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俺は、○○になりたかった

掲載日:2025/12/12

※フィクションです

 ラジオが、深夜の空気につられて珍しい曲を歌っていた。

 フランス革命期に生み出されたそれは、帝政期に国歌として認められた曲でもある。

 勿論、現在でも広く歌われていた。


 コルシカ島出身の一軍人が、よくぞ皇帝なんかになれたものだ。


 ふと。全く予想もしていなかったが、昔、何処かに閉まっておいた思考が蘇る。


『俺は皇帝になりたかったんだ』


 決して豪華では無いが品格ある宮殿で、俺の為に作られた冠を、製作者から直接授かるのだ。

 拍手喝采、歓呼の声が地を揺らし、それに応えて振り向けば皆がこちらに声援を上げている。


 そんな景色を思い描いていた。


 うっとりと、窓の外に視線を送っていたが、その眼に映るのは、隣家の屋根でも、無数に張り巡らされた電線でも、それを支える電柱でもない。


 誰よりも歓迎してくれる宰相と、俺に礼を取っている近衛兵と、騎士たち。

 けたたましく、それでいて繊細に楽器を奏でる軍楽隊。

 そして、それぞれ祝いの品を手にしている民たちだった。


 この六畳間には、その影は一つもない。

 ただ、埃たちが電灯の光を受けて、小さな宇宙の様に舞っているに過ぎなかった。


 その光景にも、俺は心を動かされてしまった様だ。

 古びた、埃の香りさえしてきそうな記憶だ。


『俺は、宇宙飛行士になりたかったんだ』


 宇宙に何があるか、どんな法則が隠されているのかを調べるのが宇宙飛行士だ。

 過酷な訓練を終え、そんなに物を知っても、事故の際には、一瞬で命を落としてしまう。

 それでいて賃金は決して多くない仕事。


 俺には全く、関係のない話だけど。


 遠く、この世の果ての住民と接触してみたかったんだ。

 どんな姿をしているのか、どんなものを食べ、どんな風に話し、暮らしているのかを知りたかった。

 人類は決して孤独ではないことを知りたかった。

 より多くの存在に、我々の存在を知ってもらいたかったのだ。


 そして、宇宙文明の夜明けを、見て見たかったのだ。


 またも、眼は遠い未来を映している。そこに俺は存在しないが、人間がタコ型の宇宙人と何やら話している景色があった。


 そんな宇宙も、一つくしゃみをすれば消えてしまった。

 俺の脳内に存在した宇宙は。


 誰かが、同じく孤独を感じている誰かが、僕と同じ事を考えていたのかもしれない。

 或いは埃のせいか、若しくはこの冷気の仕業か。


 夜は冷えるものだ。

 部屋の片隅に在住している石油ファンヒーターは、温風を吐き出すが、努力が身を結ぶことは無い。

 内気は窓に絶えず冷却されている。


 それでも、彼は必死に、自分の務めを果たそうとしていた。

 その白く、滑らかだった肌を、薄黒くしてまで、室温を二十度にしようと奮闘していた。


 一方、そう命じたはずの俺は上着を羽織っている。

 彼より何歳も年下の外套に、彼は抗っていたのかもしれない。


 務めではないが、俺も力を入れたことくらいあった。


 俺は、刑事になりたかった。

 事件の真相を解き明かし、犯人に罪を償わせ、更生させて、誰も怯えて暮らすことの無い世間にするために。


 俺は、教員になりたかった。

 多くの生徒に囲まれ、それぞれが自分の進みたいように、生きたいように進む手助けがしたかったのだ。


 俺は、野球選手になりたかった。

 グラウンドの土を踏みしめ、引かれた白線を跨ぎ、ナイターの照明を受けながら、自分の実力を試したかった。


 俺は、音楽家になりたかった。

 俺は、政治家になりたかった。

 俺は、小説家になりたかった。


 そして、このいずれにもなっていない現状を鑑みた上で。

 俺は、何になりたかったんだろう?


