俺は、○○になりたかった
※フィクションです
ラジオが、深夜の空気につられて珍しい曲を歌っていた。
フランス革命期に生み出されたそれは、帝政期に国歌として認められた曲でもある。
勿論、現在でも広く歌われていた。
コルシカ島出身の一軍人が、よくぞ皇帝なんかになれたものだ。
ふと。全く予想もしていなかったが、昔、何処かに閉まっておいた思考が蘇る。
『俺は皇帝になりたかったんだ』
決して豪華では無いが品格ある宮殿で、俺の為に作られた冠を、製作者から直接授かるのだ。
拍手喝采、歓呼の声が地を揺らし、それに応えて振り向けば皆がこちらに声援を上げている。
そんな景色を思い描いていた。
うっとりと、窓の外に視線を送っていたが、その眼に映るのは、隣家の屋根でも、無数に張り巡らされた電線でも、それを支える電柱でもない。
誰よりも歓迎してくれる宰相と、俺に礼を取っている近衛兵と、騎士たち。
けたたましく、それでいて繊細に楽器を奏でる軍楽隊。
そして、それぞれ祝いの品を手にしている民たちだった。
この六畳間には、その影は一つもない。
ただ、埃たちが電灯の光を受けて、小さな宇宙の様に舞っているに過ぎなかった。
その光景にも、俺は心を動かされてしまった様だ。
古びた、埃の香りさえしてきそうな記憶だ。
『俺は、宇宙飛行士になりたかったんだ』
宇宙に何があるか、どんな法則が隠されているのかを調べるのが宇宙飛行士だ。
過酷な訓練を終え、そんなに物を知っても、事故の際には、一瞬で命を落としてしまう。
それでいて賃金は決して多くない仕事。
俺には全く、関係のない話だけど。
遠く、この世の果ての住民と接触してみたかったんだ。
どんな姿をしているのか、どんなものを食べ、どんな風に話し、暮らしているのかを知りたかった。
人類は決して孤独ではないことを知りたかった。
より多くの存在に、我々の存在を知ってもらいたかったのだ。
そして、宇宙文明の夜明けを、見て見たかったのだ。
またも、眼は遠い未来を映している。そこに俺は存在しないが、人間がタコ型の宇宙人と何やら話している景色があった。
そんな宇宙も、一つくしゃみをすれば消えてしまった。
俺の脳内に存在した宇宙は。
誰かが、同じく孤独を感じている誰かが、僕と同じ事を考えていたのかもしれない。
或いは埃のせいか、若しくはこの冷気の仕業か。
夜は冷えるものだ。
部屋の片隅に在住している石油ファンヒーターは、温風を吐き出すが、努力が身を結ぶことは無い。
内気は窓に絶えず冷却されている。
それでも、彼は必死に、自分の務めを果たそうとしていた。
その白く、滑らかだった肌を、薄黒くしてまで、室温を二十度にしようと奮闘していた。
一方、そう命じたはずの俺は上着を羽織っている。
彼より何歳も年下の外套に、彼は抗っていたのかもしれない。
務めではないが、俺も力を入れたことくらいあった。
俺は、刑事になりたかった。
事件の真相を解き明かし、犯人に罪を償わせ、更生させて、誰も怯えて暮らすことの無い世間にするために。
俺は、教員になりたかった。
多くの生徒に囲まれ、それぞれが自分の進みたいように、生きたいように進む手助けがしたかったのだ。
俺は、野球選手になりたかった。
グラウンドの土を踏みしめ、引かれた白線を跨ぎ、ナイターの照明を受けながら、自分の実力を試したかった。
俺は、音楽家になりたかった。
俺は、政治家になりたかった。
俺は、小説家になりたかった。
そして、このいずれにもなっていない現状を鑑みた上で。
俺は、何になりたかったんだろう?
