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【超短編小説】春を飲む(成分表示)

掲載日:2025/12/20

 ランドセルのフタをバタバタとさせながら駆け抜ける小学生たちが伸ばす影の中には、いくつかツツジの吸い殻が落ちていた。

 そのツツジの吸殻を拾い上げて成分表示を見ると、ツツジについたタグの成分表示に「原材料:春」と書いてあった。

 春だ。

 春の成分は何なのか。小さい春、それは冬が終わり希望と諦観が色濃くなる季節だ。

 その希望と諦観などこから来るのか?かつての日々にあったのかも知れない。

 そう思うと、あとはどうでもよくなった。


 ペタンコのランドセルを背負って走る小学生たちは民家の前で立ち止まり、生垣に咲いたツツジを千切っては吸い、そして投げ棄てていった。

 自分にもあんな頃があったなと思う。

 それは春だった。間違いない。



 今は煙草だとか乳首だとかを吸わずにはやっていられない。

 春が無いからだ。希望と諦観が掠れて転がっている。汚れたものだが、あの小学生たちだっていずれはそうなるのだ。


 ツツジの吸殻を棄てて走り出す小学生たちの一人が斃れた。振り向いた同級生たちは驚いて、斃れた少年を揺すったり声をかけたりしていた。

 しかし目を覚さないと見ると、次々とツツジを千切っては吸い、その吸い殻を斃れた少年の周りに置いた。



 ツツジの吸殻に囲まれた少年は見る間に巨大なツツジの蕾になり、そしてあっという間に巨大な花を開いた。

 見守っていた少年たちは、大きなツツジの花を全員で引っ張り、樹木の様に太い枝から引き剥がすと、全員で巨大なツツジの密を吸い始めた。


 そして次々に斃れると、少年たちはみんな巨大なツツジの花を咲かせた。


 歩道は街路樹より巨大なツツジで埋め尽くされた。

 大人たちは少し迷惑そうな顔をしてツツジを避けて歩いていく。

 近くを、スマホを見ながらベビーカーを押す母親が歩いていた。母親はツツジに気づいていなかった。

 そのまま歩き、巨大なツツジの開花にベビーカーごと巻き込まれた母親が何かを絶叫している。

 南無阿弥陀仏、母親の口から七つのツツジが出ていた。最後の一つは何か分からないが、きっと春だろう。


 ツツジに押し潰されて変形したベビーカーの中にいる子どもは、目の前で咲くツツジと地面に散らばったツツジの吸い殻を指しながら何かを言っていた。

 赤ん坊の原材料は父親と母親だ。


 いや、そうとも限らないか。戸籍はあてにならない。

 自分の成分表示だってまともに見た事が無いんだからあまり滅多なことを言うものじゃないだろう。

 どうせ鬱屈とか諦観とかが最初に書いてあるんだ。あとは少しの後悔とか希望。


 まさかの春?

 もしかしたら全然違うのかも知れない。

 とにかく、ツツジになれなかった俺はこうして生きていくしかない。

 煙草の吸殻を投げ捨てると、巨大なツツジの枝が伸びて吸い殻を拾い上げた。

 枝はゆっくりと俺を刺す。


 だから駄目なんだろうね。

 俺が嗤うと、枝の先でツツジの花が揺れたから仕方なく春を飲み干した。

 だけど品の無い音がしたのでガッカリして夏を待つことにした。それが死の季節だとしても、あれは春だったんだと思えたから。

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