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夢見心地

頑張って書きました。楽しく読んでください

男は雪の日は嫌いだ。底冷えするから。

道路補修用のセメントを運び込む、車両のエンジン音と、電動ドリルの音でノイローゼになりそうなのに加えて、雪中作業はかなり堪える。かの男は、新しい道路の整備のために、ハンマーで邪魔な家屋を取り払っていた。

彼はこのハンマーを愛用している。もっとも、これは彼の派遣会社の持ち物な訳だが。

「アパッチ、そろそろ上がっていいぞ」

缶コーヒーを配りに来た現場監督の、ささやかな恩情により雪中作業は免れた。

プレハブにかけておいた、フライトジャケットを羽織り、原付にまたがった。

備え付けてある時計は二十六時を指していた。今日もアレをやって帰ろうか、と彼は考えた。

家とは真逆の方向にハンドルをきり、目出し帽をかぶった。今年の冬は、辟易するほど冷えている。バイクの向かい風も相まって、目も開けられない程の寒さだ。

アパッチは二十分ほど向かい風を浴び、目的地前に到着した。彼の眼前には、バラック小屋が並ぶ二十七区に似つかわしくない、鉄壁がそびえ立っていた。

座席の下に、内蔵していた水筒と錠剤のビン、それに包帯で巻いたサバイバルナイフを取り出した。

錠剤のラベルには「聖方製薬 耐腐食錠」と記されており、アパッチは数粒口に含み、水で流し込んだ。

「さあ行こうか」と呟き、アパッチは壁に、鍵縄を掛けてよじ登り、壁を越え飛び降りた。

壁には、大人の背丈よりも大きく、一言だけ『これより先、腐食地区』と書かれていた。


朝焼けにアパッチの頬が焼かれる。東の空が崩れて消えそうなオレンジ色に染まり、街灯が消えた。

アパッチの手には、紅く染まった包帯で括り付けたサバイバルナイフ。そして彼の足元には、異形の怪物が横たわっていた。

アパッチは一息つき、壁の方に戻り、鍵縄をつたい、壁を越え、原付に飛び乗った。

遠ざかるエンジン音を、フードをかぶった二人組が眺めていた。

「あの人で間違いないの?」

もう片方が答えた。

「間違いありません。アパッチ・キョウスケ・ヒルトン、二十三歳、土木建設業者の週契約人材。そして我々と同じ十七区出身です」

女は小さな点となった、アパッチの姿を眺め、口角をあげた。


アパッチの家は、六十三区の、バラック街の一角にひっそりと所在を置いていた。

ドア、と呼ぶには些か、おこがましい板を横にのけ、自宅へ入った。

「おかえりアパッチ」

同居人が台所から、ねぎらいの言葉をかけた。

「あと五分で焼けるから、座って待ってて」

彼女の言葉に従い、アパッチは椅子に腰かけた。もっとも、こちらも空いた木箱を、組み合わせた代物だが椅子には変わりない。

ライムギパンとプロセスミートの炒めものを、乗せた皿が眼前に据えられた。

「あなた今週あと何回出勤なの?」

アパッチは、口内のパンを飲み込み、答えた。

「あと一回。日曜の八時から」

そう、と彼女は返し、窓の外を眺めながら呟いた。

「今夜は外で食べましょ」

アパッチは、にわかに驚いた。彼女の方から、外食の提案など今までに数度しかなかった。

「あぁ喜んで。職場まで迎えに行くよ」

彼女は、はにかみ、カバンを携えて出勤した。

アパッチは皿を洗い、ベッドに横たわった。時計は八時半を指しており、彼はアラームの針を十五時にシフトした。

一晩働き、腐食地区にいたアパッチは、泥のように眠った。いくばくか経った頃、表の戸が静かに震えた。

「ごめんくださ~い。アパッチ・ヒルトンさんのお宅ですか?」

扉の先の、女の声に、アパッチは睡眠を害された。

これで、くだらない用事だったら、ドヤしてやろうと決め扉を開けた。

「こんにちは、アパッチさん」

朝方、アパッチを静観していた二人組である。もっともアパッチは、知る由もない話ではあるが。

「なんのようですか?」

顔に「忌避」の二文字が、透いて見えるアパッチに、男は露骨に不快感を示した。

「込み入ったお話ですので、上がってもよろしいでしょうか?」

「やだ」

アパッチは、間を置かず答えた。

「俺な、疲れてるんだよ。それに、素性の分からない奴を、家に上げるなんて」

アパッチの言葉を遮るように、女が言葉を発した。

「では言い方を変えましょう。第十七地区出身の、アパッチ・キョウスケ・ヒルトンさん。少しお話うかがっても、よろしいですか?」

女は目を据え、アパッチの目を、ドアスコープのように覗き込んだ。


アパッチは、渋々二人組を、家に上げた。というより、不可抗力だ。十七区の事を知っている相手だ。迂闊なことはできない。

「素敵なお家ですね」

女が、じらじらと部屋の中を、かぎ分けるように詮索した。

「それで、お前たちは何者なんだ?」

アパッチは、訝しげに尋ねた。

「お前、なにか勘違いをしているな」

男の方が、初めて口を開いた。機械音が混じったような、合成して作ったような声だ。

「質問はこちらがする。お前は、俺たちの質問に答えるだけだ」

高圧的な姿勢に、アパッチは反感を覚えた。

男とアパッチの雰囲気に、女が割って入った。

