新魔族戦記~庶子の王子は差別の壁を突き破り魔族の少女と結婚しうるか~(オープニング)
「カロリーネ公爵令嬢。僕はお前との婚約を破棄することをここに宣言する」
(来た)
異母兄であるカール王太子が夜会の場で声を張り上げたその時、ライマーは思った。
「私たちの婚姻は王家と公爵家の間で取り決められたもの。それを覆すには相応の理由が必要。そして、このことを国王陛下はご存じなのですか?」
気丈にも背筋を伸ばし、カール王太子から視線を外さず、反論するカロリーネ公爵令嬢。
「父の了解などいらぬ。貴様がこのアンナを威圧し、怯えさせ、果ては階段から突き落とすという暴挙に出たことは分かっている。証人はこんなにいるのだ」
カール王太子の陰には怯えた小動物のような表情を見せるアンナ男爵令嬢。そして、カール王太子の後ろに立つ五人の取り巻きの貴族令息たち。
「どうだ? アンナの正体は分かるか?」
ライマーは周囲の誰にも聞こえない小声で話す。ライマーの口腔内には小さな魔道具が仕込まれていて、それは意中の相手にしか聞こえない。
「間違いありません。アンナの正体は魔族です。王太子殿下も取り巻きの方々も魅了されています」
相手方からの返答もライマーの耳の中にある小さな魔道具の力により、ライマーにしか聞こえないようになっている。
「やはりそうか。むっ!」
ライマーは気づいた。アンナ男爵令嬢が怪訝そうに中空を見ているのを。これは行動を急がねば。
ライマーは別の異母兄であるハインツ第二王子に目で合図を送る。ハインツ第二王子も気づいてくれたようで頷く。カール王太子とハインツ第二王子は共に王妃を母とする兄弟だ。
「兄上。それは違いますな」
仁王立ちで反論するハインツ第二王子に周囲のざわめきは更に大きくなる。
「カロリーネ公爵令嬢はアンナ男爵令嬢を威圧してなどおりませぬ」
「戯言を申すな。ハインツ」
声を荒げるカール王太子。
「こんなに証人がいると言っただろうが、後ろの五人がみなその現場を目撃しているのだぞ」
「では兄上。その目撃が誤りであることをお見せしましょう。ライマー」
「はっ」
ハインツ第二王子の言葉に頷くライマー。そして、口腔内の魔道具に向かい、小さく呟く。
「頼んだよ。ヴィルマ」
「まっ、待って」
中空に何があるか分かったらしいアンナ男爵令嬢は慌てて制止にかかるが、既に遅かった。
夜会の会場で大広間の壁には画面が映し出された。
城内の廊下を取り巻きと共に歩くカール王太子。そこに駆け寄るアンナ男爵令嬢。
「カール王太子殿下。私。男爵令嬢のアンナです。今度の夜会の場でカロリーネ公爵令嬢と婚約破棄して、私との婚約を発表してください」
「何だ? 君はいきなり」
「面識のない男爵令嬢が王太子殿下にいきなり話しかけるなど失礼だろう」
カール王太子が対応する前に取り巻きたちが前に出る。
「あら」
アンナ男爵令嬢は真っ直ぐな目で取り巻きたちを見つめる。その二つの瞳は金色に輝き、渦を巻きだす。
「お忘れですか? 私は男爵令嬢のアンナ。みなさま私のことはよくご存じですよね? あの熱い夜のこともお忘れではないはず」
「うん」
「よく知っている。君は男爵令嬢のアンナ」
「あの夜は素敵だったよ。ありがとう」
取り巻きたちの態度の急変に戸惑うカール王太子。だが、その目もまたアンナ男爵令嬢の金色の瞳に射すくめられた。
「カール王太子殿下。今度の夜会の場でカロリーネ公爵令嬢と婚約破棄して、私との婚約を発表してくれるのですよね。それがあの夜からの約束ですよね?」
カール王太子はこう答えることしか出来なかった。
「ああ、そうだったな」
◇◇◇
ざわめく夜会の会場大広間。そこでアンナ男爵令嬢はそれまでの怯えた様子から一変して声を張り上げた。
「みんなっ! 騙されては駄目っ! 今の映像を映し出したのはバックベアード。あれを使えるのは魔族だけ」
だが、誰も頷かない。普通の人間の目にはバックベアードは見えない。この場にいる者でそれが見えるのは魔族であるアンナ男爵令嬢と密かに魔道具である小型レンズを左目に仕込んだライマーだけだ。
「語るに落ちたな。アンナ男爵令嬢。バックベアードが見えるということは貴様が魔族であるということだ。その目は危険だ。アイマスクをして縛り上げて、牢にぶち込めっ!」