 『好きこそものの上手なれ』という言葉があるが、まこと、その通りなら、俺が好きだったものは、好きじゃなかったらしい。


 勿論だ。俺はそれで飯を食っていけるほど、それに労力を注いでいないからだ。

 そんなことは、痛いほどわかっている。


 実際、何かをやってみても、何にもなかったからだ。


 ただ、それでも、自分の心を否定することはかなり難しい。

 故に、俺はまだ夢に苛まれている。


 実家から持ってきたこの机がそれを示している。

 さらに言えば引き出しの中だけど。


 開ければ、何冊ものノートが入っていた。それぞれには題名と、通し番号が振ってある。

 最後にいつ開いたのか、始めは思い浮かばなかったが、段々と時期が鮮明になった。


 親父が死んだ時だ。


 ◇ ◇ ◇


 大酒飲みだった割には、穏やかに逝った。年は百と五。老衰だったようである。

 葬式では、父の友人が多く訪れていたようで、大多数は息子に香典を持たせての参加だ。


 彼らの話では、その穏やかさが強調され、我が家での記憶と余り合致しなかった。

 知らない一面、という奴だ。


 最後に話したのは死の二日前。

 珍しく目を覚ましていたので、声をかけ、少々涼しいが、窓を開けてやった時だった。


「俺は、将軍になりたかった」


 確かに、そう言ったのだ。これまで一つも聞いていない、全く未知の願望だった。

 反応に困り、「そうだったの?」と聞くことしかできなかったのが悔やまれる。


 その後、父は何かを察したように、こう続けた。


「でもよ、俺は、こうして畳の上で死ねるんだから、それも悪くないかな」


 はっきりとした口調だった。声は弱いが、確かな意思がそこにある。

 差し込んできた日光が、未だに目に焼き付いている。


 寝たままの、父の顔と共に。


「お前は、まだ、いずれも選べるんだから」


 極めて明瞭に、そう言った。意識は良好。

 その一瞬だけ、遠い昔の、まだ血の気が盛んだったころの父が帰ってきたようだった。


「もうこの歳だし、落ち着かせてもらうよ」


 少しの沈黙の後、俺がそう返した時には、父は眠っていた。

 それが最後の会話になると、感じてはいたが、その時は、まだまだ未来があると思っていた。


 最後だった。


 ◇ ◇ ◇


 カビの香りと共に、そんな記憶が蘇る。


 ノートには宰相の名前、経歴が載っていた。近衛兵で誰が一番強いかも書かれていた。ストーリーの大まかな構成も。


 世界は俺抜きで、そこに存在していた。

 将軍も、スポーツ選手も、教師も、警察も、吟遊詩人も、冒険者も。


 そこに存在できないことにもどかしさを感じ、ノートをそっと、閉じた。


 もう開くこともあるまい。次の週末にでも処分しようと、それをまとめていた時、視界が若干霞んだ。

 と、同時に息苦しさが俺を襲う。


 停波につき、ラジオがノイズを吐いている。相当に時間が経っていたのだろう。

 石油ファンヒーターは利きの悪い旧式で、自動消火機能も存在しない。

 しまいに、最近は不完全燃焼まで起こすものだから、買い替えようと思っていたのだ。


 苦しい。苦しみから逃れるべく、俺は行動に出た。

 ファンヒーターを止めるのだ。

 原因は、これにあると止めに立ち上がった刹那、視界が暗転する。


 よく考えれば、俺がどうして妄想に没頭できたか。元々そうすることが多かったが、答えは簡単だ。

 酸素不足である。若干判断能力が鈍っていた為に、ありありと記憶を呼び戻せたらしい。


 ああ、俺、死ぬのか。

 体は言う事を聞かないし、助けに来てくれる友人も心当たりがない。

 ファンヒーターは燃料不足で止まった様だけど、それにしても救急での手当てが必要だろう。


 まあ、でも、俺は空想ができるだけで幸せだった。

 夢を沢山見られたし、何一つ達成できなかったけど、その世界を妄想しているだけで楽しかった。


 これも親のお陰だ。決して裕福では無かったが、食、住に困った事は無い。

 父と母で支えてくれたのだ。何と立派なことだろう。


 心残りがあるとすれば、恩返しである。

 まあ、両者とも既に亡き者だけど。


 ああ、まだ何もできていない。俺は―――


 ◇ ◇ ◇


 目を開ければ、赤い絨毯が見える。耳に届くのは、数多の歓声と、楽器が奏でる音。

 中年が何やら話しかけてくる様だが、その内容は、極めて異質なものだ。


 だからと言って、顔を上げ、辺りを観察する訳にはいかない。


 ここが病院でない事は確か。それでは、何処か。

 答えは、この頭の重みと、この情景である。


 何度望んだことか。何度描いたことか。

 何度も夢想したことだ。これを間違えてたまるものか。


 そうだ。俺は。


 冠が載りきった事を、その感触で確認する。

 金銀という物は斯くも冷たく、そしてその壮麗さに驚嘆する民の声は、こんなにも温かいのか。


 職人が一歩、下がったと認識すると、俺は立ち上がって、後ろに向き直る。

 そして世界の全てを取り込むかの様に息を吸い、一気に開放する。


「ここに!」


 俺は、確かに。


「帝国が誕生したことを宣言する!」


 俺は、皇帝になりたかったんだ。

という訳で、異世界に転生してしまった『俺』は、何と名前を失念していた!

周囲に進められるがまま、敬称をそのまま名とするが、名を勝手に使用されたとして神が激怒!

折り合いをつける中でチート能力を『俺』は手に入れるが、設定に不備があるため全く機能しない。

だが、そんな能力を求めて大政争! 帝国の未来はどうなる?

___

『皇帝日記』(仮称)執筆日未定!好評であれば書きますので、感想よろしくお願いします。

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