思議そうに、分からないと、でも分かろうとして問う。
「さぁな、私にも分からない。嫌なのは嫌なんだ。でも、それを納得し、許している自分もいるんだよ」
「なんで僕にそんな話をする。嫌いな奴に普通自分の心は言わないだろう」
それに零は笑う。
「お前があいつと同じになりそうな気が、したからかな………………。それとも、お前が、お前達はすぐに此処を去るからなのか。それとも、お前達が普通ではないからなのか。私には分からない」
この言葉には昇は本当に驚いたように、零を凝視する。
「何を言ってる? 僕らは「普通なわけがない」……」
「その髪の色。そんな髪の色の者が普通なわけがない」
昇は驚く。自分たちの髪の色がこの世界で異質だというのは、知っていた。だから自分に術をかけ、違和感を感じないようにしているのだ。
それなのに零は、違和感を感じ、指摘してくる。
「それ催眠術かなんかしているのかしらないけど、特生の前だと意味ないと思うよ?」
「お前以外の奴も?」
「うん。私達はそういうのに敏感だから」
「……そう」
昇はここで少し自分の考えを直した。自分はどこかでこの世界の者を見下していたのだ。術が使えないから、だがこの者は気付いた。
つまり、この世界の人間も脅威になりうるのだということに。対等なのだと。
「それで、いつまで此処にいるつもり?」
閉じていた目を開き、零は目の前にいる少年に尋ねた。
その目を初めて見た満は固まる。その瞳の美しさに。何もかも見通すような黒い瞳に。まるで時を止められたかのように。
「……?」
零はその様子に小首を傾げながら、もう一度声を掛けようとして…………止めた。
ギィ……と、扉の開く音が響いた。
そこにはつい昨日此処に来ていた群青色の髪をした、この少年と同じ存在だ。
その青年はまっすぐ此方に来ると、少年を睨み私に視線を投げた。
「こいつが何かしたなら、すまない」
何故か少年のことで青年が謝らた。
「ちょっと! それだと、僕が何かしたみたいじゃないか!」
少年が青年が詰め寄った。
「…………違うのか?」
「うっ、多分……?」
青年はその様子を鼻で笑った。
そのコントのようなやり取りをしばらく見ていた零だが、いい加減しろっというように声を掛けた。
「ねぇ、そのコントはどうでも良いだけど。どっか行ってくれない? 君達、五月蠅い。それに……関わりたくない」