ハインツ第二王子の声に予め指示を受けていた衛兵たちはアンナ男爵令嬢を拘束し、牢に連行した。
「みんな騙されるなっ! 今の映像を映した奴は魔族だっ!」
拘束されながらアンナ男爵令嬢は叫ぶが、その声はもはや誰に耳にも届かなかった。
◇◇◇
その場にいた者の大半が呆然とする中、カール王太子は呟いた。
「ここはどこだ? 何故私はこんなところにいる? 私は一体何をしていたのだ?」
「兄上」
ハインツ第二王子は静かにカール王太子に言う。
「あなたは魔族に誑かされていたのです。詳しい話は国王も交え、別室で話しましょう」
カール王太子は静かに頷いた。
「分かった」
◇◇◇
裁定は下った。カール王太子は自らの意図するところではなかったとはいえ魔族に誑かされ、国政に混乱をもたらしたことを恥じ、王太子を辞退し、国境の要塞の司令官補として、自らを鍛え直すことを望んだ。
取り巻きたちもカールについていったり、騎士団に入り直し、自らを鍛え直すことを望んだ。
代わってハインツが立太子した。カールの婚約者だったカロリーネ公爵令嬢はしばしの間休み、しかる後に身の振り方を考え直すことを望んだ。
◇◇◇
「ライマー」
今この部屋には新王太子のハインツとライマーしかいない。
「ライマー。こたびのこと本当に助かったぞ。礼を言う」
「もったいなきお言葉です」
ライマーもまた第五王子。しかし、庶子であり、王妃の子であるハインツとの間の身分差は心得ている。
「なあ、ライマー。国王とも相談したんだが、叙爵を受けないか。そして、宰相として私を支えてほしい」
「もったいなきお言葉ですが」
ライマーはうつむく。
「私はどうも表舞台に立つということが苦手で今まで通り陰から兄上をお支えしたく」
「うーむ。そうか」
ハインツは残念そうだ。
「ならば誰か気になる令嬢はいないのか? 仲介するぞ」
「いえ」
ライマーは一瞬逡巡するが、話すことにした。
「私の思い人というのが、その『庶民』でして」
「うーむ。そうか」
ハインツはまたも考え込む。何としてもライマーの功に報いたいようだ。
「ならばその娘をどこかの貴族家の養女にするのはどうだ? 仲介するぞ」
「いえいえいえいえ」
ライマーは全力で手を振る。
「お言葉は大変ありがたいのですが、その……思い人も私以上に表舞台に出たがらないものでして……」
「うーむ。そうか」
ハインツは本当に残念そうだ。
「ではこれからもよろしく頼む。逆に何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。今後も精一杯勤めさせていただきます」
ライマーはハインツをドアの外の護衛のところまで送り、頭を下げた。そして、ハインツたちが立ち去ってから、一人大きなため息をついた。
◇◇◇
その建物はいかにもみすぼらしかったが、実は結界を張られている。
ライマーは結界通り抜けの魔道具を身に着けているので、問題なく建物に入れた。
その少女は建物に入ってきた足音を聞くやいなや、まるでご主人様を待ちわびた猫のようにライマーの下に駆け寄った。
背は小柄。150cmくらいか。真っ黒なフードをかぶり、長い前髪に両目は隠されている。
「ヴィルマ。ありがとう。おかげでうまくいったよ。全てがうまくいくまでにはまだまだ実績がいるだろう。でも第一歩は踏み出せた。ハインツ兄上の信頼を勝ち取ったよ」
「そんなことより……」
ヴィルマは、はにかみながら言う。
「私はライマー様にお会いできれば嬉しいのです」
「そうか。ありがとう」
ライマーはそう言いながらヴィルマの頭を撫でた。
「あ……」
不意を突かれて驚いたのか、ヴィルマは身にまとっているローブの後方からぴょこんと黒く細いしっぽが顔を出した。やはり魔族なのだ。
「もうやめてくださいよー」
そう言いながらもヴィルマは嫌そうな顔をしてはいない。
「ごめんごめん」
笑顔で謝罪するライマー。
◇◇◇
この世界。人間は魔族を差別し、迫害する。
それに対し、魔族は抵抗する。その手段は非合法のやり方であることも多い。
(このままではいけない)
ライマーは思う。
(一刻も早くヴィルマが堂々と街を歩ける世界にしなければいけない。そして、僕と結婚できる世界にしなければいけない)
だが、その道はまだ始まったばかりだった。
読んでいただきありがとうございます。