「言い方が悪いよアキ。すまないねヒルトンさん。だが、我々が質問している側なのは事実だ。君の質問にも、後々答えるつもりだ」

しかし、アパッチの腹の虫は収まらないらしい。吐き捨てるように答えた。

「お前らに教えることはない」

女はため息をつき、部屋の隅をじっと見つめた。

「同居人、女性なんですね…」

アパッチから血の気が引いた。

「わかった。なんでも答える」

女は満足そうな顔をし、アパッチに問いを投げかけた。

「あなたは、ほぼ毎晩、腐食地区に不法侵入を繰り返していますね?」

「その通りだ。罰則は受ける覚悟だ」

女は」面食らったような顔をし、噴き出した。

「ハハッ。勘ぐりすぎですよ。私たちは、あなたを裁くつもりはありません」

今度はアパッチが面食らった。

「お前ら、公序委員会の手先じゃないのか…?」

女は首を横に振った。二人の顔を覆ていたフードが、取り払われる。白熱電球のもと、二人の顔が晒され、アパッチは驚嘆した。

「私たちも十七区出身です。アパッチ・キョウスケ・ヒルトン、私たちはあなたに、協力を求めに来たのです」


「はぁ?」

自分の想定していた、シチュエーションと乖離しすぎていて、理解が追い付かなかった。

「まあ妥当な反応だな」

男はさもありなん、と言わんばかりに、アパッチの形相を眺めていた。

「私は聖方美沙螺(ひじかた みさら)、十七区出身です」

安芸月晶あきつきあき。美沙螺様の部下だ」

アパッチの脳内を、無数の疑問符が駆け巡る。

女の方は高校生くらいの背丈と顔立ちだ。ただ隣の男が不可解だ。スカーフで目元以外のすべてを蔽っている。

さっきの合成音声もしかり、おそらく喉や顔に傷害を負っているのだろう。

さらに理解が追い付いたアパッチは、前述した疑問を一周するほどの言葉を理解した。

「聖方って言うのは…」

間髪入れず、美沙螺が答えた。

「ええ。聖方製薬の聖方です。」

聖方製薬は、現在の暫定政府を陰で操ってる、コーポレーションだ。

七年前、大腐食災害の後、首都のあった二十五区他、百八区のうち九十三の地区が腐食に飲み込まれた。

国のトップが、軒並み腐食に巻き込まれ、一時この国は、世紀末の無法地帯と化した。

その混沌を財力と、人材で鎮圧したのが聖方製薬というわけだ。

腐食地区の奪還と、治安維持、復権を指揮し、今やこの国の企業は、九割以上が聖方製薬コーポレーションの傘下だ。

「大層なお偉い様じゃないか。聖方製薬の一家の人間が、こんなバラック街に出向く御用とは?」

美沙螺は目を伏せ、代わりに晶が答えた。

「お前は存ぜぬであろう。聖方製薬の代表取締役社長は、聖方家の者ではない。

七年前、俺たちを裏切った、ある男が牛耳っている」

「はぁ?」

話が見えない、言い換えるなら膨大な量の情報にアパッチは圧倒されていた。

「俺にもわかるように説明してくれ」

美沙螺は、晶に向きなおり、首を縦に振った。

「では順を追って、説明させていただく」

晶の話を噛み砕くと、こうなる。

十七区が腐食に巻き込まれた際、聖方製薬の上層部及び、美沙螺の父親がある男に殺害されたそうだ。

美沙螺の父親は、一人娘である彼女を、自分の部下に託し、息絶えた。

聖方製薬上層部の真実を知り、会社の正当後継者である、美沙螺を狙ってる。

初めは、沢山いた美沙螺の部下たちも、捕らえられたり、あるいは美沙螺を守るために殉死したらしい。

「予想の数倍壮絶だな」

重苦しい雰囲気を破るために、アパッチは軽口をたたいた。

「それで、お前たちの言う、協力ってのは?まさか戦争を仕掛けるからついてこい、なんて言い出すつもりじゃないだろうな

「まさか。私はスカベンジャーとして、この国で名をあげ、奴を法の前に跪かせるのが目的です」

室内が静寂に包まれる。カチッカチッと、時計が一匹だけ、時を刻んでいた。

「お前、どんな無茶苦茶言ってるか理解しているのか?腐食地帯に潜ること自体がリスキーなのに、わざわざあの怪物どもに戦いを挑みに行く仕事だぞ?幾ら手っ取り早く名をあげたいからって、さすがに無謀すぎるぞ」

アパッチは驚嘆と、一抹の嘲笑を含んだ言葉で、静寂を破った。

「重々承知しています。それでも、私たちに残された道は、これだけなんです」

美沙螺の目に涙がたまる。頬を伝い、床に零れ落ちた。

「みんなの、パパの無念を晴らす方法は、これだけなんです。お願いします、アパッチ・キョウスケ・ヒルトン。あなたの腐食地区での経験を、私に貸してください」

涙こそ流さなかったが、晶の肩も震えていた。

アパッチは、安い泣き落としなどに屈するお人よしではないが、彼の心の中に一抹の憐憫が沸いた。

「もし、もしもだ。その男を引きずり下ろし、聖方製薬のトップがいなくなったら、お前は聖方製薬を継ぐのか?」

美沙螺は静かに、強く頷いた。

「なら、俺と同居人、そして現場のみんなを雇って欲しい」

アパッチは右手を突き出した。美沙螺が、その手を握り返し、協力関係は締結された。


また時間ができたら同じ規模のものを投稿します

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