第4話「青春は、情報の濁流と共に」
午前中の授業が終わる頃、私の脳内メモリはパンク寸前だった。
今の授業って、黒板を写すんじゃなくて、タブレット端末で配られたのをやるだけで終わりなの!?
私は一人、シャーペンを握りしめて必死にノートを埋めていた。だって、自分の手で文字を書ける感覚が、嬉しくてたまらないんだもの。
なんとか、午前の授業は乗り切った。
「ふぅ……。指がこんなに早く動くって、本当に奇跡……」
うっとりと自分の指先を眺めていると、授業終了のチャイムがなり、前の席の女子――朝、自撮りに誘ってきた「結衣」が振り返った。
「明日香、お昼どうする? 屋上はもう先客いるっぽいし、地下のコンビニ行く?」
「こんびに⁈行きたい! 買い食いっていうのをしてみたい!」
私は勢いよく立ち上がった。
病院食以外のものを、自分の意思で選んで食べる。これぞ自由の象徴だ。
学内のコンビニは、まさに宝の山だった。
病院の中だと食べられるものが限られるし、未来の食べ物なんてほとんどわからない物が多くて楽しかった。
でも、レジで私は再びフリーズすることになる。
「……え、小銭、入らないの?」
目の前にあるのは、店員さんに現金を渡すのではなく、自分で機械に入れるセルフレジ。
しかも、周りの子はスマホを「ピッ」とかざすだけで会計を済ませている。
「あ、明日香……もしかして今日、財布忘れた? 貸そうか?」
「あ、いや……やり方が……。この、魔法の板をかざす儀式がまだ習得できてなくて」
「儀式って。設定してないだけっしょ」
結衣に苦笑いされながら、なんとか現金で焼きそばパンとイチゴオレを購入した。
2015年にもあったはずの食べ物だけど、パッケージがなんだかスタイリッシュになっている。
中庭のベンチに座って、焼きそばパンを頬張る。
濃いソースの味。紅生姜の刺激。
「……っ! 味が濃い……! 幸せすぎて、脳が震える……!」
「オーバーだなぁ。明日香、今日マジでキャラ変しすぎ。まるで、初めてシャバに出た人みたいだよ?」
「あはは……あながち間違ってないかも」
笑いながら、私はふと、校門の方を見た。
そこには、新入生を勧誘する部活動の看板がたくさん並んでいる。
その中の一枚、少し古びた「文芸部」のポスターに目が止まった。
『紡がれた言葉は、誰かの心に生き続ける』
そのキャッチコピーを見た瞬間、心臓が跳ねた。
……紬だった頃の私が、死の間際まで書いていたブログのタイトルと同じだったから。
「……ねぇ、結衣。あの文芸部って……」
「あー、あそこ? 廃部寸前らしいよ。部長が一人で頑張ってるらしいけど、その人がちょっと変わり者でさ。……明日香?」
私は返事をする前に、食べかけのパンを握りしめて走り出していた。
もし。もし、この世界に「私の続き」を知っている人がいるとしたら。
たどり着いた部室棟の片隅。
「文芸部」と書かれた扉を勢いよく開ける。
「……あのっ!」
中には、山積みの本に囲まれて、タブレットを操作している一人の男子生徒がいた。
彼は驚いたように顔を上げると、メガネの奥の瞳で私をじっと見つめた。
「……君は、誰だ?」
彼の机の上には、10年前の私が愛用していたものと同じデザインの、色褪せたペンケースが置かれていた。