『好きこそものの上手なれ』という言葉があるが、まこと、その通りなら、俺が好きだったものは、好きじゃなかったらしい。
勿論だ。俺はそれで飯を食っていけるほど、それに労力を注いでいないからだ。
そんなことは、痛いほどわかっている。
実際、何かをやってみても、何にもなかったからだ。
ただ、それでも、自分の心を否定することはかなり難しい。
故に、俺はまだ夢に苛まれている。
実家から持ってきたこの机がそれを示している。
さらに言えば引き出しの中だけど。
開ければ、何冊ものノートが入っていた。それぞれには題名と、通し番号が振ってある。
最後にいつ開いたのか、始めは思い浮かばなかったが、段々と時期が鮮明になった。
親父が死んだ時だ。
◇ ◇ ◇
大酒飲みだった割には、穏やかに逝った。年は百と五。老衰だったようである。
葬式では、父の友人が多く訪れていたようで、大多数は息子に香典を持たせての参加だ。
彼らの話では、その穏やかさが強調され、我が家での記憶と余り合致しなかった。
知らない一面、という奴だ。
最後に話したのは死の二日前。
珍しく目を覚ましていたので、声をかけ、少々涼しいが、窓を開けてやった時だった。
「俺は、将軍になりたかった」
確かに、そう言ったのだ。これまで一つも聞いていない、全く未知の願望だった。
反応に困り、「そうだったの?」と聞くことしかできなかったのが悔やまれる。
その後、父は何かを察したように、こう続けた。
「でもよ、俺は、こうして畳の上で死ねるんだから、それも悪くないかな」
はっきりとした口調だった。声は弱いが、確かな意思がそこにある。
差し込んできた日光が、未だに目に焼き付いている。
寝たままの、父の顔と共に。
「お前は、まだ、いずれも選べるんだから」
極めて明瞭に、そう言った。意識は良好。
その一瞬だけ、遠い昔の、まだ血の気が盛んだったころの父が帰ってきたようだった。
「もうこの歳だし、落ち着かせてもらうよ」
少しの沈黙の後、俺がそう返した時には、父は眠っていた。
それが最後の会話になると、感じてはいたが、その時は、まだまだ未来があると思っていた。
最後だった。
◇ ◇ ◇
カビの香りと共に、そんな記憶が蘇る。
ノートには宰相の名前、経歴が載っていた。近衛兵で誰が一番強いかも書かれていた。ストーリーの大まかな構成も。
世界は俺抜きで、そこに存在していた。
将軍も、スポーツ選手も、教師も、警察も、吟遊詩人も、冒険者も。
そこに存在できないことにもどかしさを感じ、ノートをそっと、閉じた。
もう開くこともあるまい。次の週末にでも処分しようと、それをまとめていた時、視界が若干霞んだ。
と、同時に息苦しさが俺を襲う。
停波につき、ラジオがノイズを吐いている。相当に時間が経っていたのだろう。
石油ファンヒーターは利きの悪い旧式で、自動消火機能も存在しない。
しまいに、最近は不完全燃焼まで起こすものだから、買い替えようと思っていたのだ。
苦しい。苦しみから逃れるべく、俺は行動に出た。
ファンヒーターを止めるのだ。
原因は、これにあると止めに立ち上がった刹那、視界が暗転する。
よく考えれば、俺がどうして妄想に没頭できたか。元々そうすることが多かったが、答えは簡単だ。
酸素不足である。若干判断能力が鈍っていた為に、ありありと記憶を呼び戻せたらしい。
ああ、俺、死ぬのか。
体は言う事を聞かないし、助けに来てくれる友人も心当たりがない。
ファンヒーターは燃料不足で止まった様だけど、それにしても救急での手当てが必要だろう。
まあ、でも、俺は空想ができるだけで幸せだった。
夢を沢山見られたし、何一つ達成できなかったけど、その世界を妄想しているだけで楽しかった。
これも親のお陰だ。決して裕福では無かったが、食、住に困った事は無い。
父と母で支えてくれたのだ。何と立派なことだろう。
心残りがあるとすれば、恩返しである。
まあ、両者とも既に亡き者だけど。
ああ、まだ何もできていない。俺は―――
◇ ◇ ◇
目を開ければ、赤い絨毯が見える。耳に届くのは、数多の歓声と、楽器が奏でる音。
中年が何やら話しかけてくる様だが、その内容は、極めて異質なものだ。
だからと言って、顔を上げ、辺りを観察する訳にはいかない。
ここが病院でない事は確か。それでは、何処か。
答えは、この頭の重みと、この情景である。
何度望んだことか。何度描いたことか。
何度も夢想したことだ。これを間違えてたまるものか。
そうだ。俺は。
冠が載りきった事を、その感触で確認する。
金銀という物は斯くも冷たく、そしてその壮麗さに驚嘆する民の声は、こんなにも温かいのか。
職人が一歩、下がったと認識すると、俺は立ち上がって、後ろに向き直る。
そして世界の全てを取り込むかの様に息を吸い、一気に開放する。
「ここに!」
俺は、確かに。
「帝国が誕生したことを宣言する!」
俺は、皇帝になりたかったんだ。
という訳で、異世界に転生してしまった『俺』は、何と名前を失念していた!
周囲に進められるがまま、敬称をそのまま名とするが、名を勝手に使用されたとして神が激怒!
折り合いをつける中でチート能力を『俺』は手に入れるが、設定に不備があるため全く機能しない。
だが、そんな能力を求めて大政争! 帝国の未来はどうなる?
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『皇帝日記』(仮称)執筆日未定!好評であれば書きますので、感想よろしくお願いします。




